
仕事遅いマンの逆転日記────いつも心にスペースシャトルを持て
「あ…。んんー…..」
田舎の町工場で漏れた声は規則的に動く製造機の駆動音に掻き消された。
製造機を動かし、モダンと呼ばれる眼鏡の耳掛けの部分を成型、検品を通るレベルまで調整していく。それが俺の仕事だ。製造機から流れてきたモダンを確認すると、修正した方がよさそうな箇所を見つけた。
が、同時に「いや、でも時間かかりそうだな…もしかしたらこのまま通るかも…?」
という小賢しい自分の心のつぶやきも聞こえてきた。
「このまま通る」かどうかはもちろん俺の成型スキルにもよるのだが、上司の気まぐれによるところも大きい。今日はどっちだろう。
他の部分を修正し、ある程度仕上げてから上司にチェックしてもらう。
「ここがあかんわ」
とさっき悩んでいた部分をしっかりと指摘された。
あかんのかい。
さっき話して気付いたのだが今日の上司、いつもより声に元気がないような気がする。機嫌は良くなさそうだ。
気づかなかった。朝は普通だと思ったのに。
時計を見る、急がなければ。
その間、頭の中ではアラームが鳴り続けていた。
「緊急事態、緊急事態」
目の前の作業、時間、上司の動き、目線、雰囲気、この後の段取り…
不安要素に脳と体が反応してしまう。
まだ今日の労働は数時間残っているというのに、じっとりと嫌な汗をかいた体から疲労を感じる。終業までもってくれよ、体。
やっと終わったが予定時間を越えてしまった。次の発注へ取り掛かるものの途中で定時の鐘が鳴り、タイムオーバーを迎えた。
明日へ持ち越しか。
上司に進捗を説明すると、
「明日でいいよ」
と呆れ顔で言われる。
「お疲れ様でした」
重たい足取りで玄関を閉めた。
今日も微妙だったな。
帰りの田んぼ道を運転しながらふと思ったことがある。
今日のミスのはじまりは、
“修正を一旦置いてしまったこと” だった。
面倒くさいからと後回しにして後で指摘されて焦り、
時間も迫っていて余裕が全くない状況になってしまった。
とりあえず一旦置いといて、をしなければこうはなっていなかっただろう。今頃ルンルンで帰れたかもしれない。なぜ一旦置いてしまったんだろう。思い出してみると、
・修正に時間がかかる予感がしたから
・このままでもOKがもらえるかもしれないと思ったから
いつも「こうしよう」と思った後に逆の考えが浮かぶのだ。
これを放置しないための良い方法はないものか。
家に帰り少し調べてみたところ、脳には少しでも現状維持をしようとする「現状維持バイアス」という機能が備わっているらしい。
これは無意識に慣れ親しんだ状態を選び、新しい挑戦を避けようとする心理傾向からきているのだそうだ。
なるほど、このバイアスが邪魔をしてきた時にうまいこと対処できればいいってことか。
さらに調べていくうちに、とある方法に行きついた。
「こうした方がいい」「こうしたい」という行動を思いついた瞬間、頭の中で 5秒カウントするのだという。
5…4…3…2…1…
0
5秒後に発射するロケットをイメージし、発射の勢いを利用して即座に行動に移る。なるほど。妄想は得意だ、集中しないといけない場面でも妄想が膨らみに膨らんで宇宙旅行までしてしまうのが困りどころだが。
0から数えると、少しの迷いから6、7…とずるずるカウントが伸びてしまうことがあるため5から数えるのがポイントなんだとか。
これを5秒ルールというらしく、メル・ロビンズという女性が考案した行動力を上げるための方法らしい。
ハイハイ、しごデキの自慢本ね。
この手のビジネス書や動画は正直見飽きた。
デキる人のやっている事とデキない側では感じていること、見えている景色が違うのだ。デキる人が思いつくコツをデキない人にやらせたところで効果はない。あちらが空を自由に飛べる鷲やら鷹ならこっちはペンギンなのだ。構造から違う。構造の違いを生かしてこうすれば改善する、とか仕事ができなかったがこういう方法でできるようになったとか、そういう情報を探しているのにいくら探してみてもネットには転がっていなかった。もう調べるのも疲れた。
これもその類らしいが、他に良い方法も思いつかなかったので試しに翌朝起きるときにでも試してみるか。半信半疑ではない、半分以上疑いながら、眠りについた。
めっちゃ起きれた。
いやそこは起きれたらあかんやろ、結局しごデキの本出すような頭の良い人とは違うんやわってなるんちゃうんかい。
と思ったんだけど起きれたんだもんホントに。
ロケットよりもスペースシャトルをイメージするのが滅茶苦茶オススメ。
発射時のあの燃料の大爆発と大量の煙が噴き出していくのを思い浮かべると簡単に起き上がることができる。
人によって差はあるだろうけど、朝中々布団から出られないっていう人は
ぜひやってみてほしい。
なんかシュッと起きれたし、仕事にも応用できそうと思った。
成型するうちに判断の難しくこのままいけるかもしれないし、いけないかもしれないというなんとも言えない状態のモダンが流れてきた。
これは上司に聞いてみるのが良いかもしれない。
上司の姿を探すと社長と何やら話し込んでいるようだ。邪魔をするのは悪いが、ここでこの違和感を流してしまっては昨日のようなことになりかねない。2人の話はまだ終わりそうにもない、割り込むしかない。
頭の中にスペースシャトルを思い浮かべる。
発射5秒前のカウントを鳴らす。
5…4…3…2…1…0
GO!!!
────上司に確認したところ、修正してほしいとのことですぐ修正に取り掛かり、予定時間にも間に合った。終業時間を迎え、昨日より幾分マシな気持ちで帰路につくことができた。
しごデキのやり方の中にもちゃんと効果のある方法はあったのだ。
もしかしたら今までに調べた情報の中にも見逃していたり、使い方が適切でなかったものがあったのかもしれない、と書きながらふと思った。
めんどくさいけど、もう少し調べてから今日は寝ることにしよう。