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許さん、おれはお前をエッセイにする

営業マンが嫌いである。

あいつらは単細胞だ。繋がりや人脈のことしか頭になく、人なんか多ければ多いほどいいと考えている。繋がりの中にこそ己の成長があるとし、恩とか縁とかペイフォワードみたいなキラキラ輝いたものが好物であり、それらのことが書いてある話題の啓発本を人参のように目の前にぶら下げるだけでヨダレが止まらなくなって駆け出すうんこみたいな奴らである。

というのも、そんな営業職に天命を賭けたようなキラキラ男に飲みに誘われつづけること約2ヶ月、めげない彼の狂気にこちらも負けず折れず巧みな言い訳で回避していたのだが、携わっているプロジェクトが終了するという事もあり「打ち上げは絶対に絶対に行きましょうね」と圧をかけられ、ついには根負けして行くこととなった。

なぜ、行きたいのだろう。僕は酒をあまり飲む方ではなく、この男との関わりも今後予定がない。なのでモチベーションがない。普通に帰って横になりたい。「酒、飲めないんですよね」と、何度も伝えたのだが恐ろしいことに日本酒バーのURLが送られてきて、「地酒が飲み放題なんですよ」と彼は嬉しそうなスタンプを添えている。僕ならそもそも、嫌がっている人と飲みに行くことだけで耐えられない。

予約した店には彼が先着しており、会釈を交わした。通された席は6人がけの席に、なぜか7席目の椅子が用意されている。僕が「?」と椅子の方に目をやったとき、「今日、7人来るんですよね」と言い出した。咄嗟のことに思わず「え」という声が漏れてしまった。それも嫌さが伝わるほどはっきりと漏らしてしまった。プロジェクトが終わり、打ち上げる為の会である。2人で飲むと思っていた。なぜ5人増えた。「プロジェクトに裏方で関わってくれていた方とかですか?」と聞くとスマホを触りながら「どうだろ?多分知らないんじゃないかな?」と言っている。「別の部署の人に声を掛けたら、みんな来たいと言うから呼んだんだよね」と言っている。

だから嫌いなのである。まずなぜ、別の部署に話をかけるのだ。来る方も来る方である。なぜ、来る。そして彼が言ったことに耳を疑った。「遠藤さん、今日の主役ですから、誕生日席に座ってください」。まず、絶対に主役ではない。もし僕が主役なら、知らない奴が5人増えるわけがない。6人は向かい合う形で3対3で座り、僕だけ陪審員みたいな角度から皆を向くことになる。冗談じゃない。「いや、それだけは本当に勘弁して下さい」「そんなそんな謙遜なさらずに」「謙遜とかではなく」「またまた」「いや本当に」「まあまあ、どうぞどうぞ」

誕生日席に肩を縮めて座っていると、2人やってきた。50代の白髪まじりの男と、20代の女である。ああ、全く見たことがない。なんなら向こうも向こうで、いの一番に到着し誕生日席にでんと座する僕を見て誰だコイツという表情を浮かべている。男にアイコンタクトを送ると「遠藤さんです」と紹介した。50代の男20代の女、共に「?」で、無駄に「お疲れさまです」と労れわれた。すでにイライラしていたが、大人の振る舞いで空気を変えようと「偉そうに誕生日席ですみません。ちなみに誕生日ではないです」とか卑屈めいた冗談を出してみると、困ったように笑らわれた。あぁ、気を使わせてしまったようで申し訳ない。同時に、許せない。

揃ってないけど待つのも、とのことで飲み始めることとなり、50代の男が「生かな」と呟く。じゃあ僕も私もとビールが続くが、ビールがてんで飲めない僕は、すみませんハイボール薄めでと恐縮をこめてお願いした。煽ったジョッキを机にダンと置き「この為に生きているのだよ」と言いながら、「よっ」とか「はっ」とか拍手が巻き起こって、大きな音を立てないでほしいと感じた。

遅れていた人たちが1人、また1人と到着するたび、誕生日席の謎の遠藤さんの説明が行われ、大して盛り上がらないまま到着した人とその部署の話題で盛り上がっている。その程度なら触れないでほしい。「今の決済システムは良くない、改善すべきだ」「社員の勤怠の付け方に個人差があり、管理が行き届かない」「発注は本来、誰が担当するのがベストなのか」「売上確保の為には仕様がない犠牲」「噂によると、浅井部長が飛ばされた理由って」と続く。

ああ、飯が一向にこない。入り組んだ店内で端のテーブル席につき店員がなかなか通らず、かつ押しボタンもない。こんな空気のなか謎の誕生日席の遠藤さんがでかい声で「すみません、高菜チャーハンひとつ」なんて口が裂けても頼めない。僕の目の前にはムール貝のお通しのみ。僕は貝が食べれない。ああ、死にたい。

なぜ仕事終わりに、仕事の話をするのだろうか。嫌がる人にも商品を勧めて買わせる仕事なんてのは、そもそも狂気の沙汰である。それが彼らの生きる道だというのが信じられない。それでも彼らは高めあう。人生とは常に上に登ることこそが全てであり、設計に輝かしい目標があるからどんな障害でも無駄に乗り越える。ニーチェのありがたいお言葉でキマっているから、目の奥の光が変な色をしている。成功の秘訣、引き寄せの法則、人脈。ああ、バカみたいだ。

浅井部長の左遷の話なんていいから、食べないならその手作り海苔巻きをとってほしい。マグたくや漬けマグロを巻けるキットをこちらにずらしてほしい。美味しそうだなあ。誕生日席から1番の離れた場所で、営業マンたちが白熱する中、酢飯や海苔が乾いていくのが見える。営業の極意を部下に伝授するなか、身を乗り出して海苔巻きを握る勇気がほしい。漬けマグロの海苔巻きに沢庵も入れちゃう実験をする勇気がほしい。

その時ついに救いの一手が降りてきたのだ。50の男がついに趣味の話を始めたのだ。聞くと彼は相当な三国志ファンらしく、夜な夜な三国志の資料を読み漁って、嫁と子供に変な目で見られてるんですよねという可愛らしいエピソードを放り込んだ。部下の男たちは50の男に迎合し、大いに笑い、話に群がる。気分が良くなった50の男がご陽気に三国志クイズを始めたのだ。

「問題です。デデン、赤壁の戦いのキッカケは何でしょうか?」

ああ、まじで興味がない。どうでもいい。カウントダウンするのにチクタクチクタクと秒針を真似したハゲ頭も絶妙に食欲がうせる。しかしなぜだろうか。不思議なものでとてつもない救いのように感じるのだ。変な気を起こしたと嫁に思われて、なんなら嫌われてももういい。帰ったら三国志を夜な夜な読み漁ろう。突然組み立て式の関羽とか諸葛孔明のフィギュアを集めよう。牧場を始めて現代に赤兎馬を甦らせよう。

えーなんだろう、曹操がとか孫権がとか、思い思いの知ってるワードで上司の機嫌を繋いでいる。ああ、なんて楽しいのだ。本来、飲み会とはこうあるべきである。アルコールで頬を赤らめ、みんなが混ざりあい卓が一つになる。誰かを置き去りにせず、何度も聞いた自慢話や、仕事の愚痴で盛り上がらず、このメンバーでワンチームになる。それが美しい。決して、誕生日席の謎の遠藤さんを蔑ろにし、社員の勤怠の付け方に個人差についての話し合いなんて行われてはならないのだ。

今なら体を乗り出し、マグたく巻きを作れる気がする。小皿に入った白胡麻をふりかけ、すりおろしのワサビにつけて食せる気がする。すると20代の女が「私、三国志知らないです」と不躾に話をカットした。不機嫌な若い女にビビる男たちは縮こまり、そして浅井部長の話が復活した。

ああ、女てめえ。男尊女卑とか、ジェンダーとか時代錯誤とか関係あるか、許さねえ。おれはお前をエッセイにする。

僕はまた、1人となった。ただひたすらにジョッキの持ち方とか、箸の使い方を観察するだけのこの上ない無駄な3時間。本日の主役、誕生日席。次々に知らない会社の社内事情や、知らない人の異動の話を眺める。僕は、舞台の上でひとり孤独なバレリーナ。


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