
ひとりの料理人が目指す食卓 2/7
第二話 料理人として初めて食文化の違いに戸惑った時
日本に住んでいながら世界を感じられる調理場
栄養士の学校を卒業して、働いた会社は、多くの事業所の調理場を運営している会社でした。
学校、会社の研修施設、社員食堂など運営している中で、JICA(国際協力事業団)の研修所というのがありました。

研修生は、その国のエリートが日本に来て、長い人ですと数年、短い人で数週間、農業技術や工業技術などを学んで、自国に戻り学んだ技術を広める。そういうプロジェクトで来日した人たちの研修所があり、私は、そこで世界の食の多様性を肌で感じました。当時は「世界を知った」と感じていましたが、今思えば、「井の中の蛙大海を知らず」でした。
研修所では朝食、昼食、夕食と3食作り、プロジェクトの最後はパーティが開かれました。
そこでの経験は私のその後の人生を大きく変えました。
イスラム教の人たちが食べられるものを「ハラール」と呼び、鶏肉や羊肉、牛肉は食べられると言われていますが、屠殺にルールがあるので、そのルールに沿った方法でないものは、食べられません。
当時は、「豚肉を使っていないから大丈夫だろう」と思っていたカレールーは裏に書かれた原材料を確認すると、使用できないことがわかりました。ルーの原材料には、「ラード」と書かれていました。豚肉以外にも食べられないものがこんなにもあるのかと驚き、なぜ使えないのか、わからず当時は調理していました。
そしてベジタリアン(ヴィーガン)。野菜や、豆で調理し、動物性を入れなければいいくらいに思っていましたが、ここにも大きな落とし穴があり、植物性ホイップは、「植物性」と書いてあるから安心だと思っていました。しかし、実際には使えないものもあり、「表示だけでは分からない世界がある」と初めて知りました。

戸惑いながらも、研修生からは「今まで食べた料理で一番!」「この料理のレシピを教えて欲しい」などとうれしい言葉をいただきながら働けたことが励みにつながりました。
当時は、このハラール食とベジタリアン食、そして一般食の3つに分けて作っていました。時々他の宗教の方が研修で来られた時は個別対応していました。
日本に住んでいるだけでは感じられなかったことも、仕事場で食文化の違いに触れながら働くなかで、その国やその国の食べ物、文化を少しずつ知ることができました。
ここでの仕事がその後日本を飛び出すきっかけになっていったことは間違いありません。
それは、家でも学校でも感じたことのない「食のカルチャーショック」でした。
あの調理場での経験がなければ、私は世界へ出ることも、「食のバリアフリー」という考え方に出会うこともなかったかもしれません。
振り返ってみると、あの場所は私にとって「世界への入り口」でした。
あなたが感じた食の当たり前が変わった瞬間は何ですか?