
埋蔵された心を発掘する方法〜心にカエルを、誕生日にハニワを〜
その日の夜はなかなか眠れなかった。
50代女性。更年期、だからではない。
東京・お台場に、いちご形の展示施設「いちごのお家」が期間限定オープン。2011年まであった店舗をオマージュ。
そんな情報が突如スマホの画面に飛び込んできた。
「昔サンリオ好きだったな。いちごのお家憧れたよなあ。最後のチャンスかも」
もうひとりの声が聞こえる。
「でもいまさら? 行ってどうするの?」
迷った末に、私は晴れた初夏の日、ひとりでお台場へ向かった。
いちごの形をした外観を見て
「うーん。まあ、復元とは違うからなあ」
と複雑な気持ちになりながら、お家の中に入った。
当時の展示物を見ていると、懐かしい付録を発見した。
次第に、当時の気持ちがはっきりと蘇り、気づけば涙が溢れていた。
密かに大切にしていた、あの時間。
過去の想いは、時の流れの中で押しつぶされ、縮小していくのではない。
ただ地中の奥深くに、当時の形のまま埋まっているだけだ。
きらめきを失わずに。
「いつか」は、待っているだけでは叶わない。
自分から会いに行かなくては。
新橋駅乗り換えの際、抹茶スイーツでも食べようと、おーいお茶ミュージアム併設のカフェを目指した。
そこにあったのは、想像もしていなかったクラシックな西洋風の建物。
旧新橋停車場。日本で初めての鉄道の駅、新橋駅の跡地である。
恐る恐る中に入り、この建物の歴史を知って心が動いた。
震災で焼失し、完全に姿を消してしまった、駅舎。
その跡地から、当時の石積みが奇跡的に見つかり、わずかな資料を頼りに、忠実に「復元」されたのがこの建物だった。
地中に埋蔵されていた歴史が、時を超えて蘇る。
私の曾祖父たちはともに鉄道職員で、その縁で祖父母が結ばれたと聞いている。
この場所が、ご先祖様へと続く縁に繋がっていたなんて。
そうだ。ここからはじめよう。
日本の鉄道が始まったこの場所を、私の建物巡りの始発駅にしよう。
残りの人生で、どれだけの建物に出会えるだろうか。
惹かれる場所があるなら行ってみよう。
自分の「なんだろう」を追いかけてみよう。
まず訪れたのは、国際子ども図書館。
明治期に建てられたもので、外観は威厳があり、緊張感で足が止まった。
天井が高く、扉も柱も立派で、窓も大きい。
自分が小人になったような気分だった。
建物巡りとともに、国語の教科書で大好きだった「がまくんとかえるくん」の本を閲覧するのもここへ来た目的だった。
ユーモラスで生き生きした物語に癒された。
次は東京国立博物館本館を訪れた。
外壁は堂々とした西洋建築がパワー全開なのに、その上にどっしりした瓦屋根が「まあ落ち着けよ」と制しているように見える。
和洋折衷の建物とは聞いていたが、内部含めて見た印象は、折衷ではなく「和洋共存」だ。
勝手にそう呼びたくなった。
1足す1のまま。
強い物同士が存在感を放ち、共鳴し合っている空間。
そんな館内で私はスマホを握りしめ、上から横から斜めから、容赦なく撮影した。
「現場検証中の鑑識官か?」
と自分にツッコミ入れながら。
もしあなたが鑑識スタイルの撮影者に遭遇しても、見て見ぬふりをしてあげてくださいね。
ミッション遂行中なんです。多分。
博物館の展示室では、素朴で何か言いたげな「推し埴輪」を見つけてしまった。
国宝級の焼き物は無理だとしても、こっちの埴輪ならいけそうじゃない?私にも作れるかもしれない。
スマホで「埴輪作り体験教室」を検索した。
次の誕生日は埴輪作りに挑戦するつもりだ。
最後に敷地内の表慶館の外観を見た。
あまりにも豪華で、独特な異国の雰囲気が漂っていた。
「ココハ、ホントニ、ニホンデスカ」
脳内で思わずカタコトになった。
そんなエキゾチックなドーム型の屋根の両側に載っている、緑色の装飾が「がまくんとかえるくん」に見えた。
あの2体が正面を向き直立しているようだった。
「カエル疑惑画像」を持ち帰り、子どもたちに見せたが、二人とも
「え? どこが?全然見えないよ」
と言う。
「そうだよね。私の目がおかしいんだよね」
と思った途端にカエルは、すうーっと消えた。
でも、違う。私には見える。
そう強く思い直した瞬間、カエルはまた私の心の中にピョーンと飛び出してきた。
それでいいんだよ。
私は心にカエルを飼うことを決めた。
私だけの視点をもっと大切にしていく。
実は父も祖父も建築士。そして夫も。
そんな環境で半世紀生きてきて、知識ゼロのド素人が、今ごろ建築に夢中になっていることがなんとなく気恥ずかしい。
購入したレトロ建築の本に、すぐブックカバーをかけて隠しているほどだ。
スイーツ目当てで始まった建物巡りは、家族のルーツに繋がり、建物と会話する楽しさを教えてくれた。
心にカエルを飼う勇気をくれた。
そして「誕生日は薔薇より、埴輪を」なんて発想が生まれた。
私の人生という名のレールは、まっすぐではないかもしれない。
気になるものを見つけるたびに枝分かれし、そうかと思うと、思いがけず始点へ戻ってくる。それでも私は、ド素人ならではの視点と好奇心を乗せて、その寄り道ごと楽しみながら、今日も線路を少しずつ伸ばしていく。
それでいいじゃないの。
そうだ、カエル姿の埴輪なんてどうだろう。