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創作短編 | 「真珠」

     兄が死んだ。

     告別式を終え、冷房の効いた待合室で彼のからだが荼毘に付されるのを何をするでもなく待っていた。手持ち無沙汰でつまんでみた煎餅は碌に味がせず、舌の上で唾液と混じり食感もくそも無くなった何かを無理やり飲み込まなければならなかった。
     天井から聞こえる終了のアナウンスに導かれ、彼のからだを見送った部屋の裏側へと進む。七月の外の暑さとはまた違う、熱の篭った密室に独特の匂いが充満する。どこに触れても火傷しそうな黒い大理石の壁に見守られて、漂白された流木のような骨と向き合う。この部屋でそれだけが浮きでている。手から滑り落ちそうに長い木製の箸で遺骨を集めながら、端の方で、黒ずんだ骨とホッチキスのような針の塊に埋もれた何かが煌めいたことに気づく。
     骨を拾うふりをして、こそこそと箸の先で頭蓋のあたりをまさぐると、ビー玉のような小さな球体があった。粛々と細やかに箸を動かす家族の目を盗み、さっとポケットに球体を突っ込んだ。布越しに腿のあたりで焼けるような熱さが弾ける。なんだかもうこの空間での任務は終わったような気がした。

     家に帰ってから、くすねたメガネ拭きで煤けた部分を丁寧に磨いた。碧や翠といった漢字が似合う、生前の兄とは似ても似つかない爽やかな色だった。裏から絹のように柔らかい乳白色が潜り込み、マーブル状に混ざりあっていた。彼は、からだの中にこんなものを隠し持っていたのか。球体は、故人の遺した宝石のようでもあり、肉体という迷路に迷い込んだ幼子のようでもあり、ともすると偶然体内で生成された腫瘍のようでもあった。不意に、貝が体内で真珠を育てる様子がよぎった。
     養殖貝は呼吸のため開いた口を更にこじ開けられた上に核を埋め込まれ、自覚もないままに、それを育て続けて一生を終える。与えられる養分も、手入れも、全ては中の真珠のため。兄とアコヤ貝が重なる。中にある核が価値のある物へ変化するようにと、期待という名の養分を注がれる。上手く発芽しない才能に養分は行き場を失い、あんな球体を作り出したのかもしれない。切りつけられた不憫な貝の肉は、呆気なく、燃えて尽きた。指でつまんだ球体を天井のライトに向けて覗くと、瑞々しい色達が、水底から見上げた水面のように揺らめいていた。

     シャワーを浴びながら、太腿の当たりに鋭い痛みを感じ、目をやるとまるい火傷をみつける。火葬を終えたばかりの棺から取りだしたものを乱暴にポッケに突っ込んだまま一日過ごしたんだから、まあ当たり前だろう。段々と鈍い痛みに変化してきた太腿を気休め程度に冷やしながらベッドに潜る。暫くして何粒か涙が出てきた。やけどが痛い。視界の端に映る机上の真珠が、憎い。肉体もろとも守ろうとする貝殻のように、頭蓋骨がやけに綺麗な形を保っていたのを思い出していた。

     ***

     火傷が痕になり、何ヶ月か経ったある日、頭蓋骨のなかで眠る兄の夢を見た。安らかな寝息がきこえた。

    おわり

     
     
    「忙しくてもズボラでも、《ものづくり》がしたい!!!悔し涙)」 ぺーぺー社会人が 趣味の時間を取り戻しすこやかになるための奮闘記。 自分の時間をなかなか確保できない人、 自分を大事にするのが苦手な人(苦手になってしまった人)への 小さなエールになればいいなと思って綴ります。

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