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枠に心得




    三面包囲。

    追い詰められた敵にあえて退路を与える生存戦略。    

    2000年以上前に孫子が唱えたそうだ。

    窮鼠猫を噛む。そう言い換えても分かりやすい。

    兵法は歴史の大河に乗り現代に行き着いた。

    彼のいかだは丈夫だった。



    いま目の前に枠があるとする。

    真四角の枠。完全な閉鎖空間。

    大書の格言と真反対の論理。

    鼠が猫に噛みつく正にその環境。

    私はその場所に自然と身を置かれた。

    見上げた空は陰っていた。



    私は皮膚病を患っていた。

    生まれながらにして。

    母から遺伝した体質だ。
                     
    兄達はそうではなかった。

    私だけに受け継がれた。

    痒み。湿疹。

    もろい防御壁が全身をくるんでいる。

     
    それでも幼い時分には別段支障はなかった。

    治療が効いていた事。 

    何よりも衆目を気にしなかった事。

    明朗快活だった。


        

    だが経過が残酷を生み出した。

    成長につれ宿命が露わになった。  

    異常乾燥。火照り。湿潤。血。

    正常性を失った組織。体に虫が這う感覚。

    腫れる目元。荒立つ肌質。襲いくる寒気。
     
    患部を覆い隠す髪と衣服。

    いつしか人の目をみられなくなった。

    うなだれる首。抑え切れない暗鬱。

    青春の若葉は艱難を迎えていた。 


     

    一進一退はその後も続いた。
     
    息を潜める瞬間と激症する瞬間。

    絶え間なく変化する渦が私を巻き込んだ。

    社会に出た後もなお斜陽は続いた。

    逃げ道を探していた。

    常に。いつでも。

    けれども糸口さえ見つからない。

    私は追い詰められた。

    枯れ落ちるその寸前まで。



    転機は唐突に訪れた。

    理解者との出会い。

    私を受け入れてくれた。

    暖かさに優しく包み込まれた。 

    穏やかな感情。

    育まれる慈愛。

    通じ合うもの。 

    私は許されたように感じた。 



    やがて生まれた我が子。

    芽生えたその命。

    かけがえのない存在。

    満たされゆく心。

    枯れ葉は潤いを取り戻した。

    再び甦ることができた。 

    大切な家族を得て。


     

    目の前に枠があるとする。

    真四角の枠。完全な閉鎖空間。

    私は鼠だった。

    箱庭を駆け回る鼠。

    見上げた空は青く澄んでいた。


     

    今なお残る傷口。

    時に行く手を阻む激流。

    私のいかだは不丈夫かもしれない。

    それでもいい。



    「枠の中で私は生きる」

    そう導かれた。

    そして。

    「枠の中でこそ私は生きる」

    そう決めた。





    ※
    小説「黄金の傘」を自作しました。

    商人と武士が世界の秘密を巡ります。

    ご興味のある方は以下記事をご覧ください。

    https://note.com/yama2s/n/nf9933ad7386c





    以上です。

    お読み下さり有難うございました。


     
     
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