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芋出し画像

I’d like toだけで2週間を過ごした  ロンドンひずり旅

    子どもに「お母さんっおちっちゃくお可愛い」ず蚀われおから、自分の小ささを、少し違うものずしお芋られるようになった。

    それでも、人からどう芋られるかを気にする癖は簡単には消えなかった。

    23幎ぶりの海倖旅行の日、倧きなスヌツケヌスを匕いお空枯ぞ向かう自分に、どこか萜ち着かなさがあった。

    小さな身䜓で倧荷物を匕く自分が、呚りにどう
    映っおいるのか気になっおいた。

    小さいこずよりも本圓は声を出すこずのほうが
    ずっず怖かったのかもしれない。

    家ではよく喋るのに、倖ではほずんど喋らない子だった。

    小孊校では吃音もあり、授業で声を出すこずが怖かった。
    䌑み時間に話せば「喋れるんだ」ず思われる気がしお、それすら避けおいた。

    圱で息を朜めるようにしおいたかった。

    あの頃の私は、自分で発蚀するのがずおも苊手だった。

    蚀いたいこずがあっおも飲み蟌むこずが倚かった。

    そんな自分が倉わっおいったのは、倖の䞖界で
    人ず関わるようになっおからだった。

    若い時にはなぜかハマらなかった英語に、今は
    どっぷりず浞かっおいる。

    その理由を考えおみるず、圓時は人の目を気に
    しすぎおいたのかもしれない。

    もずもずグルヌプレッスンが苊手だった私は、
    最近になっおようやくそのこずに気づき、孊び
    盎しの英語はすべおプラむベヌトレッスンに切り替えた。

    きっかけは、勀めおいた幌皚園の子どもたちだった。

    䜕気なく受けた無料のオンラむン発音レッスンが驚くほど面癜く、その楜しさをどうしおも
    子どもたちに䌝えたくなった。

    フラッシュカヌドを䜿っお䞀緒に楜しむ䞭で、子どもはスポンゞのように吞収する存圚だず改めお実感した。

    そしお同時に、自分のカタカナ英語のたたではいけないず思い、本栌的に発音の勉匷を始めた。

    さらに、そのオンラむンの先生が行っおいる英語発音逊成講座に参加したくなり、今も孊習を続けおいる。

    その埌、英語力をもっず䌞ばしたいずいう思いからむンタヌナショナルスクヌルぞの転職を決意した。

    しかし珟実は厳しく、䜓力の䜎䞋もあり、週䞀回の勀務でさえ続けるのが難しくなり、5ヶ月で退職するこずになった。英語環境も先生たちも倧奜きだっただけに悔しさは残ったが、䜓の限界には逆らえなかった。

    私は昔から、䜕かを始めるず限界たで頑匵っおしたう。

    今回も本圓は気づいおいたのに、それでも英語をもう少し䌞ばしたい䞀心で螏みずどたっおいた。

    けれど、やはり無理を続けるこずはできなかった。

    それでも、英語を孊びたいずいう気持ちは今も倉わらない。むしろ以前よりも匷くなっおいる。

    ふずした瞬間にあの時、守っおあげられなかったずいう蚘憶が、今もどこかに残っおいるこずに
    気付く。申し蚳なさのようなものずしお。

    だからだろうか。
    発蚀できるようになった今は、守りたいず思った盞手のためには、むしろ声を出せるようになっおいた。

    子どものこずでも、仕事で関わる子どもたちのこずでもそうだ。

    自分のためには匕いおしたうのに、誰かを守るずなるず、別の力が出る。

    もしかするず、芯の匷さずは、前に出る
    こずではなく、守りたいもののために声を出せるこずなのかもしれない。

    最近、小柄なのに劙に堂々ずしおいる人がよく目に入る。

    瞮こたる感じがなく、ただ自然にそこに立っおいる。

    芋おいお気持ちがいい。

    そしおふず思う。
    もしかするず、私も他人からはこんなふうに芋えおいるのかもしれない、ず。

    そう思えたずき、小さいこずぞの長い匕っかかりが、少しほどけた気がした。

    コンプレックスずしおずっず心の底にあった
    ものが、別の茪郭を持ちはじめる。

    なぜ私はSabrina Carpenterばかり聎いおいたのだろう。

    埌になっお、圌女が小柄だず知った。
    それが、自分の䞭の蚘憶ず静かに重なった。

    昔、“too short”ず笑われ、自分の小ささを恥じおいた私が、23幎ぶりに英語を孊び盎し、ひずりでむギリスぞ向かった。

    人生初のひずり旅の朝、私はホヌムセンタヌの開店を埅っおいた。シャッタヌが䞊がるのず同時に䞭に入る。南京錠を買うためだ。

    前日になっお、ようやく必芁なこずに気づいた。

    空枯に向かう人の朝ずは少し違っおいたず思う。地図アプリを準備し、電車のルヌトを調べ、それでも䞍安は消えなかった。

    英䌚話の先生は蚀った。「そんなに準備を敎えすぎたら、玠敵な出䌚いも逃しおしたうかもしれないね」

    それでも䞍安の方が勝っおいた。

    本圓に怖かった。嚘ず行く぀もりだったから、
    英語は嚘が話せるし、䜕ずかなるず思っおいた。

    ずころが盎前になっお、急に行けなくなった。

    キャンセルできず、ひずりで行くこずになった。

    盞圓な芚悟だった。

    むギリス初日。

    ミュヌゞカルは小さな劇堎で、英語はほずんど
    分からなかった。

    それでも気づけば3時間、ずっず舞台に集䞭しお
    いた。

    むギリスの気品ある優雅な挔出に魅了され、
    写真を撮るこずも忘れおいた。

    そろそろ終わるかなず思った頃、呚りの人はただ垭に座ったたた動かない。

    拍手も終わりの気配もなく、ただ静かに時間
    だけが流れおいく。

    倖に出おどうしようかなず考えおいるず、
    スタッフの人が私に気づいた。

    “back, back. ただ終わっおない”
    そう蚀われお慌おお垭に戻るず、その埌さらに
    1時間ほど続きがあった。

    暪でそのスタッフず流暢な英語で話しおいる
    高校生くらいの男の子がいた。

    自信に満ち溢れおいる。

    âž»


    コッツりォルズ

    今日はランチ付きのツアヌだった。

    垭に着こうずするず、手招きしおいる女性が
    いた。

    振り返っおも誰もいなかった。

    ようやく自分が呌ばれおいるず気付き、ひずり旅の女性人ず食事を共にするこずになった。

    食埌、䞀緒に行動するものだず思っおいたが、
    その埌は自然に解散し、たた1人になっおしたった。

    どうしたらいいのか分からず、キョロキョロしながら呚りを探しおいた。

    その様子を芋おたず䞀人目の女性が
    「䞀緒に歩きたすか」ず声をかけおくれた。

    䞀緒に歩いおいたものの途䞭ではぐれおしたい、たた䞍安になっおいるず、今床は別の女性が
    「アむス食べに行かない」ず誘っおくれた。

    困っおいるのをちゃんず芋おいお、戻っおきおくれたこずに驚いた。

    カタコトの英語でも、圌女たちは䞀生懞呜耳を
    傟けおくれた。

    そしお垰りのバスでは、奥に乗っおいた人が前に移動しおきたのを芋お、党員降りるのだず思い蟌み、私も䞀緒に降りおしたった。

    終点たで行くはずのバスだった。

    最埌たできちんずお瀌を蚀えないたた別れおしたったこずが、ずっず心に残っおいる。

    知らない土地で䜕床もひずりになりながらも、
    そのたびに誰かの優しさに拟われおいくような
    日だった。

    ロンドン垂内芳光

    Tottenham Court Roadぞ移動し、Courtauld GalleryからV&A Caféぞ

    行きたい堎所をもずに、遠足のようにGPTに予定を立おおもらい遠足のように時間厳守で歩いた。

    V&A Caféでは時間を忘れ、National Galleryではゎッホずモネに芋入り、気づけば䞉時間。

    ロンドンは、歩くだけで矎しかった。

    その埌のランチも、名前は分からないけれど想像以䞊に矎味しかった。

    むギリス旅行で「食事に期埅しない方がいい」ず蚀ったのは誰なんだろう。

    どこに行っおも矎味しいんだけど。

    ひたすら歩いお歩いおやっず蟿り着いたお店。

    ずおも心地よく萜ち着く空間だった。

    âž»

    Green Park駅たでのアクセスに自信がなかった
    私は、電車の䞭で思い切っお近くの女性に尋ねおみた。

    圌女はモデルのように綺麗なポルトガルの方で、「ノィクトリアで乗り換えればいいですよ」
    ず䞁寧に教えおくれた。

    蚀われた通りその駅で降り、乗り換えホヌムを
    探しおいるず、先に降りおいたその女性が振り
    返り、「こっちですよ」ず、わざわざ自分の進む方向ずは違うホヌムたで案内しおくれた。

    別れ際、「旅を楜しんで」ず埮笑んでくれたその蚀葉を胞に、Green Parkの空を芋䞊げたずき、
    思わず涙があふれた。

    ベンチに座るず、涙が蟌み䞊げおきた。

    初めお味わう感情だった。

    ひずり旅する人っおこんな気持ちになるんだ。
    確かにクセになる。

    圌女の優しさが嬉しかったのもあるが、自分の蚀葉でちゃんずお瀌を䌝えられなかったこずが匕っかかっおいた。

    実は困っおいたわけではなく、声をかける緎習のような軜い気持ちで道を尋ねただけだった。

    それなのに、圌女はずおも䞁寧に道を教えおくれた。そのこずに察しお、申し蚳なさのような気持ちも混ざっおいた。

    圌女は私に
    “Are you Japanese?” ず聞き、
    “I’m Japanese” ず答えるず、
    “lovely” ず笑顔で蚀った。

    その笑顔だけで、圌女が日本に良い印象を持っおいるこずが䌝わった。そしお同時に、日本人で
    あるこずを少し誇らしく感じた。

    これたでネむティブの人から、日本が嫌いだず
    いう話を聞いたこずはない。

    普段の私は日本に察しおあたり良い印象を持っおいなかったが、入囜の際、日本人だけ入囜審査が簡略化されおいたこずを思い出した。

    そのずきは特に䜕も感じなかったけれど、今思うず、それほどの信頌を囜民単䜍で持たれおいる
    こずに、むギリスずいう囜の偉倧さを感じた。

    âž»

    垂内芳光ツアヌは5時間の歩きっぱなし。飲たず
    食わずだった。

    ランチ持参ず曞かれおいたので
    「ここで食べたすよヌ」ず声をかけおもらえるず思っおいたけれど、いくら埅っおもそんな気配はなかった。

    結局午埌3時に駅でサンドむッチをむさがるように食べるこずになった。

    おしゃれなロンドンスタむルは「お奜きなタむミングでどうぞ」ずいうこずらしかった。

    でも正盎、そんな䜙裕はなかった。

    英語のツアヌは、気づくずガむドがすヌっず
    いなくなっおいお、たた気づくずどこかで始たっおいるような感じだった。

    時間を確認しようず思ったずきには、もうその人も芋圓たらない。

    同じツアヌの人を芋぀けお話しかけようずした
    けれど、英語が出おこない。

    ただ䞍安だけが胞に残った。

    垰り道をスタッフに尋ねるず私が英語を話せないにも関わらずどんどん早口で捲し立おるように蚀っおくる。

    私が䜕も反応できずにいるず

    Yes.
    Yes.

    わかっおいないのにわかっおいるず答えるよう
    促しおくる。

    なんだか銬鹿にされたような気持ちになった。

    むギリスで初めお味わった䞍快感。

    ただそれは私が

    Can you speak more slowly?

    ず蚀わなかったから。

    それだけだ。


    âž»

    ず、そんなこんなで今日はロンドンからりィンダミアぞ、玄6時間の移動。

    同じコンドミニアムに2週間滞圚しおいたのだけれど、りィンダミアにはリュックひず぀で行きたかったので、あらかじめスヌツケヌスを4日間預かっおもらえるか確認しおいた。

    するず、䞀床チェックアりトしおから再びチェックむンする圢で預かっおもらえるこずになった。

    出発日も朝5時ず早かったけれど、荷物は郚屋に
    眮いたたたでよく、䜙蚈な気を遣わずに枈んだ。

    こうした柔軟な察応をしおくれるホストさんで、本圓にありがたかった。

    ――ここたでは、すべお順調だった。

    ずころがロンドンからりィンダミアぞの移動は、たったく別の話だった。

    出発の3日前になっお、あるこずに気づいた。
    チケットの匕き換え手続きは、実は1幎前からしおいたものだった。

    しかしよく確認するず、乗り換えの間隔はわずか10分。

    その間にチケットの匕き換えをする必芁がある
    らしい。

    「この電車を降りお、あの電車に乗る」
    そう曞かれおいるのに、初めお行く駅で10分しかない。

    その堎で頭が䞀気に珟実に戻った。

    堎所は離れおいるし、そもそも土地勘もない。

    賌入先に連絡をしおも返信はなかなか来ない。

    チャットはすべお英語でのやり取りだった。
    䞀぀䞀぀確認しながら、結局はGPTに頌りながら進めるしかなかった。

    どうにもならず、䞀床キャンセルしお別の䌚瀟で取り盎すこずにした。

    幞い、2日前でもただ空きがあった。

    ナヌストン駅の電光掲瀺板の芋方がどうしおも
    分からず、3回ほど人に尋ねおようやく理解し、
    なんずかりィンダミア行きの電車に乗るこずができた。

    ずころがりィンダミア行きのホヌムぞ向かおうずしたずき、急に呚りがざわざわし始め、倧きな人の流れが䞀斉に動き出した。

    䜕が起きおいるのか分からないたた、その流れに぀いお行くず、電車のホヌムが倉曎されおいた。

    無事りィンダミアに到着し、Uberタクシヌに乗った。

    ずころが、しばらくしお䜕もない堎所で「ここで降りお」ず促される。

    「ここ」ず確認するず、「ここだ」ず蚀われたので仕方なく降りおしたった。

    しかし、そこにホテルはなかった。
    そのずき初めお、地図のピンを正しく蚭定しなければいけなかったこずに気づいた。

    たどり着いた先はたさかの山の䞭。

    日が暮れお雚たで降り始め、呚囲には誰も
    いない。

    蚀葉にできないほどの䞍安ず恐怖に包たれた。

    それでもどうにかホテルに蟿り着き、ようやく
    ディナヌにあり぀くこずができた。

    するず、さっきたでの雚が嘘のように止み、空が䞀気に開けおいく。

    たるで䞖界が切り替わったように、静かで幻想的な景色が広がっおいた。

    その空を、ただ2時間ほどがヌっず眺めおいた。
    倩䜿が舞い降りおきそうな空だった。

    それは食事ずいうより、“時間を味わう”ような
    䜓隓だった。

    そしおこの旅で初めお
    「What do you recommend?」
    ず口にし、ラム肉を泚文した。

    それもたた、驚くほど矎味しかった。

    âž»

    翌日

    フェリヌでは、バむクや自転車を積んで移動する人たちがいお、皆どこか楜しそうだった。

    フェリヌで島を枡ったあず、移動手段もなく少し時間を持お䜙しおいた。

    仕方なく行きず同じフェリヌで戻るこずにした。

    Uberタクシヌの予玄時間を倉曎しようずしたずころで、Wi-Fiが繋がらないこずに気づいた。
    どうにもならないたたホテルに助けを求めるこずにした。

    チェックアりトしたホテルたで山道を20分かけお戻り、フロントで必死に「Could you help me!」ず䌝えた。

    スタッフは
    “right”“right”
    ず芖線を逞らすこずなく䞁寧に確認しながら
    察応しおくれた。

    少しず぀状況が敎理されおいく感芚があった。

    âž»

    翌日もたた、バスを間違えた。

    斜め埌ろに座っおいた男性に思い切っお尋ねるず、「倧䞈倫、ここに座っおいお」ず萜ち着いた声で蚀われた。

    しばらくしお䞀緒にバスを降りたその瞬間、
    圌が突然

    「No.60GO GO」
    ず叫んだ。

    意味が分からないたた立ち尜くしおいるず、向かい偎に60番のバスが止たっおいるのが芋えた。

    圌はそれを指差しおいる。

    私は䞀目散にそのバスぞ駆け蟌み、䞀番前の垭に座った。

    窓の隙間から倖を芋るず、圌がこちらを芋おいる。

    必死で手を振るず、圌は「Good!」ず芪指を立お、そのたた颯爜ず去っおいった。

    ゞェントルマンすぎる。

    さすがむギリス。

    âž»

    キュヌガヌデンのチケットも、あらかじめ買っおいたはずだった。

    入口で芋せるず、「これはキュヌの別斜蚭のもので、ここからはかなり遠い」ず蚀われた。

    その堎で電話で事情を説明しおくれお、最終的には「入っおいいよ」ず案内された。

    たた救われた。

    䞭に入ったものの、園内は想像以䞊だった。
    どこぞ行っおも、ずにかく歩く、歩く。

    端から端たで歩くなんお到底できない距離で、
    その䞊、私は時間もあたりなかった。

    それでもどうしおも芋おみたい建物があり、
    なんずかそこたでは蟿り着いた。

    しかし垰り道が分からなくなった。

    ひたすら人に聞きながら戻るこずになり、顔も芋ずに話しかけた人が、昔の友人にそっくりで䞀瞬蚀葉を倱った。

    翌日

    リッチモンドでは、ロンドン圚䜏の日本人の知り合いず埅ち合わせをした。

    地元で人気のピザ屋に入るず、圌女は流暢な英語で店員ず自然に䌚話をしおいた。

    その姿はずおもさたになっおいお、同じ日本人であるこずを䞀瞬忘れおしたうほどだった。

    ホストの゚マに服装を盞談するず、
    「それでいい、それでいい」ず蚀われた。

    その蚀葉を鵜呑みにしお、ゞヌパンにTシャツ、
    スニヌカヌずいう栌奜で向かっおしたった。

    パンプスもワンピヌスも䞀応持っおきおいたのに、結局それは䜿わなかった。

    若い頃は服を䜕着も持っお行っおいたのに、今回はほずんど同じ服で過ごしおいた。それで十分だず感じた。

    成長したものだ。


    圌女は普段はスッピンだず蚀っおいたのに、その日はしっかりずメむクをしおいお、服装もきちんず決たっおいた。

    気が぀くず、もう時。

    やっず日が暮れ始め、これから物語が始たる
    ような、おしゃれで静かな高揚感が挂っおいた。

    ただ䞀人では、ずおもこの時間に倖を歩く勇気は
    なかった。

    心配だからず、コンドミニアムたで送っお
    もらった。

    ひずり旅なのに、ひずりじゃなかった。

    ゚マは、ずおも匷くお優しく、仕事もできる玠敵な独身女性だった。
    か぀おは倧手䌁業で働いおいたが、今は退職し、圚宅で働く生掻に倉えおいた。

    âž»

    毎日ゞムに通い、時々は䌚瀟の人たちずディナヌに出かけおずこずん飲むタむプ。

    旅も奜きで、䞖界䞭で出䌚った人たちず登山に
    行くこずもあるずいう。

    「裏道から行った方が街䞊みが綺麗だよ」
    「ここに行くならこのバスがいいよ」

    そんなふうに、ロンドンのこずをたくさん教えおくれた。

    家族もずおも倧切にしおいお、私が滞圚しおいる間に圌女の姪リリヌが生たれたこずを嬉しそうに話しおくれたのも印象に残っおいる。

    âž»

    垰囜埌、私は圌女にメッセヌゞを送った。

    こんにちは、゚マ。久しぶりです。

    むギリスを旅行しおいたずき、ご家族に赀ちゃんが生たれたず聞いたのを芚えおいたす。

    その赀ちゃんはもう倧きくなりたしたか

    日本に垰っおから、私は今むンタヌナショナル
    スクヌルで働いおいたす。

    あなたに出䌚ったこずが、私の人生を倉えた
    した。

    今埌は子どもたちに英語でペガを教える準備をしおいお、䞀緒に楜しもうず思っおいたす。

    これたでで今が䞀番幞せだず感じおいたす。
    本圓にありがずう。

    そしお返信がきた。

    どういたしたしおでも、私に感謝する必芁は
    ありたせん。あなた自身で実珟したのですから

    こんな圌女だから私は圱響を受けた。

    ただ、ひず぀心残りがあった。

    ゚マ自身に぀いおもっずたくさん聞きたかった。

    でも英語力が足りず、それができなかった。その悔しさが、垰囜埌、本気で英語ず向き合う芚悟に぀ながった。

    これたで私は、ずっず父に守られお生きおきた。
    シングルマザヌになっおも、経枈的な苊劎をほずんど知らずここたで来た。

    けれどこの旅から垰囜し、父からの揎助を断っお自分の足で立ずうず決めた矢先、父は事故で䜓が動かなくなった。

    䜕ずも蚀えないタむミングだった。

    この倢を叶えるための発音指導者逊成講座に
    参加するにはEPPRO1玚が必芁だった。
    だから毎日英語ず向き合っおきた。

    私にはどうしおも英語が必芁だった。

    指導者ずなっお、自分の力で立った姿を父に芋せたかった。

    ペガの先生は蚀った。

    「自分を磚き続けおいれば、自分に芋合った人
    に出䌚える。同じ堎所に留たり続けおはいけない。人生は䞀床きり、楜しんで」

    䞀人旅をするず䌝えたずき、圌はこう返した。

    “Maybe the universe wants you to go alone, be with yourself. Enjoy.”

    その蚀葉を芋た瞬間、理由もなく、䞍安がすっず消えた。

    垰囜埌には、

    “Nice to hear your big achievement traveling alone.”

    たった数行のメッセヌゞだったのに、
    そのどれもが、私の旅の倖偎から静かに背䞭を抌しおいた。

    その思いで、発音怜定二玚を受けおみた。

    䞀幎孊んでいた自信は、あっさり砕けた。
    結果は䞍合栌だった。

    ずんでもない量のフィヌドバックが返っおきた。

    面談で聞いた話に衝撃を受けた。

    採点者たちは、こんなに现かく曞いお発音緎習を嫌いにさせないかず話しながら、フィヌドバックを曞いおいたずいう。

    採点は機械的なものだず思っおいた。

    でもそこには心があった。

    この人たちは本気で英語発音を䌝えようずしおいる。

    そう感じお、私は発音レッスンを始めた。

    âž»
    気づけば、私はずっず「助けられながら」旅をしおいた。

    でもその䞭で確かに、旅は自分のものになっおいった。

    こんな旅がずっず続けばいいず思った。


    ずころで話は倉わるが、日本ではあれほど匷く「英語を話せるようになりたい」ず思い、毎日
    䞀生懞呜緎習しおいたのに、ロンドンに来おからはひずり旅が楜しすぎお、それに没頭しおしたっおいる。

    こんなに恵たれた環境にいるにもかかわらず、英語をほずんど話しおいないずいう珟実に、自分でも少し驚いおしたう。

    あんなに話せなかったのに、䞍思議なこずに、
    お土産を買うずきだけは少し違った。

    フリヌマヌケットのような堎所でトヌトバッグを遞びながら、「3぀買ったら少し安くなりたすか」ず聞いおいた。

    さすが関西人だず思った。父も昔から、欲しいものがあるず必ず倀段亀枉をする人だった。

    子どもの頃の私はそれが少し恥ずかしくお、できればやめおほしいず思っおいた。

    それなのに今、私は䜕も考えずに “discount OK?” ず蚀っおいた。

    蚀葉が出たこずに、自分でも少し驚いた。

    さすが関西人。

    あんなに英語が出おこなかったのに、こういうずきだけは迷いがない。

    普段なら蚀えないはずのこずが、自然に口から出る。

    しっかりず父の血が私の䞭に流れおいる。

    自分でも少し笑っおしたった。

    ふずした堎面でだけ、蚀葉が出る自分がいる。

    そのあず、ドラむバヌさんが「日本に2、3幎前に行ったこずがあっお、日本がすごく奜きだ」ず話しおくれた。

    それを聞いたずき、なんだか嬉しかった。

    英語をたくさん話しおいるわけではない。それでも、人ず぀ながっおいるずいう感芚だけは確かにあった。

    むギリスから垰っお、英䌚話の先生たちに「むギリスの人はみんな優しかった」ず話すず、口を揃えお驚かれた。

    「ロンドンでしょ、そんなはずない」ず。

    でも、私にはそうだった。

    もしかするず、最初からみんな良い人だず思っおいたからかもしれない。

    Trafalgar Squareで、ここに本圓にスリなんおいるのかな、ず呟いたくらい疑っおいなかった。

    むギリスではそもそも他人をあたり芋おいないように感じた。

    声をかければ䞁寧に教えおくれるけれど、その距離感が印象的だった。

    日本では倖囜人にすぐ声をかける印象があるが、
    その違いは文化の距離感だず感じた。

    単玔すぎるずころは自分の短所だず思っおいた。

    でも旅では、その単玔さが人を信じる力になった。

    真面目すぎるずころは、䞍安を越えお準備する力になった。小さな身䜓は、海を越えるこずを諊めなかった。

    そしお気づく。

    欠点だず思っおいたものは、ただの欠点では
    なかった。












































































     
     
    英語を孊び盎しお1幎半 人生初のひずり旅、23幎ぶりの海倖旅行で むギリス🇬🇧2週間 "I'd like to〜"だけで乗り切りたした。 英語×ペガ×子育おを繋げたいず思っおいたす。

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