
“合う先生”と“合わない先生”
こんにちは。
適応障害で休職していた、えいです。
休職し始めた頃、やっとの思いで初診予約にこぎつけた心療内科。
ここで私は初めて、
自分にとって“合う先生”と“合わない先生”がいてもいいということを知りました。
それは初診から3ヶ月経った頃。
当時の私は唐突に身体が緊張するなど、それまで無かった新たな症状がぽつぽつと出だした時期でした。
産業医はそんな私にたわいもない雑談をして、時々問いを投げかけてくれて。
毎月行われる面談は、いつも小さな気づきがあって前向きになる、なんだか楽しい時間でした。
一方、1~2ヶ月おきに通っていた心療内科の診察では、「適応障害は環境を変えれば治る。だから休んでも意味ないよ」と毎回一貫した言葉をもらっていました。
その言葉を耳にするたび、
休んでも意味ないのに休んでいる自分
しかも元気にならない自分
ああ、もう情けないし不甲斐ない…
と心はボロボロで、涙が止まらなくなるの繰り返し。
ある時、友人に軽い気持ちでこの状況を話しました。
すると私が想像していたよりもいくらか真面目なトーンで「一度、ほかの病院に行ってみてもいいかもよ」と。
ハッとするのと同時に、先生の言葉全てを真に受けすぎなくてもいいのかもしれない、と冷静な感覚が戻ってきたのを覚えています。
そして次の通院日。
心療内科医と会話を交わしていると
「今ひとり暮らしでしょ?独身でしょ?こんなに長く休んで一人でどうやって過ごしてるの」
「どこの産業医か知りませんが…」
「それで?今日は会社から診断書もらってきなさいって言われたんですか?」
…おや?
これはちょっと何かが違うかも、と、さりげない言葉選びや視点に小さな違和感が募る。
たしかに心療内科医の診断自体は正しいのかもしれない。
でも試しにセカンドオピニオンを受けてみよう、私はその場で静かに決意したのでした。
再び予約お断りループに苦戦しながらも、1ヶ月半粘ってやっと次の心療内科にたどり着きます。
状況を聞くや否や、
「相性だからね、合わないと思ったら全然変えたらいいよ。よくあることだよ〜」と微笑むnew先生。
なんだ、そうなのか!
何も告げず転院した事実に、どこか後ろめたさを感じていた私。
そんなモヤモヤが一気に吹っ飛び、
先生が合わないと思うことは悪くないし、むしろあるあるなんだと、初めて学んだ瞬間でした。
(その後new先生が前の病院に連絡してくれました。ありがたや)
自分には、“合う先生”と“合わない先生”がいていい。
そう思うだけで、なんだか少しホッとするのです。
⋱ ゆる電話相談、はじめました ⋰
モヤモヤを話して、
日常からちょいと “ お暇 ” する時間です。