
短編小説『青の衣装』
青いトップスに襞のはいった黒いスカートをあわせて、生成りいろの生地に青の意匠のほどこされた鞄を小脇にかかえて、白いスニーカーで鉛いろの地面を歩みながら、足もとの明暗を楽しむうち、エマはふと立ち止まって、北西をむくと、紺ぺきの空にただよう暮れなずむ夕日が目にはいって、おもわず細めた瞳のうえで、栗いろの髪の毛の半面があかりを吸いとって、やわらかな黄金いろを帯びている。
そよ風が巻き起こり、うしろで結んだ長い髪の毛先がゆらめいて、斜めにながす前髪が頬におちて、エマはさっと手先ではらいつつ、青い服のうえで優しくかがやく真珠のネックレスにそっと触れて、白い頬をほんのり染めながら向きなおると、薄紅の夕暮れのなかを鳥たちがしなやかに閃いて、高く低く飛び交いながら親密な声音でなごやかに鳴き交わす。
赤い夕陽につつまれながらしばらく歩むうち、白くぬられた煉瓦の建物がみえて、エマは青の衣装をまとったままに壁際に沿ってすすむと、しとやかな体からおだやかな薄い影がのびて、こちらの動きにあわせて静かにゆれながら、白亜の表面をなめらかに移動してゆき、やがて途切れたところで、待ち合わせのカフェの胡桃いろのテラス席と、鈍い硝子にうつる瑠璃いろの空が目にはいった。
彼はまだ来ていないようなので、黒いエプロンをつけた店員さんに声をかけて椅子に腰をおろすと、エマは桜いろの手帳を取りだして、表紙にたおやかに花ひらく花々にうっとりするうち手帳をひらいて、待ち合わせの日付と時間をたしかめたのち、片ひじをついて桃いろの指先でしずかに頬をうちながらその音に耳を澄ましていたところへ、後ろからあたたかな気配がして、さらりと風を漂わせながらそばを通り過ぎたと思うと、頭上から親しみ深い声がふって来て、
「ごめん、遅くなって。待った?」
エマは上目づかいに仰向いて、あたたかなほっぺたに指先をふれたまま、ゆるやかに首をふりながらうららかな笑みを浮かべると、細身のからだを藍いろのシャツにつつんで、白銀いろのズボンを穿きこなした彼はふっと口元をやわらげて、
「良かった。もう頼んだの?」
「ううん、これから」
「待っててくれたんだ」
その問いかけには答えぬまま、エマは開いたままの手帳をそっと閉じて、生成りいろの鞄にしまって、静かにおもてを上げたところで、向かいに腰をおろした彼がこちらをみつめて、
「今日はこれからお母さんと食事なんだよね?」
「ごめんなさいね。すこししか一緒にいられなくて」
そう答えながらテーブルから白い冊子を取りあげて、黒で記された飲み物の並びをながめるまもなく、
「一目会えるだけでも嬉しいよ。一週間も君に会えないと、ぼくはおかしくなっちゃうから」
「おかしくなるってどんな風に?」
まっすぐに彼をみつめながら小首をかしげると、相手はこちらへ引き寄せられるように前のめりになって、紺いろの襟元のうえで顔を赤らめながら、首を横に打ちふって、
「そりゃあもう、ずっとエマのことばかり考えちゃうんだ。仕事をしていても、外を歩いていても、家でくつろいでいても」
「それって、ほんとうかしら?」
そうつぶやくなり、エマはまるめた手先に頬をもたせて横をむくと、群青いろと茜いろの雲がぷかぷかと漂っている。
「もちろんだよ」
「もしそうなら、あんまり会わないほうがいいみたい」
「え? それってどういうこと?」彼は見開いた瞳をすぐさましばたたいた。
「そうしたら一日中、わたしのことだけを考えてくれるんでしょう?」
「いや、まあ、そうなんだけどさ。でもそれは困るよ」
「どうして?」
「だって君に会いたいから。我慢できないよ」
「ふふっ」
エマはほっぺたを鴇いろに染めながら、おもわず笑みがこぼれたところで、黒いエプロンをつけた店員さんがやって来て、
「ご注文はおきまりでしょうか?」
「あなたは何にするの?」
そう尋ねると、彼はすぐさま、
「君とおなじのにする」
「それならカフェラテを二ついただけますか?」
「かしこまりました」
店員さんが下がるとともに、彼がこちらの首もとに視線を落として、微笑を浮かべながら、
「それ、似合ってるね」
「これ?」エマは青い服のうえの優しくかがやく乳白色のネックレスをそっと中指でおさえながら聞きかえすと、
「うん」
「ありがとう」
「一緒にえらんだもんね」
「そうだったかしら」
「え、そうだよ」彼は一瞬目を丸くしたかと思うと、顔をやわらげてうっとりしながら、「青に映えるね」
そうつぶやいたまま見惚れたように眺めつづけるので、エマはさっと手先で首もとを隠すと、彼は途端にあおむいて、口もとをほんのり開けながら、
「え、どうして?」
「もういいでしょ」
「いいけど」とつぶやいて、それから思いついたように、「また一緒に買い物に行きたいな」
「それは構わないけれど」
「ふふっ、良かった。約束だからね?」
夕まぐれのカフェテラスで彼の笑みがぱっと華やいで、穏やかにきらめいて、和やかにゆらめいて、エマはその刹那、母との食事のことも、カフェラテのことも忘れて、片ひじをつきながら、そっと広げた手のひらに頬をのせたまま、このひと時にしっとりと漬かるうち、彼の問いかけを思い出して、やわらかにうなずいた。