厳しい言葉は、本当に人を強くするのだろうか
J2に上がってから、なかなか勝てない。
悔しい。
試合が終わるたびに、
「勝ちたかったな……」
と思う。
SNSを開けば、監督や選手、戦術への厳しい言葉が並んでいる。
私だって試合を見ながら、
「ぐぐぐ……」
となる。
そんな中、試合後の現地の様子を映した動画を見た。
そこにブーイングはなかった。
聞こえてきたのは、選手たちに向けたチャントだった。
負けた直後。
最後まで声を出し続けたサポーターも、きっと悔しかったはずだ。
それでも選手たちに送ったのは、罵声ではなくチャントだった。
私はその動画を見ながら、涙が出てきた。
闘い疲れた選手、スタッフの心に滲みたであろう素晴らしいチャントだったと思います!私まで涙が出てきました。現地サポさんを誇りに思います! https://t.co/gnK0p4wCWh
— がわち (@vividpdca) September 5, 2026
思わず、そんなコメントを返した。
一方、ネット上では厳しい言葉が飛び交っている。
その中で、ときどき目にする言葉がある。
「ブーイングも愛情だ」
私は、この言葉にずっと引っかかっている。
もちろん、好きだから腹が立つのは分かる。
期待しているから失望する。
どうでもいいチームなら、こんなに悔しくもならない。
私も同じだ。
でも、
愛情があることと、
その感情を何に変えて相手へ渡すかは、
別の話ではないだろうか。
少し気になって調べてみた。
すると、観客の存在がサッカーの試合に影響することについては、いくつもの研究があった。
コロナ禍の無観客試合を分析した研究では、観客がいなくなることでホームアドバンテージが小さくなったという報告もある。
つまり、
「サポーターの声なんて、試合には関係ない」
とは言い切れないらしい。
サポーターには、選手や試合に何らかの影響を与える力がある。
では、
味方へのブーイングは選手を強くするのだろうか。
「悔しさをぶつけることで選手が奮起する」
「厳しく言うことで次はもっと頑張る」
本当にそうなのだろうか。
調べてみたけれど、
「味方へのブーイングによって、その後のパフォーマンスが向上する」
という強い根拠を、私は見つけられなかった。
むしろ周辺の研究には、違う景色があった。
2万人以上を対象にしたフィードバック研究では、フィードバックは平均するとパフォーマンスを改善する一方、3分の1以上では逆にパフォーマンスが低下していたという。
何かを言えば、人は必ず良くなるわけではない。
さらにスポーツ心理学では、プレッシャーによって本来の能力を発揮できなくなる「Choking under Pressure(プレッシャーによる実力発揮の失敗)」も研究されている。
もちろん、
サッカーのサポーターとコーチングや教育を、そのまま同じものとして扱うことはできない。
そして、
「ブーイングをすると選手のパフォーマンスが落ちる」
とまで証明されているわけでもない。
だから、ブーイングは悪だと科学を使って誰かを断罪したいわけではない。
ただ、一つだけ疑問が残った。
チームを強くする効果が確かめられていないものを、
「愛情だから」
「プロなら受け止めるべきだから」
という言葉だけで、
当たり前のものとして受け入れていいのだろうか。
そして、もう一度、試合後の動画を見る。
勝てなかった選手たちがいる。
悔しさを抱えているサポーターがいる。
それでもチャントが続いている。
あの声が選手たちにどう届いたのか。
私には分からない。
次の試合の勝利につながるのかも分からない。
でも、
あの瞬間にサポーターが選手へ何を渡そうとしたのかは、
私にも分かる気がした。
「まだ一緒に闘うぞ」
だったんじゃないだろうか。
今日、私は「結果が出る前の成長を、信じたい」という記事を書いた。
その日のうちに、またこんな文章を書いている。
たぶん、それくらい私自身も揺れている。
勝ってほしい。
結果を出してほしい。
悔しい。
腹が立つことだってある。
それでも、
負けた選手たちがこちらへ歩いてきたとき、
私は何を渡す人でありたいのか。
怒りなのか。
失望なのか。
それとも、
「まだ一緒に闘うぞ」という声なのか。
あの夜、現地のサポーターが選んだのは、チャントだった。
私は、あの選択を誇りに思う。
そして次に自分がゴール裏に立つときも、
同じものを選びたい。
