
化学者ママの徒然日記
Case. 001 三姉妹系における忘れ物生成機構
朝というのは、どうも反応条件が安定しない。
特に我が家は、三人の娘という触媒が同時に作用しはじめるので、系は常にカオス側へ揺れている。
朝は、だいたい失敗から始まる。
強酸容器のふたを開けた瞬間みたいに、あの不穏な感じ。
今朝もそうだった。
長女は、ランドセルという官能基を見事に脱離させた状態で玄関に立っていた。
ほぼ完全に「手ぶら」というシンプル分子である。
軽い、速い、そして、目的地に必要な性質をほとんど持っていない。
「ランドセルは?」
この一言で、ようやく分子内転位が起こる。
とはいえ反応効率は低く、しばしば副反応として、
「靴だけ履いて満足する」という状態が生成される。しかもこの反応、妙に再現性が高い。
初回も、二回目も、三回目も、ほぼ同条件で同じ結果が得られる。まったく嬉しくない再現性である。
次に次女。
こちらは比較的安定しているように見えるが、
「水筒をカバンに入れた」という自己申告が甘い。
これは理論収率と実収率の差の問題に近い。
検証しない限り、本当に目的物が存在しているかは分からない。
経験的には、だいたい入っていない。
そして三女。
彼女の場合、「靴を履く」という最も基本的な反応が、驚くほど頻繁に停止する。
片足だけ入る。もう片方は、どこか別の世界へ移動している。
これは反応経路が途中で切断されているのか、あるいは、そもそも開始していないのか。
原因は未解明だが、継続的な観察が必要である。
私は三女に靴を履かせながら、頭の中で朝の工程表を組み直す。
これが毎朝の反応機構だ。
きれいな経路は、一度も見たことがない。
経路図を描けば、途中で分岐が増え、横道が伸び、最後には、どこが目的物だったのか分からなくなる。
しかも我が家は、並列反応が多すぎる。
ランドセル
水筒
靴下
連絡帳
髪の毛
イヤイヤ期
注意リソースは三分割され、反応容器(私の脳)はすでに飽和している。
有機合成でも、複雑な反応ほど副生成物が増える。朝の我が家も、ほぼ同じだ。
そして本日のハイライト。
保育園に着いてから気づく、「持ち物一式の丸ごと欠損」。これは部分的な脱離ではない。分子全体の消失に近い。
もはや有機化学というより、質量保存の法則への挑戦である。
「すみません、三女ちゃんのカバン、全部忘れてきました」
先生に頭を下げながら、私は少しだけおかしくなった。
どこかで反応を完了したはずなのに、なぜ生成物が存在しないのか。
たぶんこの系には、見えていないところで優秀な分解酵素が働いている。
それでも不思議なものだ。
こうした無数の失敗反応の積み重ねの中で、朝は一応、「登園完了」という形へ収束する。
かなり無理のある平衡状態ではあるが、とりあえず崩壊はしていない。
忘れ物というのは、単なるミスではなく、こういう不完全な反応の痕跡なのかもしれない。
全部そろった日は、たぶんそれだけで奇跡的な高収率だ。明日の朝もまた、別の副生成物ができる予感しかしない。
でもまあ、退屈な反応よりは、ずっと面白い。
本日の実験、失敗。
ただしデータは得られた。
Case. 002 パンツ型高給水ポリマー脱離反応
寝かしつけは、反応条件が安定しない。
順調に進行していると思った反応が、最後の最後で全く別の生成物を生み出すことがある。
その日の反応は良好に進行中だった。
お風呂に入り、歯を磨き、絵本を読む。
三姉妹をベッドへ投入し、私はようやく反応停止が見えてきたことに安堵していた。
を消そうとした、その時である。
「みてみてー!」
三女ちゃんの声が響いた。
嫌な予感しかしない。
見ると三女ちゃんは満面の笑みで立っていた。
そして、おもむろにズボンを下ろした。
「三女ちゃん、オムツはいてないよー!」
爆笑である。本人も大爆笑である。
さらにチャラーンという効果音を付けて決めポーズまで添えられた。
収率100%のドヤ顔だった。
風呂上がり、自分でパジャマを着たのである。
私は完全に油断していた。順調な反応進行を確認した研究者ほど危ない。
終わったと思ったところから副反応は始まる。
しかし不思議なことに、三女ちゃんの副反応には妙な愛嬌がある。同じことを他の子がやったら即座に反応容器から除去される可能性が高い。
だが三女ちゃんだと許される。
むしろ笑ってしまう。
どこで覚えたのか。誰に教わったのか。
なぜそれを今やろうと思ったのか。
反応経路は全く追跡できない。
ただ一つわかるのは、我が家の三女ちゃんは、私よりずっと人生を楽しむ才能に満ちているということである。
私は毎日、仕事だ、宿題だ、保育園だと条件検討ばかりしている。
一方で三女ちゃんは、オムツを脱離させて満面の笑みで決めポーズを取っている。
どちらが正しいのかはわからない。
でも、その夜一番楽しそうだったのは間違いなく三女ちゃんだった。
Case. 003 田植え系における三姉妹の泥相互作用
39歳、7歳、4歳、2歳。本日、我々は初めて田植え反応系へ投入された。
今回は、保育園のママ友一家による田植え反応系へ、図々しくも女4人で少しだけ参加させてもらった。
現場は曇天。作業環境としては極めて良好だった。直射日光が弱く、気温も安定している。農作業としては理想条件である。しかし、泥遊びを主目的とする幼児群には少々寒かった。特に2歳は、テンションと体温調節機能が比例しない。開始5分で、「つめたい〜!」と言いながら再突入していた。
娘たちは典型的な人見知り系基質なのだが、他のお友達がいない条件下では比較的安定する。
知らない大人ばかりの空間。
しかし競合触媒(同年代女子)が存在しないため(1人いた持ち主の子は軽トラの中で遊んでいた)、今回は終始ご機嫌だった。結果として、田んぼという未知の反応場にもかかわらず、比較的高い行動活性を示した。
しかも今回、彼女たちは“二度目”の田んぼである。前回学習したのだろう。泥は危険物ではなく、むしろ積極的に突っ込む対象だと。娘たちは、ためらいなく侵入した。そして平気で尻から転倒した。
通常、人類は転倒時、手をつくなどの防御反応を示す。だが幼児は違う。彼女たちは、「全部で受ける」。尻、背中、肘、時に顔面。全身で泥を受容する。
さらに長女は、顔に泥を塗り始めた。天然泥パックである。美容意識なのか、ただのテンションなのかは不明。だが本人は極めて満足そうだった。
私は泥の感触を観察した。冷たい。柔らかい。そして、妙に気持ちいい。足がゆっくり沈む。土なのに液体に近い。液体なのに支えられる。あの感覚は、普段アスファルト上で生きている人類には新鮮だった。
さらに驚いたのは、その泥の中で稲が育つという事実である。こんなにも不安定で、踏めば沈み、触れば濁る系の中から、秋には米が生成される。農業、あまりにもスケールが大きい。
2歳の三女も、小さな手で苗を持ち、一丁前に泥へ突っ込んでいた。“植える”というより、“刺す”に近かったが、本人は完全に農家の顔をしていた。
しかし今回、最も高難度だった作業は田植えではない。泥にはまった三女の回収である。幼児というのは、軽そうに見えて、泥中では驚くほど抜けない。泥の吸着力が高すぎる。これはもう、物理吸着ではなく共有結合に近かった。
足を取られ、バランスを崩し、最終的に「だっこぉぉぉ!!」へ移行する。こちらも泥。向こうも泥。引き抜く側も沈む。もはやレスキュー活動である。
そして全工程終了後、待ち受けていたのは洗浄フェーズだった。これが地獄。冷えた娘たちは震え上がり、泥を流されるたび悲鳴を上げる。
特に長女。なぜか毎回、最後は泣き叫ぶ。楽しかったはずなのに。満喫していたはずなのに。理由は不明である。
だが、それが我が家の反応終点として、長年安定して観測されている。
本日の実験もまた、極めて正常に終了した。