『22時17分、既読がつかない』
『22時17分、既読がつかない』
22時17分、
LINEの画面を一度閉じて、また開く
最後に送ったのは
「今日お疲れ、ちゃんと帰れた?」
それだけの、体温のない一文
さっきまで一緒にいたのに
大学の図書館、3階の一番奥
コンセントが使える席を二人で分け合って
君はMacでレポートを書いていて
俺は何も進まないWordを開いていた
君は途中で一回、イヤホンを外して
「この言い方、変じゃない?」って
画面をこっちに向けてきた
正直、どこも変じゃなかったけど
「ちょっと硬いかも」って言ったら
「あ、やっぱそうだよね」って
すぐに書き直し始めた
その“すぐ”が、少し寂しかった
18時過ぎ、閉館のアナウンスが流れて
外に出たら、風が少し冷たくなっていた
君はトートバッグの中を探りながら
「やば、リップどこいった」って言って
結局見つからないまま、歩き出した
駅までの道、信号は三つ
一つ目は間に合って、二つ目は待って
三つ目は無理して渡った
その間、俺たちは
今日の授業の話と、バイトの愚痴と、
あと、どうでもいいYouTubeの話をした
一度も、触れなかった
改札の前で
「じゃあね」って言うタイミングが
少しずつズレていく
君がICカードを先にタッチして
一歩入ってから振り返る
その癖を、俺は知ってる
今日も同じだった
でも、今日は
そのあと、何も足されなかった
前は必ず
「またね」とか「気をつけてね」とか
何か一言、余分があったのに
今日は「じゃあね」だけで終わった
電車に乗ってから
さっきの「じゃあね」を何回も再生する
イントネーションも、間も、
全部、いつもと同じなのに
どこかだけ、明確に違っている
家に帰って
とりあえずシャワーを浴びて
髪を乾かしながら
スマホの通知を何度も確認する
何も来てない
送ろうか迷って
「今日楽しかった」って打って
消して
「寒くなってきたね」って打って
それも消して
結局
「今日お疲れ、ちゃんと帰れた?」
に落ち着いた
送信ボタンを押してから
既読がつくまでの時間を
無駄に計り始める
いつもは
だいたい3分以内
今日は、もう15分経ってる
ベッドに座って
さっきまで君が使ってた
図書館の席を思い出す
コードが絡まって
少しだけイライラしてた指先とか
タイピングの音のリズムとか
「ちょっと休憩」って言って
水を一口だけ飲む仕草とか
全部、普通で
全部、好きだった
でも、その“好き”を
今日、一度も口にしていない
たぶん君も
既読がつかないまま
22時が23時に近づいていく
ふと、
今日の帰り道で君が言った
「最近さ、なんかずっと疲れてるんだよね」
って言葉を思い出す
その時、俺は
「わかる、俺も」って返した
本当は
「何があったの」って聞くべきだったのに
画面の中の
「既読 0」のままの吹き出しが
少しずつ冷えていく
エアコンの音だけがやけに大きい
23時02分
やっと既読がつく
でも、返信は来ない
「読んだ」って事実だけが
残される
それが一番、きつい
スマホを伏せて
部屋の天井を見る
明日もたぶん
同じ時間に図書館に行って
同じ席に座る
君も来ると思う
来てほしいと思う
でももし来ても
今日と同じ距離で
同じ会話をして
同じ「じゃあね」で終わる気がする
その未来だけが
やけに具体的に想像できる
23時19分
やっと返信が来る
「うん、帰れたよ。ありがとう」
句点がついてる
それだけで
もう十分だったはずなのに
俺はそのあとに
何も返せなくなる
入力欄に
「よかった」って打って
消して
画面を閉じる
このまま何も送らなければ
明日も“普通”が続く
でも、
何かを送ってしまったら
この“普通”が壊れる気がする
そのどっちも怖くて
俺はただ
スマホを持ったまま
眠れない夜を選ぶ