メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bykiyo46an

なりたかった職業

    前回、日記について「今年こそ書けるかどうか心配だ」と思っていることを書いた。その後、日記帳を買って書き始めた。あまり長く書こうというのではなく、その日何をしたか、何を買ったか、どこに行ったかなどを手短に書く作戦にした。一年間くらいは続けられるようにしたい。

    では、本編。私は今までに「なりたかった職業」についていくつか考え、節目節目に変えてきた。その変遷について書こうと思う。

    中学までは、看護婦、ナースになりたいと本気で考えていた。小さい頃にナイチンゲールの伝記を読んで、クリミア戦争下、敵味方問わず真摯に兵士たちを看護したというエピソードに感動し、「私もそんなナースになりたい」と思うように。しかし、中学の時理科と数学の成績が壊滅的にダメだったこともあり、あえなく挫折。

    高校の時からは得意の文系のスキルを活かそうと思い、教師になろうと考えた。大学では、教育実習を受け、中学社会と高校地歴の教員資格を取り、司書教諭の資格も取った。働きながら教師を目指したのだが、試験の壁が厚く、てんでダメ。働いている間にうつ病を発症し、発達障害が判明。教師を目指すことは諦めた。しかし、学習教室の採点係の仕事をやってた時期があったんだけど、教えることもできたから、その時は結構楽しかったな。

    他にも、学習教室の先生とかライターの仕事とか考えていたことがあったんだけど、自分の心身のことを考えてしまうと自信を無くして諦めてしまう。思えば、発達障害であることが分かったというのが最大のターニングポイントだったな。これで、「自分の限界」がわかったんだよな。

    今のところは、A型事業所で働けるように心身を整えている。できれば、得意のスキルや好きなことを活かせるところがいい。ビーズでアクセサリーを作るのが好きなので、ハンドメイド関連の仕事がしたいなと思っている。ゆくゆくは、ハンドメイド作家になるというのも悪くない。そのためには、センスとオリジナリティを磨かないといけない。

    そろそろ仕事がやりたいと思うようになってきた。しかし、いろいろ将来のことを思いめぐらせてはいるものの、なかなかこれだという答えにたどり着かない。私はこれから何がしたいんだろう。そして、今の心と体でできるのかと聞かれたら、絶対に「自信がない」と答えるだろう。確実に「働ける」という自信がつくまで、今は焦らないで睡眠と精神をうまくコントロールできる訓練をして、日中働けるような心と体にしていこう。


     
     
     
    障害者手帳2級。大人になってから、自閉スペクトラム症(ASD)と注意欠如・多動症(ADHD)のダブルだとわかる。発達障害の生きづらさと格闘しながら毎日を謳歌してます。司書資格取得。Bluesky、Instagram、Threads、mixi2もやってます。短歌もたまに作ってるよ。

    あなたへのおすすめ