
見えない命に導かれて
微生物に魅了されている人が、こんなにもいるなんて!
その光景に胸がいっぱいになり、感動が止まらない一日だった。
「様々な菌がいていい。私たちは自然の一部として、共に生きている」
言葉や知識ではなく、体で感じられる時間を与えてくださったのが、発酵や微生物、日本酒を愛する人なら一度は訪れたい酒蔵、”寺田本家”だった。
東京から約2時間半。
千葉とはいえ、小旅行のような距離だ。
一時間に一本しかない電車に乗り遅れないよう、少し緊張しながら向かった。
「発酵を体感する蔵見学会」が開催されると知ったとき、微生物LOVEな私は「絶対に行きたい!」と思った。
人気の見学会なので、チケット購入ボタンを押せた瞬間は、本当に手が震えるほど嬉しかった。
普段、微生物への愛を語る機会は講座や限られた発信だけだ。
落ち着いて見られることが多い私だけれど、この話になると我を忘れて熱く語ってしまう。
発酵の仕組みや、微生物がどんな働きをするのかを知ることはもちろん大切だ。でも、それ以上に大切なことがあると思っている。
「微生物とはどんな存在なのか」を知ると本質がわかる。
腐らないとはどういうことなのか。
その答えは、「共生」だ。
私たち人間は、自然の一部であることを忘れがち。
でも、ほんの少しそのことを意識するだけで、世界の見え方は驚くほど変わる。
私は微生物の存在そのものが、「命とは何か」「生きるとはどういうことか」を表していると思っている。
その感動は食べ物だけでは終わらない。土の中にも、小さな宇宙が広がっている。
ティースプーン一杯の土の中には、およそ50億もの微生物が生きていると知ったとき、人間の小ささと同時に、生命の計り知れない可能性を感じた。
「土の中は宇宙なんだよ」
と言った先生の言葉が、今も忘れられない。
それ以来、野菜やハーブを育てるとき、私は植物だけでなく土にも声をかけるようになった。目には見えない命を思う時間は、慌ただしい毎日の中で、私にとって心が安らぐひとときになっている。
寺田本家では、その想いを改めて思い出させてもらった。
微生物が本来持つ力、人間が本来持っている力を信じ、それを生かす暮らしが、当たり前のように息づいていた。
病をきっかけに酒造りを見つめ直した先代が、「体が喜ぶ酒を造れないだろうか」と始めた自然酒。蔵に棲みつく菌を大切に守り、自ら無農薬・無化学肥料で米を育てているそうだ。
自然とともに生きるということは、美しい理想だけではない。思い通りにならない現実を受け入れながら、それでも自然を信じ、続ける覚悟がいる。
私も農家さんから米や野菜づくりを学ばせていただいたことがあるからこそ、その大変さは少しだけ想像できる。だからこそ、作り手のまっすぐな姿勢に、心から敬意を抱いた。
特に感動したのは、酒造りの途中で昔ながらの仕事唄を歌う文化だった。
「楽しい気持ちを菌たちと響き合わせるためです」
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなった。実際に蔵人さんが歌ってくださると、蔵全体がやさしく包まれるような空気になる。
きっと菌たちも、この歌を聞いているのだろう。
いいお酒できるだろうなあと、極寒に設定された温度の中でもしみじみ感じてしまうほどだった。
見学の後にいただいた四種類のお酒は、どれも驚くほどやさしい味だった。
普段あまりお酒は強くない私でも、すっと体になじみ、頭痛もなく、ただ幸せな気持ちだけが残った。
特に玄米酒「むすひ」と、鎌倉時代から伝わる醸造法で造られる「醍醐のしずく」は忘れられない味だった。同じお酒でも、季節ごとの微生物の働きによって少しずつ味が変わっていくそうで、それもまた、生き物ならではの魅力なのだと思う。
そして、子どもやお酒が飲めない人も安心して飲める発酵甘酒を作る気遣いも素晴らしいと思った。
今回改めて感じたのは、発酵とは「菌を育てること」ではなく、「自然とともに生きること」なのだということだった。
それは、私が普段、なるべく薬に頼らずに体と心を食とハーブで整えることを伝える中で、一番心に留めて欲しいことでもある。
日本の伝統食文化が続いていくよう、便利さだけを追い求めるのではなく、自然の一部として生きることを思い出す。そのきっかけを、微生物たちは静かに教えてくれている。
どんなことも教科書で学ぶより実際見て、感じることが大切だと思っているので是非多くの人に訪れて欲しい。
さらに、寺田本家では、多様な微生物が棲みつく木桶を未来へつなぐ活動もされていた。
木桶は木からできており、木を守ることは森を守ることにつながる。
発酵文化を守ることは、実は森の未来とも深く結びついているのだ。
一見、お酒と森は関係がないように思える。
しかし自然の世界では、すべてがつながっている。
私たちも、その循環の一部なのだ。
近年、「熊が町に現れた」というニュースをよく目にする。
もちろん、人が被害に遭うことはあってはならない。
けれどその背景には、森そのものが変わってしまった現実がある。
本来、熊が安心して暮らせる森は、一番豊かな森だ。
木々が育ち、水が巡り、さまざまな生き物が暮らしている。
そんな循環があれば、熊はわざわざ人里へ下りてくる必要はない。
自然は、一つだけを切り離して考えることはできない。
微生物も、植物も、動物も、人間も。
みんながつながり合って生きている。
それを忘れない社会であってほしいと改めて願い、自分もできることをしていこうと思った。
見学会終了後は、寺田本家のお蔵の杜にある”カフェうふふ”でランチをいただいた。うふふという名前がまたなんともかわいい。
どのメニューも魅力的だったが、本日の発酵ごはんプレートにした。
10種類の珍しいお惣菜の説明を読みながら一口ひとくちにありがたさを感じた。今度酒粕チーズを使ってみよう! などアイディアがどんどん広がっていく。
それからコンブチャがあったこともとても嬉しかった。日本ではまだまだコンブチャがメニューにあるところは少ない。
私は自分でもコンブチャを作るけれど、作ってもらったものを飲むのも大好きだ。微生物が違うので全く別の味になる。ハーブや果実で二次発酵したものも最高に美味しい。この日は私の大好きなゆずとジンジャーを選んだ。酸っぱさが体に染みて酔いが心地よく覚めていった。
面白いのは、コンブチャの話をすると、まだ「昆布茶ですか?」と思う人が少なくないことだ。
健康や発酵に興味がある私には当たり前になっていた世界も、実はまだまだ一般的ではないとこの日も感じた。
だからこそ、私はこれからも微生物の面白さを、もっと身近なものとして伝えていきたい。
余談だが、コンブチャを作る時は、クラゲのようなぷるぷるした浮遊物ができ、初めて見る人は驚く。これがスコービーと言われる酵母菌と酢酸菌が共生してできた微生物なのだが、これもどんどん愛おしくなる。
毎日様子を見て、
「今日は元気?」
「おいしく育ってね」
そんなふうに自然と声をかけてしまう。
旅行へ行く前には
「帰るまで頑張ってね」
と言って家を出る。
帰宅すると、ちゃんと発酵が進み、少し酸っぱくなっている。
「ありがとう」
そう思いながら瓶をのぞく時間が、とても好きだ。
主人はというと、遠くから「何それ……」という顔で見ている。
文系だからなのか、それとも理系の私が変わっているのか。
その温度差も、我が家ではすっかり日常になった。
目には見えない小さな命と暮らすことは、思っている以上に心を豊かにしてくれる。
コンブチャは、お茶を発酵させる飲み物である前に、小さな命と共に暮らす楽しさを教えてくれる存在だと私は感じている。
帰り際、「今日は本当に幸せでした。私、微生物が大好きなんです」と蔵元に伝えると、ぱっと表情が和らぎ、「よかったです」と笑ってくださった。
その笑顔が、とても嬉しかった。
何かを守り続けること。
受け継ぎながら、新しい時代へつないでいくこと。
その尊さを改めて感じた一日だった。
駅まで続く20分の道。自然の中を歩きながら深呼吸。
非日常を味わうことで、日常もまた愛おしくなる。
そんな心の余白を与えてくれた寺田本家の皆さんと、目には見えない小さく美しい微生物たちに、心から感謝している。