
人生は何度でも作り直せる 序章〜未来の自分のためです〜
社会人になった時、
私には三つの野望があった。
一つ目は、提案から運用まで、一通りできるようになりたい。
システムエンジニアとして働き始めた。
システムが生まれる前の提案活動、そして、システムが動き続ける運用業務、その一連のプロセスを経験したい。
それが当時の私なりの「一人前のシステムエンジニア」の完成形だった。
二つ目は、海外出張したい。
当時、外資メーカに勤務していた。
せっかく外資で働くのなら、海外の案件を任せられ、会社の顔として海外出張したい。
そんな憧れもあった。
三つ目は、役職にも就きたい。
実績を積んだ証として、なんらかの役職に就きたい。
そんな目標も持っていた。
若かった私は、一つ、また一つと夢を増やしていた。
一つ目の夢は10年くらいかけて叶えた。
初めは大きなシステムの開発担当だった。
いくつかのシステム開発を経て、やっと、小さい規模ながら一つのシステムが生まれ、世の中で動き始めるまでを経験した。
次は、二つ目の夢だった。
海外案件を任され、会社の代表として海外に出張する。
その夢に向かって歩き始めた頃だった。
リストラだ。
夢を追い続けたい気持ちはあった。
でも、自分のライフステージも変わろうとしている。
条件だけでリストラの対象となった現実もあった。
考えた末、退職を選択した。
退職の挨拶回りで一つ心に決めていたことがあった。
笑顔でありがとう、
と言おう。
もちろん悔しい気持ちもあるし、最後に文句の一つでも言いたいところだ。
実際、最後に不満をぶつけて会社を去る人もいた。気持ちはよくわかる。
でも、私は違う選択をした。
転職すれば前の会社に問い合わせが入ることもある。
「あの人は不満ばかり言って辞めていった」
そんな印象が残るのは避けたかった。
私の未来に不利になることはしたくなかった。
悪い印象はずっと残る。
いい印象は残らないかもしれない。
でも、それでいい。
いつか、正社員に戻り夢の続きを歩くために。
未来の自分のために、精一杯の意地を張った。
あの日は、終わりの日ではなかった。
次への助走の日になったのだと思う。
最後の日。
抱えきれないほどの花束をもらった。
そして、新卒採用でお世話になった人事の方が声をかけてくださった。
「周りの人、寂しいでしょうね」
その言葉と笑顔を、私は今でも覚えている。
先輩に挨拶した時だった。
「最後に言いたいこともあるでしょう。
なんで言わないの?」
と聞かれた。
「未来の自分のためです」
私はそう答えた。
後日、その先輩から一通の手紙をもらった。
あなたは賢い人です。
いろいろ言いたいこともあったでしょう。
それをしまってここを去ろうとしている。
この先もきっと大丈夫です。
正確な言葉はもう覚えていない。
でも、その手紙だけは心に刻まれている。
あんなふうに誰かの背中をそっと押せるような人になりたい。
そう思った。
それ以来、「働く女性のロールモデルになりたい」が、私の夢に加わった。
あれから二十数年。
振り返ると、転職を繰り返しながらも、海外出張の夢と役職に就く夢は叶っていた。
真っ直ぐなキャリアではなかった。
それでも、人生は何度でも作り直せる。
その一例には、なれたのかもしれない。
ただ一つだけ。
働く女性のロールモデルになること。
この夢だけは、自分が頑張るだけでは叶わない。
誰かが、
「こんな生き方もあるんだ。」
そう思ってくれて、初めて叶う夢だからだ。
ロールモデルが50人いたら、私は50番目くらいだろう。
決して華やかな経歴ではない。
でも、だからこそいい。
一番の人は眩しすぎて、自分とは別世界に感じることがある。
50番目くらいなら、
「このくらいなら、私にもできるかもしれない。」
そう思ってもらえるかもしれない。
最近、私はnoteを書いている。
「私は、こう生きてきました。」
その記録を、一つずつ残している。
今思えば、それは若い頃に増えた最後の夢へとつながっていたのだ。
もし私の記事を読んだ誰かが、
「私も、もう一度挑戦してみよう。」
そう思ってくれたなら。
その時、若い頃に増えた最後の夢に、ようやく○が付くのかもしれない。