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『サイダネ』第10話|サイダネ

    朝日が、丘の上をやさしく照らしていた。

    昨日までの光を受け継ぐように、
    新しい朝が静かに始まっている。

    ソルは、その光の中に立っていた。

    草の先には小さな朝露が光り、風が吹くたびにきらりと揺れる。

    ソルは胸の奥へ、そっと手を当てた。

    そこには今日も、静かな光があった。

    サイダネ。

    最初は何も感じなかった。

    悲しかった日。

    怒った日。

    誰かと比べてしまった夜。

    何もできず、布団から出られなかった朝。

    言えなかった「ごめん」が胸に残った日。

    花を見つけて、静かなうれしさを知った日。

    あこがれが、未来を照らした日。

    そして、自分をゆるせた夕暮れ。

    全部。

    全部、この小さな光が知っている。

    ソルは目を閉じた。

    胸の奥の光は、まだ小さい。

    でも、その小ささを怖いとは思わなくなっていた。

    もちろん、不安がなくなったわけじゃない。

    また悲しくなる日もあるだろう。

    光が見えなくなる朝もあるかもしれない。

    それでも。

    そのたびにサイダネまで消えてしまうわけじゃない。

    それだけは、もう知っていた。

    「リノ」

    静かに呼ぶ。

    「なに?」

    返事は、すぐ近くから聞こえた。

    リノは少し離れた木の根元に腰掛けている。

    今日は隣ではなく、少しだけ距離があった。

    「今日は近くに来ないんだね」

    「必要そうなら行くよ」

    リノは肩をすくめる。

    「でも、今日はそこまでじゃなさそう」

    ソルは少し笑った。

    前なら、その言葉を聞くだけで不安になっていた。

    置いていかれるような気がして。

    でも今は違う。

    少し寂しい。

    でも、その寂しさまで含めて、受け止められる気がした。

    「ぼくね」

    ソルは空を見上げる。

    雲がゆっくり流れていく。

    「まだ、すごく強くなったわけじゃない」

    「うん」

    「また悲しくなるかもしれない」

    リノは静かにうなずく。

    「怒る日も、迷う日もあると思う」

    「うん」

    「でも、それでいい」

    ソルは思わず笑った。

    「少しくらい励ましてくれてもいいじゃん」

    「励ましてるよ

     迷っても歩けるって知ってるから」

    その一言が、胸の奥へ静かに落ちた。

    ソルはもう一度、胸へ手を当てる。

    「あのね」

    「うん?」

    「もう、『ぼくには何もない』とは思わない」

    その言葉を口にした瞬間。

    サイダネが、ふわりと光を揺らした。

    初めてリノと会った日のことを思い出す。

    「何もない」と言っていた自分。

    胸を何度も押さえて、何も感じられなかった自分。

    あの日から、少しずつ歩いてきた。

    ゆっくり。

    本当にゆっくり。

    でも、ちゃんとここまで来た。

    リノは何も言わない。

    ただ、うれしそうに笑っていた。

    「あるって分かったなら」

    リノが静かに口を開く。

    「次は、その光を持って歩いてみな」

    「持って歩く?」

    「うん」

    リノは足元に落ちていた小枝を拾った。

    それを空へ向けて、くるりと回してみせる。

    「ランタンも、棚にしまったままじゃ明るくならない

     持って歩くから、足元を照らしてくれる」

    ソルはその言葉を繰り返す。

    「足元…」

    「未来全部を照らさなくていい」

    リノは笑う。

    「次の一歩が見えれば、それで十分」

    ソルは自分の足元を見る。

    朝露に濡れた草。

    土の匂い。

    小さな石。

    見慣れた坂道。

    その景色が、今日は少しだけ近く感じた。

    ソルはゆっくり歩き出す。

    一歩。

    土を踏む感触が、足の裏から伝わる。

    もう一歩。

    草が揺れ、風が頬を通り過ぎた。

    昨日と同じ道。

    昨日と同じ朝。

    それでも、自分の歩き方だけが少し違っていた。

    前だけを向けない日があってもいい。

    立ち止まる日があってもいい。

    迷う日だって、きっとまた来る。

    それでも。

    また歩き出せる。

    そのことを、今の自分は知っている。

    坂道の途中で、ソルは振り返った。

    リノは丘の上に立っていた。

    手を振るでもなく、呼び止めるでもなく。

    ただ静かに見守っている。

    ソルは小さくうなずいた。

    リノも、ほんの少しだけうなずく。

    それだけで十分だった。

    ソルは前を向く。

    丘の下には、まだ知らない景色が広がっている。

    少し怖い。

    でも、その怖さも連れて歩いていけばいい。

    「ぼくは」

    小さくつぶやく。

    「ぼくの光を、持って歩く」

    その言葉に応えるように、胸の奥のサイダネが、やさしく揺れた。

    朝日は変わらず、世界を照らしている。

    その光の中を、
    ソルは自分の足で、
    一歩ずつ歩き始めた。


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    和穂

     
     
    見えないものを描くアート作家|感情と光の物語を届けています 二度のがん経験から「見えない強さ」と向き合い、アートと言葉で表現。 現在は、魂の成長を描くファンタジー作品『サイダネ』を連載中。 あなたの中の光に、そっと気づける場所をつくっています。

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