
うちの猫がFIPになりました#創作大賞
私は猫が好き。
好きというより、身近にいるのが当たり前な感覚の方が近い。
小学校に入る前に初めて我が家に猫がやってきてから、
この年まで、なんだかんだ猫がいる生活を送っている。
朝。布団の中がなにやら濡れていて、恐る恐る手を突っ込んだら血だらけ。慌てて布団をめくったら、私の足の間で生まれたての子猫たちがミャーミャーしていたり、
交通事故や先天性の病気、ある日突然行方不明など、
悲しい別れも何度も経験した。
そんなわけで自分的には、かなりの猫マスターという自負があった。
さて、
今、同居している猫は14歳半のメスのアメリカンショートヘアー。
廃業寸前のペットショップの薄汚い店内ゲージの中にいた。
細くてネズミみたいだったが、初めて血統書付きの猫を迎え入れた。
これには後日談があって、
数年後動物病院で「あ、この子雑種ですね」とか言われるんだけども、
それはまた別の機会に。
まあ血統なんか全く関係なく、とにかくべっぴんでなにより元気に育ってくれた。
散歩に出かけると、リードもつけてないのに忠実に後を付いてくる可愛らしさを出したかと思えば、カメラを向けると不機嫌な顔をする。
なのに、道で他人に写真を撮られると必ずポージングする小悪魔的な魅力満載の猫。
その猫が、ある日突然病気になった。
最初は、なんとなく毛並みが悪くなり痩せ始めた。
しかし、お腹だけはどんどん膨れてくる。まるで臨月みたいに。
そのうち、なんだか元気もなくなってくる。
さすがに心配で動物病院に連れていくと、
おなかの膨れは大量の腹水だと言われる。
詳しいことは血液検査と腹水検査結果を待たないと確定は出来ないが、諸々の症状から言ってFIPでしょう、と言われた。
FIP(猫伝染性腹膜炎)
その時初めて聞いた言葉。
何十年も猫と暮らしてきたのに、そんな病気があることを全く知らなかった。
全く知らなかったので病気の怖さもわからなかった。
「FIPだった場合、治ることはないし、治療法もないので、長くて数カ月。
猫ちゃんの苦痛を考えると安楽死も視野に入れてください」
いやいや、ちょっと前まで走り回ってましたけど。
食欲モリモリでしたけど。
治らない?安楽死?
そこで初めて事の重大さに気づいた。
そして2月22日猫の日。
【FIP陽性】の診断結果が出た。
FIP 猫伝染性腹膜炎
致死率はほぼ100%であり、完治を望むことは難しく、予後は不良で、
1年後に生存している割合は5%未満。
ウェットタイプとドライタイプの2つに分けられ、どちらのタイプでも元気・食欲の低下、発熱、体重減少は見られる。
特にウェットタイプは進行が速く、診断後、数日〜数週間で亡くなってしまうことも少なくない。
2021年2月22日
うちの猫はFIPウエットタイプの診断を受けた。
致死率100%、治療法なし、数日~数週間で亡くなることもある。
調べれば調べるほど絶望的な言葉しか出てこない。
しかも、発症例のほとんどが1歳未満の猫。
14歳半でのFIP罹患はとても珍しいとのこと。
発症の原因のひとつに「ストレス」なんていう言葉を見ちゃった時には、
毎日うっとおしいくらいのスキンシップがダメだったのか、
可愛すぎる姿を撮りたくて頻繁にスマホを向けたのがダメだったのか、
とますます落ち込む。
もともと小柄なのに、体重が2キロちょっとに減り、
でも腹水はどんどん溜まり、
毛づくろいが出来ないので毛並みの艶もなくなっていき、
撫でると背骨がゴツゴツと手に当たる。
せめて腹水だけでも抜いて楽にしてもらえないかと病院に相談するも、
腹水には養分がたくさん含まれているので、今後胸水も溜まり始めて呼吸困難になってくるまでそのままの方がいい、と言われる。
要するに、苦しんで死んでいくのをただ見ているしか出来ないという訳だ。
そりゃ、「安楽死も視野に・・・」と先生が言うのもわかる。
ただ、私は、安楽死だけはどうしても選択したくなかった。
例えば、猫と喋れて、本人が「これはどうにもしんどい。もうどうせ長く生きられないなら、せめて苦しまないようにしてくれ」
と言ってくれたなら考えるけれども、本人の意思確認も取れないまま安楽死なんて考えられなかった。
第一、こんな重大疾患に罹っているのに、当の猫は、
姿勢をなんとか工夫してご飯を食べ、
腹水で届かない足を舐めようとし、
登れもしないのに、ジャンプを試みる姿勢を取る。
なにより、目に、力が宿っていた。
生きることを全然諦めていない。
動物の本能なのだと思うけれど、余計なことは考えず、
食べて、寝て、出す。
それだけ。
すごくシンプル。
こちらが勝手に悲しんでいる場合ではなかった。
猫が生きることを諦めてないのなら、なんとかして生きてもらう術を探す。飼い主である私が出来ることはそれしかなかった。
や、それがあった。
ただ見ているだけじゃない、モーレツに調べることが出来る。
こんな救いはない。
FIPの厄介なところとして、確定時には病気が進行していることが多く、時間があまりない。
迷っている暇はなかった。緩和ケアから180度方針転換。生きられる方法はないか。知り合いづてに獣医に相談したり、FBで情報提供を求めたり、ほぼ寝ずにPCにかじりついた。人生でこの時ほどSNSやネットの有難みを感じたことはないかもしれない。
そしてひとつの情報を見つけた。
中国で最近開発された国内未承認新薬があるらしい。
その名は
MUTIAN
中国でつい最近開発された薬
非常に高額
国内未承認
全国数か所の協力動物病院に処方してもらうか個人輸入
支援の為のクラウドファンディングが乱立している
この情報社会において、MUTIANを調べても、これぐらいのことしかわからなかった。
薬の成分や臨床データなど、核心的なものが出てこない。
もちろんあったところで専門的過ぎて理解不能だと思うけれど、
どういう仕組みでFIPの原因となっているウイルスを撃退するのか、その根拠が全くわからない。
そもそも、撃退はしないのか?ただ沈静化させるだけなのか?だとしたら投薬をやめたら再発するのか?
そういった不安が調べれば調べるほど膨らんでいく。
かかりつけの病院に相談してみた。
「そういう薬が出ていることは知っているが、効果が未知数なのでうちでは取り扱わない」
他の動物病院にも聞いてみた。
「学会でも話題になるが、現時点ではどの獣医も様子見状態」
まあ、そりゃそうだ。
臨床データもほぼない、論文もほぼない(ちなみに現時点で私が把握しているのは英語の論文1本)
海のものとも山のものともわからない高額な薬を取り扱うリスクを考えたら納得の答え。
とにかく情報の質、量、共に、疑心暗鬼になるには充分すぎる曖昧さ。
言葉は悪いが、薬に飛びつき結果騙されても、騙されるほうが悪い、とすら思ってしまう。
なので、
とにかく冷静になろうと決めた上で、薬の取り扱いをしている数少ない動物病院に電話をかけてみた。
「治ってる猫ちゃんもいますし、大丈夫ですよ。
今日、病院来れるようなら薬もすぐ出せます」
なんというか、拍子抜けするくらい、FIPにもMUTIANにも日常的に対応している雰囲気。
初めて聞いた具体的な薬代も、ギリギリ出せる数字。(実際はもっともっと高額になってしまうのだけれども)
一旦電話を切って考える。
年齢的にも14歳半の高齢。
治療したとしても残りどれくらい生きられるかわからない。
寿命だとしたら、未知の薬を飲ませるのは人間のエゴでしかないのでは。
重大な副作用があったら、逆に命を縮めてしまうことにはならないか。
そもそも、高額治療費問題どうする。
思考は堂々巡り。
正直今も、これが正解だったのかはわからない。
けれど、
どうせ後悔するのなら、なにもしないで後悔するより行動してから後悔しよう。
と、腹をくくった。
そして、その日の夜、2週間分のMUTIANをとりあえず手に入れた。
84日間、1日1回の投薬。
投薬量は体重、FIPの症状によって決められる。
うちの猫は治療開始時の体重が腹水込みで2.8キロ、
FIPウエットタイプ中期の為、300gの投与からスタートした。
投薬時のルールとして、
84日間毎日同じ時間であること。
投薬前2時間、投薬後30分以上の絶食時間を設けること。
投薬後30分以内に吐いた場合、再投与。
等々、細かく決められている。
投薬時間はとても重要で、飼い主の生活サイクルも考慮しないと後で大変なことになる。
絶食を見守るため、投薬前後3時間以上は猫の傍にいないといけないという仕組み。
しかし、そのあたりの計画を私はまるっとすっ飛ばした。
薬が手に入り家に帰ってきたのが19時、一刻も早く治療を始めたいばかりに早速薬を飲ませてしまった。
もともとせっかちである上に、極度のめんどくさがりで、何かをするときに説明書など読まずとりあえずやってみる、という性格が完全に災いした。
その為、うちの猫はそれ以降、
17時から絶食、
19時15分に投薬、
その後1時間の絶食
というルーティンで治療することになった。
さてこれが、すべてにおいて絶妙に残念な時間帯。
うちの猫の場合だが、17時前後は寝ていることが多く、起こしてご飯を食べさせても寝ぼけていてあまり食べない。
結果、午後食べた食事が最後になり、絶食時間が無駄に長くなる。
必然的に18時過ぎから、
ご飯をせがむ猫との攻防が毎晩繰り広げられることになる。
猫にしてみれば、急にご飯を貰えない理由も分からないので、とりあえずスリ寄って甘えてみたり、憂いた眼で見上げたり、ちょんちょん、と肉球でタッチしてくる。そうかと思えば、こちらの狸寝入を見透かすように、鼻先に爪を立てたり頭突きをしたり。
緩急織り交ぜた攻撃をこれでもかと仕掛けてくる。
こちらとしては、通常は、ねだられればなんでもしちゃうデレデレダメダメ飼い主。それを心を鬼にしてなだめすかしたり狸寝入りしたりするわけだから、投薬そのものよりこの時間の方が何倍も辛い。
さらに、猫が絶食中なのに人間側が食事をするのもなんだか気まずく、
結果こちらもその時間は絶食となる。
何かあったときに車を使えないと困るので、とりあえずビール、というわけにもいかない。
匂いにつられてしまうので料理の下準備をするわけにもいかない。
もう、筋トレするくらいしかない。
お陰でちょっといい身体になってきた。
まさに怪我の功名。
そんな苦行の時間を経ていよいよ投薬。
引っかかれてもいいように長袖の分厚い服を着こみ、
100gのカプセル3つ、水を入れた注射器、バスタオルを携えいざ出陣。
動かないように猫をバスタオルで包み手足を押さえる。
片手で顔を上から覆い、親指と人差し指を口の端に差し込む。
そのまま顔を少し上向きにして口を開けさせたら、反対の手で持っている薬を喉の奥に突っ込む。
すぐに口を閉じて喉の上下で飲み込んだのを確認したら、注射器で水を口に含ませる。
これを3回繰り返すわけだ。
治療当初は猫も腹水でパンパンだし、元気ないので割とすんなり飲んでくれるのだが、こちらも投薬なんぞはじめての経験で手先がおぼつかない。
しかも、手にしている薬は意識高い系女子ご愛用サプリも真っ青な、
一粒数千円の代物。
万が一失敗してダメにしてしまった場合、その金額がバブルのごとく弾けるわけで。
意識しないようにすればするほど妙な緊張感に震える。
投薬後は、猫の身体的負担の為にも、わたしの経済的負担の為にもどうか吐かないでおくれとひたすら祈る。
絶食時間終了の20時過ぎには空腹と筋トレの疲れも相まってぐったり。
これが約三カ月続くと思うと初日にして早くもくじけそうになる。
まさか次の日、とても驚かされることになるとはこの時はまだ予想だにしていなかった。
「MUTIANは今のところ、人間の精神安定剤としては抜群の効果を示している」
投与翌日の日記にこれ以上もこれ以下もない正直な気持ちを書いた。
余命宣告をされてから血眼になって治療法を探し、藁にも縋る思いでMUTIAN投与をした翌日、うちの猫はモリモリご飯を食べ、FIP発症以来ずっと丸まった姿勢でうずくまっていたのに、横向きに伸びた格好で寝ていた。
正直信じられない。
たった1回の投薬で劇的に症状が改善されるとは思っていない。
第一そんな劇薬だとしたらむしろ副作用が怖い。だからこの現象は人間側の勝手な解釈というか、単なる気休めだと自分に言い聞かせて書いた一文だ。
絶食時間管理の次に待ち受けていたのが、猫にきちんとカプセルを飲ませるという試練。
これが本当に大変。
私は常々、猫は人間の機微な心情をとてもよく察知していると考える。その証拠に、投薬予定時間前からなんとなくソワソワしだす人間の空気感を素早くキャッチして、身を隠す。
なんとか捕まえても、タコでしたっけ?骨ないんでしたっけ?と言いたくなるような身のこなしでスルスルと人間の拘束から逃げ出す。
しかもその際、しっかりと爪痕を残す。たとえ長袖長ズボンで重装備していたとしても、しっかりと残す。
傷だらけになりながらなんとか捕まえたとしても、今度は頑として口を開けない。
笑っちゃうくらい開けない。
猫は人間の言葉を理解していると思うのでこんこんと言い聞かせるのだが、
「FIPという難病に罹ったのでMUTIANを毎日3錠飲まないといけない」
という説明は少々難しいらしく、非協力的この上ない。
そんなこんなで投薬完了まで20分かかることもザラだった。
一度、あまりにこちらの手際が悪いので検診ついでに獣医さんに投薬を実演してもらうことにした。
いざ開始したら、何の抵抗も見せずおとなしく座り、おとなしく口を開け、ものの数十秒で完了してしまった。
「猫を被る」とはこのこと、参考にも何にもならない。
投薬時間が近づいているのに姿が見えないこともあった。
豪邸に住んでいるわけじゃあるまいし、猫一匹くらいすぐに見つかるだろうと高を括っていたが、どうにもこうにも見つからない。
まさか、家から脱走した?
玄関も窓も閉めているのでそんなハズはないのだが、これだけ家中探しても気配一つ感じられないとなると脱走も視野に入れるべきか。
「みりん~みりん~」と連呼しながら近所を自転車で走り回る。
なんとも間抜けな光景。
なんでミケとかタマとか、もっと猫っぽい名前を付けなかったのか。
調味料と同じ名前を付けた過去の己を恨めしく思いながら自転車を漕ぐ。
そのうち騒ぎを聞きつけたスーパー帰りの近所の人も自転車のカゴにネギとキャベツを入れたまま捜索に参加してくれた。
投薬時間厳守なので、万が一それまでに見つからないとすべてが水の泡となる。今までの莫大な費用もだし、なにより猫の命に関わる。
最悪の事態も想定しながら、ダメ元でもう一度家の中を捜すと
物置の奥の奥に押し込んでいた紙袋の中の洋服の隙間で爆睡していた。
今思い出しても冷や汗が出る。
そんな、毎日がお祭り騒ぎの中、薬を飲み始めて数週間後。
腹水が減ってきた。
自分で毛づくろいが出来るようになった。
段差を登れるようになった。
普段当たり前だと思っていたことにいちいち感動。
もちろんすべて劇的に改善されていくわけもなく、
目の炎症に始まり耳の炎症、くしゃみ鼻水鼻づまり、下痢嘔吐など、不調のオンパレードは続く。
それがFIP由来なのか薬の副作用なのか、
それとも全然関係ない新たな病気のか、症状が出るたびに不安が募る。
おまけに2週間後の検査で思うような改善が見られず投薬量は1.5倍の450mgに増量。
このあたりからもうなんだか金銭感覚もマヒしてきて、
毎回の支払数字を見てもさほど驚かなくなる。
それはそれでとても怖い。
それでも毎日投薬を続けること約1か月。
もう二度と見ることは出来ないと思っていた光景を見ることが出来た。
猫がおもちゃの紐にじゃれて飛びついたのだ。
季節が冬から初夏に変わる頃、
98日間に及ぶ投薬治療が終了。
肝臓の数値やA/G比は基準値に戻らなかったけれど、
総合的に判断して「投薬完了」の言葉を獣医からもらう。
ただ、FIPのやっかいなところは、「完治」ではない点。
あくまでもウイルスが暴走しない状態になったということ。
この状態が長く続けば「寛解」状態になる。
経過観察のための通院は必要だが、
毎日の投薬がなくなるだけでも、一区切り出来た感があった。
もう、前後1時間の絶食は必要ない。
吐き戻しにおびえながら投薬する必要もない。
数日間は安堵と開放感でいっぱいだったが、次第に別の不安が増してくる。
今までは、投薬という治療方法があったけれど、今後もし再発した場合、それはすなわち「死」に直結すると考えてしまう。
何も知らないということは時として、とても大胆な行動が出来る。
無知だからこそのパワー。
投薬の大変さや、恐ろしさ、なにより経済的負担について深く考える前に行動出来た。
ただ、もしこの先、FIPが再発した場合、私は果たして同じ選択が出来るだろうか。
まず、経済的負担がとても大きい。
今回は、結果的に新車1台を購入出来るくらいの費用がかかった。
体重3キロと小柄な猫でこの金額だ。
次に、私はMUTIAN協力病院がたまたま車で行けるくらいの距離にあったので薬を入手出来たが、
近くに病院がなかったり、輸入がストップして手に入らない場合もある。
毎日決められた時間に投薬する為、仕事をセーブする必要が出てくることもある。
そして。
これだけの労力と大金をはたいても助からないことが、もちろんある。
これらの知識と経験を持ってしまった今、先ほどの答えは限りなく「NO」に近い。
命の値段。
お金で命を買う。
そんなこともたくさん考えた。
猫に限らず、動物と一緒に暮らす、家族として迎えるということの責任の重さと覚悟を改めて思い知った。
もしこの先、MUITANの値段が下がって一匹でも多くの猫の命が助かったら、とも思うが、では、他の疾患は?他の動物は?植物は?そもそも地球上のすべての生態系をどう考える?
グルグルぐるぐる堂々巡りにしかならない。
ちっぽけな存在の私の力では、せいぜい半径1m圏内のことしか対応できない。それすら出来ないかもしれない。
誰かの参考になればいいと思ったエッセイも結局自分の為に書いている。誰かを助けようなどという思いがそもそもおこがましい、という結論にしかならない。
長々と書き連ねた駄文の最後がこんな形で情けない気もするが仕方ない。
だって駄文だしね、と最後の言い訳で締めようと思う。
「ねえ、みりん、あなた、本当に、高いのよ。高級なのよ。高級毛皮を纏ってるのよ」
と、いいながら猫を撫でるも、すぐ逃げられる。
わたしにとってみりんは高値、もとい、高嶺の花なんでしょうね、ずっと。
8月8日は世界猫の日らしい。
その日、
昼過ぎに雷とともにザっと雨が降った。
連日35度を余裕で超える猛暑日が続いていた東京も、
天然の打ち水効果で、雨上がりは少しだけ気温が落ち着いた。
外が大好きなみりん。
大病を克服後、元気に19歳を迎えるも少しだけ足が弱くなり、えっちらおっちら歩くことも増えたけれど、相変わらず外に出たがる。
その日も、雨上がりを待って外に出た。
いつもなら階段を降りた日陰で座って過ごすのに、
私の「お散歩行く?」に答えて、歩き始めた。
春先までは日課だった近所の散歩。
夏は暑いから、涼しくなったらまた行こうね、と思っていたが、
その日は、雨上がりのまだ濡れたアスファルトの上を、しっかりした足取りで歩く。
私は、みりんと2か月振りのお散歩が嬉しくて、
一緒に行けるところまで行こうと思ったけれど、
20mくらい歩いたところで、満足したのか座ってしまった。
そして、そのまま道路の真ん中でゴロンと寝っ転がるみりん。
完全に濡れたアスファルトと同化してしまったので、抱きかかえて家に戻る。
そのあともしばらく定位置で風に当たって、
気持ちよさそうにしてたみりんは、
その夜、静かに亡くなった。
本当に寝てるみたいに穏やかな顔して亡くなった。
最期の最期まで、
ご飯を食べて、お水を飲んで、トイレも行って、お散歩して、近所のおじさんやお姉さんにご挨拶して。
19歳、完璧なピンピンコロリ。
こんな見事な死に方を私もしたい。
夏は、
外の室外機の下が定位置で、あまり家の中にいなかったみりん。
まだ実感がなくて、そろそろ夕飯だからみりんを呼びに行こう、
とか思ってしまう。
この先、季節が移ろいて、
冬が来たら、みりんがいない布団で実感がわいてくるんだろうか。
桜が咲いたら、みりんと散歩したことを思い出して寂しくなるんだろうか。
だとしたら、もうずっとこのまま、夏が続いてほしい気もするけれど、
みりんと過ごした19年を大切にして生きていこうと思う。
そう思って見上げた夜空にはまるで猫の目みたいな立派な満月。
ねぇ、
出来すぎでしょ、みりんちゃん。
