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Photo byshinsukesugie

実質生まれてはじめてだった、外部とつながらない一日の記録

    昨日、スマホを持つようになってからはじめてどころか、ガラケーを持ってから(おそらく)はじめて、丸一日インターネットにつながっている端末を触らない日を過ごした。いわゆるデジタルデトックスである。

    やろうと思ったきっかけは、『すばる』7月号に掲載されていた、ひらりささんのエッセイだ。スマホを持たずに書店に出かけたという彼女のエッセイを読んでいるうちに、ちょっと冒険みたいで楽しそうで、自分もやってみたくなった。

    と言いながら、ここ最近はワールドカップで寝不足だったり、読みたい小説が溜まっていたりしたので、結局ずっと家で過ごしてしまったけど。

    とはいえスマホがないだけで、普段の引きこもりでは気づくことのない発見が色々あった。

    下記は、デジタルデトックスの記録も兼ねて、ルーズリーフに書き留めた、普段ならTwitterに吐き出しているような些細な気づきや、その時々に思っていたことをテキスト化し、再構成したものだ(Twitterがないと適当な思考をつらつら垂れ流す場所がなくて困りますね)。

    ちなみに最後に一日ひっくるめて思ったことなどを総括しているので、時間のない方は23:00のところだけでもどうぞ。


    7:30

    「明日はスマホを触れないから今のうちにたくさん触っておこう」と思って日付が変わってから寝落ちた気がするのに、それに主にワールドカップのせいで若干睡眠不足だからたくさん寝ようと思っていたのに、なぜかこんなに早く目が覚めてしまった。

    起きて早々に一緒に暮らしてるフランス人から「ブラジルがノルウェーに負けた」と聞く。情報が見たすぎてテレビつけたものの、全然ほしい情報が出てこなくて結局イライラして消した。

    早速スマホがほしい。自分の知りたいことを自分の好きなタイミングで知れるネットって便利すぎる。テレビって自分の知りたい情報を得るという意味ではこんなに効率悪い媒体だったんだと改めて気づいた。だからこそ、自分が知ろうと思っていない情報に触れられるという利点はあるけど。表裏一体の強みと弱み。

    9:45

    サッカーのことは諦めて二度寝しようと思っていたが、気づいたら2時間くらいうちのフランス人と喋っていた(すっっごくどうでもいいけど、彼氏って呼ぶのも恋人って呼ぶのも個人的にむずむずして微妙でパートナーもしっくりこず、相方とかも好きじゃないので、どの称号をつけるべきかわからないんですがどうするのがいいんですかね)。

    サッカーや柔道の話、スマホとの付き合い方の話、日本の男女の話とかもした。最近バタバタしたりしてたので、こんなに深く喋ったのは久しぶりな気がする。

    ところで、彼に限らずフランス人と話すと、圧倒的な言語知の差を感じる。わたしの発話量が少ないのはフランス語力の問題もあるが本質的な問題はそこではなく、ただただ自分の意見や起きたことや思ったことを的確に言葉にして人に伝えることが下手なのだなと思う。フランスの教育制度を見るに、きっと訓練量が日本で教育を受けた人間と全然違う。そういう能力も鍛えたい。

    12:00

     寝ていた。まだ寝たい気もするけど、せっかく通知をまったく受け取ることのない一日を寝て過ごすのももったいないので、起きることにした。

    キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』を読む。人に関わるSFが好きなので、とても楽しい。でも他にも読みたいものがたくさんある。三島とか、そーせきとか。漱石って、手書きだと自信がなくて書けない。あとそもそも画数が多い漢字って面倒だと思ってしまう。手書きは楽しいけど焦れったい。もっと早く考えたいしもっとどんどん先に進みたいのに、手の速度には限界があって、全然早く進められない。これだから肉体は嫌いだ。

    13:00

    昨日作っておいたご飯を食べて、フランス語の勉強をした。紙のどでかい仏仏辞書はあるけど、スマホがないと仏和辞書もないしAIにも聞けないから文章を読むのは厳しそうだし、リスニングもできないし、新しいことを学ぶにも微妙だ。何しようかなあと思いながら既知の範囲の問題集を数ページ解いた。

    (やれそうなものを選んだとはいえ)勉強が一番困ると思っていたわりには意外とやれた気がする。

    それより、ご飯を食べている時間が暇すぎてどうしようかと思った。いつも一人でご飯を食べる時間は、チェックしたい動画やPodcastを流す時間にしているのだが、スマホがないと動画も見れないしPodcastも聴けないし、ご飯を食べる以外にすることがない。「手がもう一本か二本あったら本を読みながら食べれるのに」と思いながら、仕方なくふりかけの食品表示や食べ方を読んだりして時間を潰した。

    17:20

    キム・チョヨプ『わたしたちが光の速さで進めないなら』を読み終える。スマホやPCという隙あらば脳に情報を放り込んでくる端末を見ていないからか、いつもよりいろんなことを考えながら読んだ気がする。

    SFだったからか、読んでる途中AIを触りたくなり、その流れでconjugaisonの勉強用アプリをつくりたくてたまらなくなった。Claudeのげきつよ新モデルfableを使えるうちにやってしまいたい。デジタルデトックスそのものはやってよかったけど、せっかくfableが使える期間に被せたのはちょっと失敗だったかもしれない。

    (ちなみにこれは無事に作り終えました)

    前からずっと動詞活用1000本ノックみたいなことできるWebアプリがほしかったから作った〜〜〜作ったといってもAIが全部ファイル作ってくれてわたしはアップロードしただけだけど🙋🏻‍♀️特に細かく指示しなかったのにデザインもまあまあいい感じにしてくれてうれしい pic.twitter.com/8euVrxbvq1

    — えなり🇫🇷📚 (@enari_fr) July 7, 2026


    19:30

    夕飯を作って食べた。ほとんどのレシピはスマホにブックマークしているけど、紙のレシピ本もちゃんと買っておいてよかった。さすがに書き写すのはめんどくさい。

    レシピは問題なかったけど、スマホがないとタイマーがないことに気づいてちょっと困った。普段は意識しないけど、スマホにいろんな役割を背負わせすぎている。

    それでいうと、我が家にはインターネットを使わない娯楽が本以外何もないことに気づいた。テレビゲームとかボードゲームとかDVDとかそういうの。

    おかげで本を読むか勉強するしかできなくて、でも勉強も明らかにスマホ
    があったほうが効率がいいから結果的に読書しかすることがなく、そろそろ飽きてきた節がある。いつもはあんなに本だけ読む時間を作りたいと思っているのに。しかし、本だけ読んでもいいことと、本を読むしかないことは全然違うのである。ところで、飽きるという漢字すらちょっと書き方に迷ってしまった。手書きの能力が衰えすぎていてこわい。

    22:00

    ひまだ。金原ひとみのアル中小説読んでいたら、自分もなんかめいてーしてきた気がする。めいていなんて変換はできても当然漢字で書けない。めいてい。めーてー。ひらがなの方がめいていっぽいかも(ちなみに漢字は「酩酊」だが、こうして書いてみてもひらがなの方がめいていっぽい気がする)。

    読む本は山ほどあるけどさすがに本ばかり読んでいることに食傷気味で、憂さ晴らしみたいな気持ちで意味もなく外に出てみて、ポストを見たら、友人のゆきんさんからポストカードが届いていた。外部とのつながりがない状態だからか、いつも以上にうれしかった。そしてヨーロッパに行きたくなった。

    フランスの夏は、太陽ギラギラだけど爽やかで、そのくせ日が翳ってくると一気に涼しくなる。そのギャップと、20時でも余裕で夕方のようで明るくていつまでも遊んでいられることから発せられていそうな爽やかな退廃の匂いがする。甘美だ。一方日本の夏は湿気が多すぎて、なんだか煩雑で、全然爽やかじゃなくて、ただただ不愉快で鬱って感じ。湿気のない世界の、甘くて気だるい退廃が恋しい。せめて早く冬になってほしい。

    23:00

    もう少し起きているつもりだったが、なぜだか強烈に眠いので日付が変わる前に寝ることになりそうだ。

    今日一日、一切通知が来なくて、何にも追われることがなく、好きな時に(スマホがなくてできる範囲で)好きなことができてよかった。通知によって与えられるプレッシャーというか、行動を規定される感じがないってかなり楽である。メッセージが来ていると知ったら返さないといけない気がするし、何かが更新されたと知ったら見ないといけない気がする。そういうのが一切なくて、ゆったりできた。

    あと、「今日わたしに連絡を取れる人間はほぼ誰もいない」という事実の解放感も心地よかった。世界から自分を取り戻し、自分だけの自分を手に入れたような感覚になった。

    それでふと気づいたのだが、現代においてスマホやPCなどのデジタル端末をオフにすることは、人とのコミュニケーションという意味では、多くの人にとって、携帯電話を手に入れる前どころか、明治時代と大して変わらない状況と言えるのではないだろうか。

    家電いえでんでもあれば、スマホがなくてもすぐに連絡が取れるけれど、家電なんてわたしの家には当然ない。すると、もはやスマホとPCを見ていないわたしと連絡を取る方法は手紙しかなくなってしまう。すごい。いつの時代だろう。その意味では、こんなの生まれてはじめてかもしれない。ガラケーも中学生から持っていたし、実家には家電があったから、誰もわたしと連絡を取れないなんてことはなかった。

    誰もわたしにアクセスできないという状態は孤独なことではあるけれど、それと同時になんだか爽快感があった。今この時だけ、世界の全てを捨てて、あらゆる煩わしさから解放されたような気持ちになれた。

    この感覚があまりに良くて、もうこのままスマホを捨てたいと思ったくらいだ。そんなことをしたらとっても困るしできないのだけれど。それでも、またスマホのない一日を過ごしたいと思った。クセになりそうだ。その時は、今度こそ書店にも出かけたい。


    読んでくださり、ありがとうございます!

    普段は物書きやPodcastの編集や日本語教師なんかをやっています。何か使えそうなことがあれば使ってやってください。

    質問もお気軽にどうぞ。


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