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Photo bynemuineko_note

宇多田ヒカルとわたし

    先日、わたしが毎週観ているAbemamixというDJライブ配信の番組で、高校生の頃に流行っていた宇多田ヒカルさんのAutomaticが流れていました。

    この曲を知っている人は多くいると思います。改めて聴いたときに懐かしいなあと思いながらも、わたし、ヒットした当時はこの曲苦手でした。

    わたしが高校生だった当時も、Automaticはいろんなお店で流れていて、聴こうと思わなくても勝手に耳に流れてくるくらいでした。

    それと同時に、宇多田ヒカルさんの学業での成績の良さや、大ヒットしたこの曲もわたしと同じ高校生の時に書かれたことや、母親の藤圭子さんのことなど、テレビや学校でものすごい人なんだと話題になっていましたね。

    わたしは同世代だし、普段からメジャーで大人気なものが嫌いだったりするひねくれ性格なので、それもあってか素直に好きになれなかったんです。

    (なんだなんだチヤホヤされちゃって!育ってきた環境が全然違うからうまくいくんじゃん!)という気持ち。なんていうか今の言葉でいうと、親ガチャ大当たりだったくせに!という感じ。

    曲やアニメやドラマ、メジャーな物や大人気なものが嫌いって人は少数派だけどいます。自分の周りに見つからないだけで。

    そういった人がSNSやらネットに書き込んで、知らない誰かから共感してもらうこともありますよね。

    わたしの考えとしてはそんな嫌悪感を覚える自分を肯定しているのなら、別にマイノリティーだからって他人が攻撃することでもないと思うのです。

    メジャーな物が嫌いという人に対して、「我がままだ」とか、「人生の半分損してる」とか、余計なお世話です。

    話がずれてしまいましたが、高校生のあの頃から時が過ぎ、大人になりあの頃よりもたくさんの曲に出会い、知識も経験も増えていく中で、ある時わたしは宇多田ヒカルさんのニュースを聞いて、あの時妬んでいた感情はすっかりなくなって見る目が変わったのです。

    それは、母親の藤圭子さんが亡くなられたときでした。

    親が無くなるということ、わたしにとっては想像もつかない事だし、幸いわたしの周りの近い存在の人達は多少病気があっても元気です。

    なんだか、親ガチャってその時の感情でしかなかったんだ。長い目で見ると幸せになる確率にそんな差なんてない。ということを気づかされました。

    運命を他人のせいにしても仕方のないことです。

    今思えば、高校生のあの頃は電車と自転車を乗り継いだなが~い通学時間の中で、それでも帰りはお店に立ち寄ることが楽しみで、その時にあのAutomaticが流れていたから、上記の画像のような夕焼けが思い起こされ、いい思い出となっているのです。

    さて、宇多田ヒカルさんをすっかり心の中で許したわたしは、最近ではこの曲を好んで聴いています。

    疾走感のあるこの曲、彼女の歌声がとても気持ちよく、また懐かしく、今好きな曲です。




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    18歳から何かしらホームページやらブログやら他人のWebライティングやら書いてきました。ただ人生のステージが変わる度にその都度閉鎖してきましたが… 時代やプラットフォームが変わってもぼちぼち書いていきたい。今は小説に挑戦中です。

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