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空きBOOK。The進捗が出せないときの仕組み|活きる空き書籍化への道⑰

    活きる空きの活動の中では、「空きBOOK」と呼んでいるものがある。

    最初は、無印良品で買った、何も入っていないリングファイルだった。
    そこに活きる空きに関連する情報をチームのみんなで集めて、1ページずつ綴じていく。最終的には一冊の本のようなものにしていこう、という取り組みをしたのだ。それが空きBOOK。

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    中身はさまざまで、参考になりそうな国内外の事例をQRコード付きで紹介したページもあれば、講演会やヒアリングで得た情報を文章にまとめたものもある。「こんな活きる空きができるんじゃないか」というアイデアの種を書き留めたページもあった。そしてメインは、自分たち自身が活きる空きをつくっていくプロセスの記録だ。

    本っぽくしたかったので、「はじめに」という文章を書いた。

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    2回目の定例ミーティングでのスライド

    なぜこれをやろうと思ったのか。それは、チームのモチベーションをどうつなぎとめるか、という切実な問題があったからだ。

    活きる空きのチームが本格的に動き出したのは5月頃だったが、キメラ函館での最初の事例が生まれるまでには、そこから2か月ほどの助走期間があった。その間、現地で何かを一緒につくるとか、具体的なアイデアを実際に形にすることを前提に考えるとか、そういう機会がなかなか持てなかった。

    私のプレゼンに共感して集まってくれたメンバーの多くは、「ものづくりがしたい」「地域の人と関わりたい」というところに惹かれて来てくれた人たちだ。手を動かす場がないまま時間が過ぎれば、モチベーションが続かなくなるだろうなというのは容易に想像できた。

    要は、最初は放っておくとつまらない活動になってしまうだろうな、と思ったのだ。

    どうしたらいいか考えて思いついたのが、目に見える形で共通の進捗がわかるものを仕掛けとしてつくることだった。まだ現場に出られなくても、協力者が見つかっていなくても、情報を集めることならできる。むしろそのインプットの量が、後々協力を得ていくうえでも、アイデアを考えていくうえでも、非常に重要な土台になるということはわかっていた。だったら、その「集める」という行為を、本というリアルに手で触れるものとして、ページが増えていく実感とともに共有できないか。


    週1回の定例ミーティングで、その週に増えたページ分を印刷してきて、みんなの前でリングファイルにカチッと綴じる。この時間を僕はすごく大事にしていた。メンバーは学校もバラバラだし、それぞれが参加している情報収集や講演会も違う。チームとして進んでいる感覚を持てる場が、普段はなかなかなかったのだ。だからこそ、カチッと綴じる音を全員で聞く、ファイルが厚くなっていくのを映像と音で共有する。この小さな儀式が、思った以上に大事な役割を果たしていたと思う。


    ページが増えるにつれて情報の内容が大きく区分されていったので、章立てをして扉ページもつくった。ちょっとずつ、ファイルが本に近づいていく感じがした。


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    一方で、難しさも実感した取り組みだった。情報を集めてきて、文章としてまとめて、活きる空きにとってどういう意味があるかという視点で整理できる人は、正直なところ限られていた。おそらく僕ひとりで100ページ分くらいは書いていると思う。5月や6月、空きBOOKを増やすことをひとつの進捗指標にしていた頃、「この日までにひとり5ページ分くらい集めてくれば十分だよね」と話していたのだけれど、最初から達成できたのは半分くらいのメンバーだった。

    文章に落とし込むとか、使えそうな情報を見つけてくるという行為は、それ自体が楽しいと思える人ばかりではない。現場でものをつくる面白さに比べれば、地味で乗り気になれないという気持ちは理解できる。

    それでもチームとしてのノルマを掲げてインプットを重ねた結果は、確実に今の自分たちの力になっている。そしてファイルという物理的にそこにあるものとしてまとまっていることの利点は、想像以上に大きかった。報告会の場でファイルを手渡して「こういうことをやっています」と説明したり、話し込んでいる横でファイルを手に取ってもらって、直接話さなくても活動の内容を知ってもらえたり。画面の中のデータではなく、手に取れる厚みがあるというだけで、伝わり方が変わる場面が何度もあった。

    最終的には、8か月で約200ページ。

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    買ったときは完全に空白だったファイルが、ギチギチに詰まった一冊になった。(ファイルの開閉が大変なぐらい詰まっていたので、それ以上は挿し込めなかった)


    1年の活動が終わるとき、最後に「おわりに」という文章をつけた。

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    空きBOOKは、活用されなければ「活きる空きBOOK[」にはなれない。そうしていくのは自分たち自身だよね、というメッセージを書いた。

    そして仕掛けとして、透明なページを1枚、表紙の上にかぶせた。「空きBOOK」を「活きる空きBOOK」にして終わる。空っぽから始まったファイルの最後に、空き(透き)を重ねて完成させるという、ちょっとした演出だ。

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    この取り組みは、2年目、3年目のメンバーにも引き継がれている。この取組みの意味とか面白味を感じてくれた後輩がいたということだ。

    ただ、今のところ情報はネット上にまとめているものの、リアルな形としてはまだ出てきていないようだ。活用の目的や見せ方をじっくり考えていくことは、これからの課題だと思う。活動を記録していくのは非常に大事なことだけれど、同時に非常に面倒くさいことでもある。それをいかに面白くするか、チームとしての進捗として楽しめるものにできるか。空きBOOKの本質はそれを何とかする仕組みの部分にあったので、同じ形式である必要はないとすら思っている。目的さえ果たせるなら、やり方は世代ごとに変わっていい。


    今までほとんど社会になかったことを、新しくチームを組んでやっていくとき、実はこういう「共通の目に見える進捗」というものを意図的につくることが、思いのほか大事になってくる。

    手を動かせない時期にも、ちゃんと前に進んでいる実感を持てるかどうか。空きBOOKは、その問いに対する私なりの答えだった。

     
     
    北海道函館市に7年住んで、学生を終えたあとも、もうすこし函館に残ろうと思った人です。北海道大学の水産科学研究院で博士研究員をしています。人が減っていく社会の中、住む人自身が「自分が関わった方が町が面白くなる、その方が自分も面白い」と思える社会にできたらステキだなと思っています。

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