
『絵の教室』
本を読んでて、たまに、「この人は私だ」って思うときがある。掘り下げていけばその中身は、巨人が示している方向に共感し、支持しているだけなのだけど。
安野光雅著『絵の教室』を読んだ。
小さい頃は、彼の『あいうえおの本』でひらがなと出会った。
青春時代にちょっと背伸びして買った『ハムレット』の本も、彼の絵が表紙だった。
少し読んで、素敵な絵を描く人が心から絵が好きなんだとわかったので、それだけでも満足だった。
はじめに のクレヨンを夢中で塗ったときの思い出の話があんまりにも眩しくて、本編がはじまってもいないのにちょっと泣きそうだった。
本編は、絵の一つの終着点にも思える写実的・客観的な表現技術と、一人ひとりの個性が表れる見方や考え方・イマジネーションの話を織り交ぜながら、絵を描くことについて深めていく内容。
技術があれば見たものを上手に描けるけど、それだけだと物語の情景とか、見たことが無いものを描くことができない。目に見えないものを描くのにイマジネーションを使ってる。
個人的には、少し広げて、どれだけすてきな光景を見たのかという印象とかもここに入れていいんじゃないかと思う。
技術についてはある程度ノウハウがあるけど、イマジネーションの方はそうでもない。語るにもむずかしい。でも大事だから、イマジネーションを育む話をしようっていう感じの本。
イマジネーションの話をしようっていうのに、それでも技術の話と織り交ぜながら、なんなら技術の話の方が多いくらいに話が進んでいく。
それを象徴する感じの文章があった。
わたしたちは、ものごとを、写真のように見ているのではなく、絵のように(主観的に、かなり自分の都合のいいように)見ているのだった。そして絵はそれでもよかった。むしろ、そのほうがよかった。
ということになりますが、いかにも悟ったようなこの考えかたは、実は写真がわたしたちに教えてくれた、あるいは、気づかせてくれた考えかただったのです。
だから写真技術の話もするし、美術史の話も出てくる。昔の技術を真似した実験だってするし、改めて見て描くことをしたりもする。
りんごの輪郭を描くために、背景の影を丁寧に描いたりして、外側から輪郭を明らかにすることがある。それみたい。
最後にちゃんとイマジネーションを育むには? っていうことも触れていた。
野暮なことを言えば、結局直接のノウハウではなかったけど、次へつなげることはできるって、そう思えるしめくくりだった。