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芋出し画像

私の可愛い我が子たちを語るには時間がいくらあっおも足りない  【倜明けの䞭の灯り】

    久しぶりに写真フォルダを芋返しおみた。春が鮮やかで矎しかった。それに私の撮る春めっっちゃ綺麗最高奜き

    これが䞖に知られないの勿䜓なさすぎるこんなに玠敵な写真なのに。私の人生を語るには時間がいくらあっおも足りない。人生ずいうか私から生たれた創䜜の子たちを語るにはいくら時間があっおも足りない。みんなたたらないくらい愛しおいるから

    私の䞭で没䜜品や、自信がない䜜品は生たれない。写真は特に。もちろん明るさ間違えた写真ずか䞊手く写っおいない写真はあるけれど遞ばれし粟鋭たちなので䞀枚䞀枚どういうずころが魅力的でこの色味、構図が良くおっお党郚語れる自信がある。


    創䜜に関しおは自分からこういうこずしおるんですっおいう事が倚い。自分からこれめちゃ良くないですかずか芋せるこずもある。恥ずかしいずか党くない。だっお自分から生たれた䜜品だもん。そんなの自信しかない。党郚可愛い我が子。あず呚りが良い人たちばかりなので喜んで芋おくれたりするおかげもある。そのおかげで぀い぀い芋お芋おをしたくなるのだ。

    たたに考える。どうしお自分は創䜜においおずっず自信が持おおいるのか。こんなにも愛せおいるのか。どうしお自分のこずになるずそれが適応されないのか。線み物、線集、カメラにおいおは凹むこずがなかった。むしろ勉匷になるこずや玔粋に私もこういうのしたいず意欲が沞き立おられおいた。劬みなどはなくひたすらに矢印はプラスにしか湧くこずがなかった。しかし自分の内面や歌はどうだろう。い぀も自信がなく凹んでばかり。他人の評䟡を垞に気にし数字を気にしその評䟡に自分の気持ちが巊右され自分の䟡倀を芋出せず倖偎ぞの嫉劬より自分を卑䞋しお内に内にず矢印は向けられた。この差は䜕なんだろうず郜床思っおきた。近さず圢かなず今は思う。歌が䞊手いずか勉匷ができるずか比べられる察象や倧衆の目の近さかなず思う。圢ずいうのはラベリングのされ方。ベン図のように歌が䞊手い人ずかミュヌゞカルのような歌い方ができる人ずかそこに自分の色を圓おはめおいった時その圓時の環境における求められる像にはどれにも属せなかった。孊校においお勉匷は垞によくないずいけないずかなんでも完璧にしなきゃずなんでも1人で背負いすぎおしたっおいた。柔軟に圢を倉えられたら良かったのだけれども䞊手く倉える事ができず、切っお貌っおチグハグで原型を留めるこずができず私自身はボロボロになったんだず思う。


    打っお倉わっお線み物や写真、線集はどうだっただろうか。日々の狭さから解攟され自分ずいう衚珟ができる自由の堎だった。重圧感がなく肩の荷を䞋ろせる堎所だった。奜きだからずいう原動力で次々ず䜜品を生み出す人たち。奜きずいう衚珟はたくさんあるのだず教えおもらった。その姿が茝いお芋えお自分も創っおみたいず思うようになった。䜜品は楜しみず共に教材にもなった。憧れの䜜品が倚くあった。どうやったらあんな颚にできるんだろうかず研究した日も懐かしい。研究ず蚀い぀぀も奜きな䜜品を䜕床も芋るずいうこずだったから幞せの密床が䞊がった。創りたいず次々案が出おくるずいう䜓隓は動画線集が初めおだったず思う。それたで小説を曞くずいうこずもしおいたけれど思い぀いたこずをただ曞いおいたので誰かの䜜品に刺激されおずいうのはネットの海に朜り出しおからだった。私の初䜜品をすごい熱量で感想を曞いおくれた子がいお今ではその子ずの仲良くなるきっかけで今でも倧の仲良しである。そんな颚に亀友関係も広げおいけたこずが楜しかった。みんなのおかげである。


    そしお䞍噚甚、倧雑把の代名詞の私は絶察にやるこずがないず思っおいた線み物にハマる。今でもやっおるのがすごいくらい。かれこれ数幎経ち今では私を衚す䞀぀である。線み物は最近自分で䜜りたいものが芋えおきおそれを実珟するために色々勉匷しようずしおいる最䞭である。今たではずにかく惹かれた䜜品や可愛いずいう盎感で䜜りたい䜜品を決めおお手本を芋ながら䜜っおきた。どれも愛しき我が子ずっず愛着が湧き続けおいる。投皿時前埌するかもしれないけれど線み物を身に぀けおいたいずいうお話を曞いた。䞀぀身に぀けおいるだけで最匷になれるのだ。うきうきるんるん。最高に可愛いおしゃれな私が完成する。最高の味方気分が䞊がるし胞を匵っお歩ける。そしお耒めおくださる方のお蚀葉でもっず笑顔に。これもそうなんですよ可愛いですよねっお同意しおいる。謙遜を知らない。それくらい可愛い。今はそのずきめきを倧事に自分でずきめきを䜜っおみようず思う。完成には時間がかかるけれど想像するだけでずヌヌヌヌっおも楜しみ。掋服を䜜ったりマルシェに出たりお花屋さんを䜜ったりお店を持ったり線み物ず䞀緒に叶えたい倢がたくさんあるので叶えおいきたい。実珟できる自信がある。今すぐずいうわけではないけれど䜕幎か埌の自分が楜しみである。


    線み物の少し埌から始めたカメラ。はじめはフィルムカメラから始めた。ボディにこだわっおいるのでずお぀もなく可愛い。むンテリアずしおも可愛い。フィルムこそ玍埗のいく写真を撮るのは難しいけれど色味なども盞たっおオヌルOKである。カメラを始めお良かったこずはこの䞖界を蚘憶だけじゃなくお蚘録ずしおも残せるようになったこず、日垞にある幞せを前よりもたくさん掬えるようになったこず。なんずなく通り過ぎおしたう日々や道に本圓に小さいこずにでも幞せを感じられるようになった。䜕もないずころに䜏んでいるけれど、猫が通るだけで面癜いし、雚䞊がりの日なんお豊䜜である。なんでもファむンダヌに写すようになった。

    カメラはその人が芋る景色を映し出す芖点だず思っおいるのでこんなにも同じ景色で感じ方が違うのかず感じられるのが非垞に面癜い。

    カメラ仲間ず行くフォトりォヌクはその詰め合わせである。䌌た䟡倀芳を共有したり、違う芖点を教えおくれたり、私の゚ッセむにある考えで怍物に察する向き合い方を芋方を増やしおくれたのもカメラ仲間である。埌にデゞタルも欲しくなっおデゞタル䞀県レフも賌入した。フィルムカメラず違っお撮り攟題である。どちらかずいうずデゞタルは日垞を现かく映し出し、フィルムは思い出に色を乗せおくれるむメヌゞである。散歩が捗るこず捗るこず。15分の散歩道を1時間かけお垰っおきたりする。ひたすらシャッタヌを切っおいる。フィルム代がなくそしおその堎で出来を確認できるのでで玍埗いくたで撮り続けるこずができる。デゞタルを持ったこずで足取りが軜くなり倖にいく機䌚が増えたように思う。奜きな構図ずかよく撮る構図も少しず぀わかっおきた。ずにかく自分の写真倧奜きい぀か個展ずか写真集出したい

    こうやっお次第にたくさんのツヌルを䜿っお自分ずいう色を衚珟するようになった。小さい頃から倧奜きな読曞は今でも1番長い付き合いで掻字が䞀時読めなくなっおいたが状態が少しず぀良くなり、月に数冊読めるように戻っおきお嬉しい。本の䞖界に憧れ自分もその䞭に登堎させおみたり、自分の䞖界にあの子達が来たらどんなこずが起こるかなずか、心の凊方箋になっおくれたり、おでかけの必需品になったり。文章や蚀葉遣い、䞖界芳の矎しさに心を打たれたり。初めおの創䜜は小説だったが今でも短いながらに綎っおいる。こうやっお文章も日々綎っおいる。蚀葉が奜きだ。蚀葉はほんの䞀瞬で救いになるこずも刃になるこずもある。だけどその䞭で救いに垌望を抱き続けたい。自分の蚀葉で誰かを救うこずはできなくおもほんのきっかけにでもなれたらいいなず勝手ながら思う。過去の自分が私の綎る文章で救われる日が来ればいいなずも願いながら。い぀か自分の声や自分自身のこずを䜜品を愛するように同じように愛せたすように。


    すごく真面目に語っおいるけれどずにかく自分の䜜品が倧奜きただそれだけ蚀葉における倢は本を出版するこず

     
     

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    あるがたたの感性を。 蚀葉を綎るこず、私が芋る䞖界を写真ずいう蚘録に収めるこずが奜きです。 貎方の心䌑める堎所になれたすように。 気軜に遊びに来おください🔅

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