
枯野に立つあなたは、なぜ自信に満ちているのか
枯野に立ちて、自信に満つ
朝の改札を抜け、人の波に押されながら歩いているとき、ふと、自分だけが冬枯れの野にひとり立っているような心地になることがある。まわりには数えきれないほどの人がいて、肩が触れるほどに近い。それなのに、誰ひとりとして私の内側には届いていない。手のなかの小さな画面には、世界の各地から流れ込む報せが絶え間なく明滅している。だが、そのどれが本当で、どれが偽りなのか、私には確かめる手立てがない。賑わいが増すほど、かえって茫漠とした曠野が、胸の奥にしずかに広がってゆく。
芭蕉は最期の床で、「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」と詠んだ。枯野とは、草が枯れ果て、色を失った冬の野のことだ。生命の気配は薄く、見わたすかぎり荒涼としている。けれども私には、この現代という時代こそが、ひとつの巨大な枯野のように思えてならない。
時代の移り変わりは、かつてないほど速い。昨日まで確かだと信じていた価値が、今日にはもう古びている。情報は洪水のように押し寄せ、真と偽は入りまじり、誰もが何かを声高に語る。集団は集団の正しさを掲げ、個人は個人の願いを抱く。権利と権利がぶつかり、意志と意志がせめぎ合う。どれを信じればよいのか、どこに足を置けばよいのか――問いばかりが増えてゆき、確かな足場はどこにも見あたらない。人々のただなかにいながら、まるで枯野にひとり取り残されたように、私たちは惑い、立ちすくむ。
この野の風は、年ごとに向きを変える。学んだばかりの技も、覚えたばかりの常識も、いくらも経たぬうちに古び、足もとの地面はたえず形を変えてゆく。同じひとつの出来事が、こちらでは希望と語られ、あちらでは災いと語られる。十の声が、十のまったく異なる物語を、それぞれ確信をもって差し出してくる。そのなかで、ある人は変化の渦のただなかでも静かに立ちつづけ、ある人はほんの小さなつまずきで足を取られ、谷の底へと落ちてゆく。両者を分けるものは、いったい何なのか――生まれつきの強さか、それとも運か。私には長いあいだ、それがわからなかった。
しかも厄介なのは、その声のひとつひとつが、「これがみんなの総意だ」「これが時代の流れだ」と語りかけてくることだ。あたかも、私という個人がそこに溶けて消えてしまわなければならないかのように。商いはその商いに都合のよい価値を、信仰はその信仰に都合のよい意味を、流行はその流行に都合のよい憧れを、私の胸のうちへ流し込もうとする。気づけば私は、自分の足で立っているのか、それとも誰かに立たされているのか、わからなくなっている。これこそ、見えない枷だと私は思う。
それでも、と私は思う。物語のなかで、何ひとつ持たない貧しい若者が、ぼろをまとったまま背筋をのばし、現実の世界へまっすぐ立ち向かってゆく姿に、私はいつも胸を打たれてきた。彼は強い武器を持っているわけでも、後ろ盾があるわけでもない。それでも、おのれの足で立ち、まなざしをそらさない。その姿は、なぜか枯野のなかにただ一本、凜と立つ枯れ木のように、静かに輝いて見える。
現実が低いのではない。低いのは、しばしば、現実に屈してしまう人の精神のほうなのだ。
ひとたび得心がゆけば、枷は音もなく外れる。そうして人は、自分の足で歩いてゆける、その極限まで自由になれる。
ならば、問わねばならない。なぜ、枯野に立つあなたは、それほどまでに自信に満ちていられるのか。荒涼とした風景のただなかで、寄る辺となるものを何ひとつ約束されていないのに、なぜ怯えることなく背筋をのばしていられるのか。この問いに答えるためには、まず、私たちが立っているこの地面――権利や自由といった、目には見えないけれども確かに私たちを支えているもの――が、いったいどこから来たのかを、足もとから掘り起こしてみなければならない。
円と火
ひとつ、たとえ話から始めたい。私たちが紙の上に円を描くとき、どこかに転がっている丸い石や、池に広がる波紋の形を、そっくり写し取ろうとはしない。そうではなく、「円のどの点をとっても、中心からの距離が等しい」という定義に従って描く。現実のどこにも、完全な円は存在しない。それでも私たちは、定義という理想を先に立て、手もとの線を、その理想のほうへと近づけてゆく。
これは、人間という存在の、奇妙で、美しい癖だ。現実がなりゆきのままに転がってゆく先よりも、論理が指し示す理想のほうが、私たちの望みに適うことがある。だから人は、現実がそうなるのを待つのではなく、現実を理想のほうへ引き寄せようとする。
社会の約束ごと――社会契約も、これと同じ性質を持っている。それは現実にそのまま落ちている石ではなく、私たちが目的のために選び取った、円のような理論の模型なのだ。冬の夜、消えぬように守られる焚き火のように、人がたえず手をかけ、薪をくべて、はじめて燃えつづけるたぐいの答えである。では、その火はどこから灯ったのか。足もとから順に、たどってみよう。
人は、社会が生まれるよりも前に、この世界へやってきた。社会のない、むき出しの自然のなかでは、誰もが何ものにも縛られない、自然のままの自由をもっている。心に思い、欲したことを、そのまま行いうる自由だ。
ところが、同じ自由を持つ者どうしが出会ったとき、何が起きるか。誰もが他者を侵しうると同時に、いつ侵されるかわからない。やがて「万人の万人に対する闘争」が立ちあらわれ、思うままにふるまえたはずの自由は、たえず脅かされる不確かなものに変わってしまう。だから人は、この闘争の状態から、どうにかして抜け出さねばならなかった。
抜け出すには、「誰が自然の自由を保つのか」を問わねばならない。論理のうえでは、四つの場合がありうる。
一つ、すべての人がそれを保つ場合。誰もが他者を侵す自由を握ったままだから、ふたたび闘争へ逆もどりする。
二つ、一部の者だけが保ち、残りが手放す場合。保つ者は手放した者を一方的に侵し、保つ者どうしにはなお争いが残る。それは群雄が割拠する乱世にも、国と国とがにらみ合う有様にも似ている。侵された側の権利は消え去ったわけではなく、抑えつけられたまま身のうちに残り、やがて反発となって噴き出す。王朝が興っては滅びるのを、人はいくたびくり返してきたことか。
三つ、ただ一人だけが保つ場合。一人が万人を侵す形となり、強権と専制が生まれる。だが権利は、暴力で永久に奪い去れるものではない。抑える力がゆるめば、その支配はふたたび覆される。
残るのは四つめ、すべての人がそろって自然の自由を手放す場合である。このときはじめて、一方的な侵害がどこにも生じない。そのような状態が、現実のどこかにそのまま転がっているわけではない。それでも論理の演繹のうえでは、権利の正しい由来となりうる、ただひとつの答えである。だからこそ、人はこれを選び取らねばならないのだ。
全員が自然の自由を手放し、誰も他者を一方的に侵さないところで、人はようやく、ひとつの約束を交わすことができる。理想の模型のうえで、各人がおのれの意志をもって、ひとつの契約を結ぶ。自然の自由のうち「人が人を侵す」にあたる部分を、みなで等しく手放す。そのかわりに、危険も利益も責任もともに分かち合う、守られた社会の自由を手に入れる。これが社会契約である。
そしてこの転換のかなめに生まれるのが、憲法だ。憲法はいったん成り立てば、いかなる個人の意志よりも上に置かれなければならない。さもなければ、それは憲法という名を借りた、ただの強権の掟にすぎない。
憲法のもとでは、誰ひとりとして他人より上に立てない。だからこそ、人は等しい。
ここから先は、その火が広がってゆくさまである。憲法のもとで全員の社会の自由が等しいという、平等。人と人の社会の自由が触れあう部分に、公の権力が生まれる。
その権力の一部を、定められた職分にかぎって、ある人々へ委ねたものが、政府である。政府は新しい権力を生み出してなどいない。あずかった権力を、境界のうちで用いているにすぎない。ゆえに、与えられた範囲を超えてふるう力は、もはや権力ではなく、市民の権利への侵害となる。
そして、いっさいの法が憲法に背かず、最高の法によって国を治めるとき、それを法治の国と呼ぶ。憲法のもとでの平等、権限を限られた政府、由来の正しい権力――こうした土台のうえに、ようやく国民主権が、すなわち民主主義が結実する。
法が禁じないところは、すべて行ってよい。それは、契約のあとも私たちの手もとに残された、天から授かった自由の名残にほかならない。
冬の野で焚く火を、思い浮かべてほしい。権利とは、論理の導きのもとで、私たちが自ら選び取った、火のようなものだ。放っておけば、消えてしまう。だから人は、絶えず薪をくべ、その火を保ちつづけねばならない。枯野は、ただ荒れ果てた野ではなかった。それは、人間の意志が幾度も耕し、火を灯しつづけてきた野だったのだ。
曲線を直線で描く
ここまで私たちは、共に立つべき地面――社会という大きな円が、どこから来たのかを掘り起こしてきた。それは、ひとりの私を超えた、公の話であった。だが、円を定めただけでは、まだ足りない。問いはここから、その円のなかで一個人がどう迷わず歩を進めるか、という私の技術へと移ってゆく。
複雑なものに向き合うとき、人はつい、似たものを引き合いに出したり、昔からそうだったという慣わしに寄りかかったりしたくなる。けれども、最も確かな道は、そうではない。最も基本的な、確かめうる前提にまで立ち返り、そこから一段ずつ、積み上げてゆくことだ。
ここで、もう一度あの円を思い出してほしい。私たちは、なめらかな曲線をひと息につかむことはできない。けれども、それをごく短い直線の集まりに分けてしまえば、一つひとつはもう、手に負える単純なものになる。短い直線を継ぎ足し、継ぎ足してゆけば、やがて本物の曲線へと限りなく近づいてゆく。曲を直に置き換え、ばらばらの断片を寄せ集めて一つの全体へと織りなす――これは数学でいう極限と、微積分の考え方そのものだ。
複雑な問いに向かうときも、作法はまったく同じでよい。手に負えない大きな問いは、もうこれ以上は割れないというところまで、理解できる具体の問いへと分けてゆく。そして一つひとつを解きながら、答えのほうを、たえず真理へと漸近させてゆくのである。
たとえば、「将来が不安だ」という、漠とした大きな問いがあるとする。このままでは、どこから手をつけてよいのかもわからない。けれども、これを割ってゆけばどうだろう。半年後の暮らしをまかなう蓄えは足りるのか。いまの仕事で、五年後にも通じる技は身についてゆくのか。いざというとき頼れる人は、身近に何人いるのか。――こうして一つひとつに分けてしまえば、さきほどまで茫漠としていた不安は、答えうる具体の問いの束へと変わる。蓄えが足りないなら、いくらを、どう備えるか。技が足りないなら、何を、どこで学ぶか。大きな霧そのものと格闘するのをやめ、足もとの小さな問いから順に、灯をともしてゆく。それだけで、立ちすくんでいた足は、たしかにもう一歩、前へ出る。
もっとも、こう書いている私自身、いつもうまく分けられるわけではない。気をゆるめれば、すぐにまた、手に負えない大きな問いそのものと正面から組み合おうとして、立ちすくんでしまう。それでも、分けるという作法を思い出しさえすれば、人はいつでも、もう一度そこからやり直せる。
このとき、ひとつ気をつけねばならないことがある。問いを分けたなら、その問いそのものだけを、まっすぐ見ることだ。そこへ、本来は関わりのないもの――誰かの権利、誰かの利益、文化のしきたり、社会の体面、人の欲望――をいたずらに持ち込んではならない。問いに余計な衣を着せるほど、答えは濁り、本筋は見えなくなる。あらゆる問題を、ただ問題そのものとして扱う。社会や文化の重い衣をいったん脱がせてやれば、人はのびのびと育ち、のびのびと問題を解いてゆける。
そして、もし一つの問いを解き終えてもなお、現実に軋みが残っているなら、それは、まだ見つかっていない別の問いがどこかに潜んでいる、というしるしである。けっして、すでに確かめて土台に据えた答えのほうを、ひっくり返してはならない。新たな具体の問いを立て、そこへ的を絞って答えればよい。弁証法であれ、ほかのいかなる哲学であれ、語るのはそのあとでよい。具体の問いには、具体の答えを。世界が在りつづけ、変わりつづけるかぎり、答えにはつねに、より優れたもの、より無駄のないもの、より真理に近いものがある。
もうひとつ、私が大切にしている作法がある。それは、自分の足場に立ちつづける、ということだ。人はそれぞれ、二つとして同じもののない生い立ちのなかで、固有の意志を育ててきた。遺伝も、家庭も、文化も、経験も、身を置く階層も、誰ひとり同じではない。だから、まったく同じ情報を受け取り、まったく同じように読み解く人間など、この世にいない。それは形而上の主張ではなく、ただの事実の確認である。
ならば人は、おのれの権利の境界と、おのれの立場の及ぶ範囲のなかで、ものを考えるのがいちばんよい。手の届く、触れられる、わかる範囲のことに、まっすぐ向き合う。それがもっとも理にかない、もっとも効率がよく、そしてもっとも正直に、個人の意志を映し出すからだ。
一人ひとりがおのれの場所に立つからこそ、具体の問いのもとで、はじめて民意が形をなし、賛否の割合が見えはじめ、権力の均衡も、層と層とが誤りを正しあう働きも、動きだす。自分の持ち場を越えて、はるか彼方のことを案じ、決めようとするのは、ひどく無駄が多いうえに、そこに暮らす人々の求めを、こまやかに汲みとることもできない。
社会を思わない、というのではない。自分の立つべき場所にしっかり立つことこそが、社会へのもっとも誠実な貢献なのだ。
最後に、すべての出発点を確かめておこう。意味は、期待から生まれる。漠とした期待を、見通しの立つ方向へとほどき、問いを解き、無駄を省き、期待を満たしてゆく。そのとき、はじめて意味が立ちあらわれる。道理をうやまい、現実をうやまい、おのれの立場と権利から問いを起こし、定められた境界の内から、外へとひとつずつ手を伸ばしてゆく。これが、枯野を歩くための、私の杖である。
強度を見極める
さて、世界は私たちに、いつでも答えを選ぶことを迫ってくる。けれども、ここでひとつ、肝に銘じておきたいことがある。それは、誤りのない完璧な答えなど、現実には存在しない、ということだ。
私たちが選ぶべきは、まちがいのない解ではない。どれもが何かしらの誤りをはらんだ、無数の選択肢のなかから、ほかのどれよりも強い――より望む結果をもたらしうる、強度の高い答えを選び抜くことなのだ。そしてその強度は、ほかの誰かが決めてくれるものではない。自分という人間の、総合の力で見定めるしかない。
では、押し寄せる情報のなかから、どうやって強い答えを選り分けるのか。私は、いくつかの問いを手放さないようにしている。その報せは、いつのものか――もう古びてはいないか。全体が語られているか、それとも都合よく一部だけが切り取られていないか。誰が、何のために語っているのか。論の運びはそれ自体として筋が通っているか、前提は本当に成り立っているか。
掲げられた数や結論は、第三者の手で、独立に確かめられたものか。立場の異なる複数の情報源を、突き合わせて確かめられるか。公の場で反論にさらされ、同じ分野の者による検証に開かれているか。そして何より、「何が起きたか」と「それが何を意味するか」を、混ぜずに分けて見られるか。できるかぎり、おおもとの一次資料までさかのぼること。
権威も、官のお墨付きも、世間の支持も、長年の信用も、すべては参考にすぎず、真理の保証ではない。一つの考えは、少数が抱くからといって誤りにはならず、多数が認めるからといって正しくはならない。
権威を引くことについては、ことに用心がいる。誰かの名言や理論を借りるのは、信じてもらいやすくするための一手にすぎず、それで語られた中身に信が宿るわけではない。偉人の言葉にも、強度と境界とがある。その人は、ある一面では正しかったかもしれない。けれども、その言葉を引いてくる者が、正しい場所で正しく使っているとはかぎらないし、引いた者自身が人より優れているとも、正しいとも、まったくかぎらないのだ。
さらに踏みこんで言えば――どんな人の、どれほど長い言葉も、つきつめれば、たがいの権利と資本にどう働きかけ、それをどちらへ動かすか、という話に行きつく。もし誰かの語りが難しすぎて呑みこめなくとも、自分の実際の権利が、ひそかに狭められようとしているのか、それとも開かれようとしているのかを見れば、その正体はおのずと知れる。
ここまで来て、私はようやく、自分の人生の物差しを、ぶれない場所に据えることができた。世間が外から与えてくる物差し――商いの、信仰の、流行の、政治の物差しは、いずれも誰かの都合で目盛りが刻まれている。それらをいったん脇に置き、私はおのれの総合の力そのものを、いちばんの目的に据える。
意志の強さ、揺るがなさ、自信、体の調子、集中の深さ、思考の枠組み、知識の量、反応の速さ――どんな場所へ放り込まれても、生き抜き、つくり出してゆける力。これを何よりも上に置けば、失敗に見舞われても、いちばん大事な土台はびくともせず、成功が訪れれば、ただ花を添えるだけになる。ほかのいっさいは、生きるための望みを満たしたあとに、通り過ぎてゆく景色にすぎない。
現実には、人と人の衝突もあれば、おびただしい学説や派閥もあって、思うようにはいかない。だからこそ、自分の信じる正しさを動きつづける現実のなかで守り抜くには、誰よりも粘り強く、誰よりも手ごわく、理屈においても総合の力においても、まわりより確かに強くあらねばならない。描いた円を守るには、まず自分が、その円の内で生き延びられるほど強くあることだ。
それでも私は、強さとは、けっして恵まれた者だけの特権ではないと信じている。雨の日に図書館へ通う、家を持たぬひとりの人。彼がページをめくるその姿にも、私は静かな光を見る。大切なのは、自分の立ち位置をはっきりと見定め、人生という走路の上を、たとえ歩くよりも遅い走りであっても、足を止めずに走りつづけることだ。
立ち止まらないかぎり、人はまだ、前へ進んでいる。
こうして、はじめの問いへ立ち返ろう。なぜ、枯野に立つあなたは、自信に満ちていられるのか。それは、枯野が花咲く野に変わったからではない。成功が約束されたからでもない。世界が、優しくなったからでもない。
あなたが自信に満ちていられるのは、自分で掘り起こし、自分で守りぬける一片の地面――どこから来たのかを知っている権利と自由――を、その足の下に踏みしめているからだ。どんな問いも、いちばん小さな単位までほどき、真理へとにじり寄ってゆく作法を、その手にしているからだ。誤りだらけの答えのなかから、より強いものを見分け、権威にも多数にも流されずにいられるからだ。そして、おのれの総合の力そのものを物差しに据えたがゆえに、失敗におびえる理由も、成功におごる理由も、もう持たずにすむからだ。
その自信は、世界についての確信ではない。どう立ち、どう歩くかについての確信である。枯野は、芽吹かなくてよい。旅人の夢が、その上を自在に駆けめぐるのを止めるものなど、何ひとつないのだから。思いの届く、自分の足で歩いてゆける、その極限まで――この自由こそが、私たちの自信の正体なのだと思う。
この世界はまだ、誤りもほころびもかかえた、ひとつの未完の現実にすぎない。だが、未完であるからこそ、私たちは少しずつ、それをよくしてゆける。だから今日も、私はこの枯野に立ち、世界への好奇心と希望とを胸に、ほんの一歩ずつ、前へ歩いてゆく。