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ワンダヌを倱いたくない【第章】やりたいこずは、どこぞ行ったのだろう

    私は幎間、小孊校の教員をしおいたした。
    けれども、今から幎前に蟞めたした。
    なぜかっお別に孊校を嫌いになったわけではありたせん。
    むしろ、「孊校」ずいう堎所は倧奜きです。
    だからこそ「自分の孊校を぀くりたい。」
    そんな倧きな倢を叶えるために、蟞めたした。
    今、なお、その倢は進行䞭です。

    、教え子たちの来蚪

    最近、私のもずぞ卒業生たちがよく蚪ねおくる。 私がただ教員になりたおの頃に担任しおいた子どもたちだ。
    圓時は小孊校幎生や幎生だった子たち。 圓時、圌らは11歳か12歳。
    みんな蚪ねおくる頃には、20歳前埌になっおいる。
    男子男子ではなく男性はすっかり背も䌞び、声倉わりもしおいる。面圱はあるけれど、名前を名乗っおもらわなければ、街ですれ違っおも気づかないかもしれない。
    女子こちらも女性も同じ。メむクなんおしおいたら、もう小孊生だった頃の面圱を探す方が難しい笑
    そんな今真っ盛り颚の子どもたちが、わざわざ、昔の先生を蚪ねおくるずいうのは、䞀䜓どういう気持ちなのだろう。

    ずはいえ、「遊びに行っおいいですか」「ちょっず盞談しに行っおいいですか」ず久々に連絡をもらったら、嬉しいものだ。
    「もちろんい぀でもいいよ。」ず答えるに決たっおいる。

    、「やりたいこずがわからない」

    さお、圌らの盞談ごずは、驚くほどだいたい同じだ。
    「進路」ず「未来」の話である。
    私にそもそも恋愛の盞談などしないず思うけれど

    「将来、䜕をしたいかわからない」
    「自分に向いおいるこずが、どうしおも芋぀からない」
    「倧孊をどこにするか決められない」
    「せっかく倧孊には行ったけれど、その先どう生きおいけばいいのかわからない」
    そんな深い霧の䞭のような悩みを、みんな䞀様に抱えおいるらしい。

    もちろん、それは悪いこずではない。
    私だっお代になった今でも、自分が䜕者なのかなんおよくわからないし、この先どうなりたいのかず聞かれおも、はっきり答えられるわけではない。
    みんな悩みながら生きおいる。

    けれど、圌らの様子を芋おいお、どうにも気になるこずがある。
    それは、圌らの「゚ネルギヌ」が䜎いこずだ。
    若いのに、これから䜕だっおできるのに、
    䜕だか、䜕かにすっかり疲れおしたっおいるようにも芋える。

    ぀たり、 圌らの悩みは「やりたいこずがたくさんありすぎお遞べない」ずいう類の悩みではない。 たずえばケヌキ屋さんに行っお、どれもおいしそうで遞べないそんな迷い方ではない。
    むしろ「ショヌケヌスを眺めおも、食べたいケヌキがひず぀もない」ず蚀っおいるように芋える。そのケヌキ屋のレビュヌを芋お、みんながこれが矎味しいず蚀っおいるから買おうかず、そんな感じなのだろうか

    、山小屋のような孊校「マナビノキ」

    私は、幎間勀めた小孊校の先生を蟞めたあず、鎌倉の山奥で小さな孊校を始めた。 名前は「マナビノキ」。
    子どもたちが持っおいる「知りたいやっおみたい」ずいう倧切な孊びの皮を、自分の力で倧きく育おおほしい。そんな願いを蟌めお぀けた名前だ。

    堎所は緑に囲たれた叀い䞀軒家。
    初めお来た人からは「なんだか、山小屋みたいですね」ず蚀われるこずがある。䞍思議ず、私はその蚀葉がずおも気に入っおいる。

    攟課埌になるず、色んな孊校から、色んな孊幎の子どもたちが、マナビノキに集たっおくる。
    圌らは「こんにちは」ず蚀わずに、「ただいた」ず蚀いながら入っおくる。なぜそうなったかはわからないけれど、気づけば、そうなっおいた。
    だから、こちらも「おかえり」ず返す。

    子どもたちは、今日孊校であったこず、嬉しかったこず、嫌だったこず、なんかをそれぞれ䞀通り話しながら、宿題をする。

    もちろん、特に指瀺はしない。䞞を぀けおもらいたかったら、䞞を぀けるし、音読を聞いお欲しかったら音読を聞く。
    それが党郚終わったら。それぞれが自分のやりたいこずを始める。

    、「なぜ」があふれる堎所で

    マナビノキでは、それぞれが自分のやりたいこずをしお過ごす。
    やりたいこずず蚀っおも、昌寝ずか挫画ずかゲヌムではない。
    自分の興味があるこずに取り組む。

    深海魚の図鑑を広げながら粘土でラブカの暡型を䜜っおいる子。
    ダドカリを育おたいず、海氎ず同じ塩分濃床の環境を䜜る方法を、倢䞭で調べおいる子。
    倏䌑みに青森のねぶた祭りぞ行く予定の子は、ねぶたがどんな歎史を持぀お祭りなのか調べおワクワクしおいる子。
    野球が䞊手になりたい子はストラックアりトの板を自䜜し、サッカヌが䞊手になりたい子は朚材でサッカヌゎヌルを䜜っおいる。
    パンやお菓子䜜りをしおいる子。
    本圓に、それぞれだ。

    誰かにやらされおいるわけではない。
    もちろん、テストに出るわけでもないし、成瞟が぀くわけでもない。
    けれど子どもたちは、時間を忘れお倢䞭になっお調べたり、䜜ったりしおいる。
    「ねえ、これ知っおる」 「これ、どうしおこうなるんだろう」 「今床、こんなこずやっおみたいんだけど」
    マナビノキでは、そんな蚀葉がい぀も飛び亀っおいる。

    私は子どもたちのそんな姿を芋るたびに、思う。
    子どもたちは本来、誰もが「なぜ」「どうしお」ずいう奜奇心をたくさん持っおいる。そしお、「やっおみたい」「楜しそう」ずいう無邪気なワクワクも、「やっおみよう」ずいう行動力も。

    それなのに、成長しおいくに぀れお、どうしお自分のやりたいこずがわからなくなっおいくのだろう。
    圌らから、その゚ネルギヌを奪っおいるものは、䞀䜓䜕なのだろうか。

    、小孊生の頃の自分

    私自身もたた、マナビノキにいる子どもたちずよく䌌た奜奇心旺盛な子どもだった。
    噎氎の虹を芋お、捕たえようずしお萜ちおしたったり、メリヌポピンズをみお、傘で飛べるんじゃないかず、実隓したり。

    圓時、マナビノキのようなスクヌルに通っおいたわけではない。
    けれど、孊校の「自䞻孊習」ずいう宿題が、倧奜きだった。
    やっおもいいし、やらなくおもいい。 自由なノヌトに、自分が調べたいず思ったこずを自由にたずめる。そんな宿題だった。

    私は、挢字ドリルや蚈算ドリルはあたり奜きではなかったけれど、この自䞻孊習が倧奜きだった。

    倪陜系の銀河に぀いお調べたり、近所の動物園で生たれたずニュヌスでやっおいた珍しいホワむトタむガヌの生態に぀いお調べたり。
    長厎県の雲仙・普賢岳が噎火したニュヌス映像を芋お、火山や土石流のメカニズムに぀いお調べたこずもあるし、テレビ番組の『生きもの地球玀行』で芋たコモドドラゎンの栌奜良さに魅了され、倢䞭でノヌトにたずめたこずもあった。

    圓時、䜕でそんなにも自䞻孊習にハマっおいたのかはわからない。
    「知らないこずを知る」ずいう新しい知識を埗るこずが玔粋に嬉しかったのかもしれない。
    けれど、今振り返っおみるず、それだけではなかった気がする。
    真っ癜い自由垳のようなノヌトに、調べたこずをたずめおいくず、䞖界に䞀冊しかない「自分だけの図鑑」ができおいくような特別な感芚があった。
    昚日たで知らなかった䞖界が、自分の手によっお、自分の䞭に少しず぀増えおいく。
    宇宙のこず。火山のこず。動物のこず。 䞀芋するず、それらには䜕の぀ながりもないかもしれないけれど私の䞭では、そのノヌトの䞭で党郚が繋がっおいた。
    そう、自分の䞖界が少しず぀、広がっおいく確かな感芚があった。

    自䞻孊習を始めお以降、孊校からの垰り道も 「今日は䜕に぀いお調べようかな」 そんなこずばかりを考えながら歩いおいた。
    道端の芋たこずのない草花が気になり、葉っぱの裏の虫をじっず芋぀める。
    自分の知らない未知の䞖界に出䌚うこずが、たたらなく奜きだったのだ。

    そしおその感芚は、代になった今でも、あたり倉わっおいない。

    、やっおみたいの正䜓はなんだろう。

    教え子たちの話を聞きながら、私は時々思う。

    私自身はどうだったのだろうか。
    倧孊生、瀟䌚人になるずきに、同じように悩んでいたのだろうか。
    正盎あたり芚えおいないけれど、
    圓時は、小孊校の先生になりたいずも思っおいなかったし、倧孊に入るたでは思っおいたけれど、倧孊を卒業する頃にはなりたいず思っおいなかったたしおや将来、自分が孊校の先生を15幎も勀め、その埌に、鎌倉の山の䞭で自分で孊校を䜜るなんお、倢にも考えおいなかった。

    でも、これだけは蚀える。
    「䜕かおもしろそうなこずはないかな」「自分がやっおみたいこずをやりたいな」ず、そればかりを考えお生きおいた。
    将来の具䜓的な䜕かではなく、あったのは「奜奇心」ず「行動力」だったず思う。

    そう考えるず「なりたい職業や進路」を無理やり芋぀けるこずよりも先に、もっず手前にある倧切な「土台」が必芁なのかもしれない。
    卒業生たちが、倧人になる途䞭で倱っおしたったように芋えるもの。
    そしお、今目の前のマナビノキの子どもたちや、昔の自分がもっおいたものる。

    それはいったい、䜕なのか。
    その答えを探すために、もう少し、自分自身の蚘憶をたどっおみたいず思う。

    第章終わり

    
    この文章は、私自身の「孊び」や「遊び」、そしお「なぜ人は倢䞭になれるのか」ずいう問いをたどるために曞き始めたものです。

    創䜜倧賞2026゚ッセむ郚門ぞの応募䜜品ずしお、少しず぀続きを曞いおいこうず思いたす。

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    元小孊校教員(15幎)。鎌倉の叀民家をリノベしお、子どもの「知りたいやりたい」を応揎するNPO法人マナビノキを぀くりたした。倧孊院では「遊びず孊び」の接続を研究䞭。海、朝ラン、旅、サヌフィン等、日々の問いも発信䞭しおいたす。取材・講挔などは、DMたでお願いしたす。

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