
剱岳爆速開山縁起 第八章(終章)
まもなく梅雨に入ろうとしている。下山後の日常は、登山前と何ら変わりない。
よういちろうは地元の小さな研究会誌向けに、今回の調査結果の報文を書いている。往復2日間かけて丁寧に調べて出現した鳥の記録を一つ残らず書き記す。そこに白いオオタカの記録はない。
白い鷹はいなかったという悪魔の証明ではなく、今回の調査では確認できなかったという報告。その文言すら一行もない。しかし、調査方法と日時、観察した種とその繁殖ステータスを明記した地誌的な記録。
千寿ケ原から天狗平まで徒歩で調査し、何故か室堂にも立山にも立ち寄らずにまた千寿ケ原に戻るという、謎の調査ルートの記録となった。意味のあることを残す、とは、こういう、一見意味のわからないものを、意味のわからない場所に、確実に残していくことなのかもしれない。それはかつて劔岳や立山に挑み、登頂に至らなかった数多くの挑戦と同じく、意味のある過程である。
自分はというと、今日も今日とて、例の探鳥会のリーダーを続けている。
朝、集合場所である富山駅北の富岩運河環水公園野鳥観察舎に30分ほど早く到着すると、すでに参加者は雑談しながらスタンバイしている。「本日はよろしくお願いいたします」とお互いに挨拶をし、下見がてらに観察窓から鳥を眺めている間に自然と人は増え、会話も生まれてなんとなく観察会が始まっているような案配である。こういう格式張らない雰囲気は好きだ。
時間になり、高齢の方から小さなお子さん連れの家族まで約30人ほどの参加者の方々と観察舎で鳥の種類やその識別、求愛行動、渡りの生態などの話を特に順番も決めずに対話形式で進めていく。
その後観察舎を出発し、環水公園の散策路を一周してする。カワラヒワ、スズメ、ホオジロ、ムクドリ、ツバメ、ヒヨドリ、カルガモ、トビ、ハシボソガラス等々、いつもいる普通種メンバーが迎えてくれる。
下見でも確認していた、北へ帰らずに居着いているオナガガモが1羽、見えるところに寄ってきた。
小学校低学年くらいの兄妹が、自分が「オナガガモ」と言ったのを「おならがも」と聞き間違えたたらしく、「おならガモ!おならガモ!」と小声で言い合いながらずっと笑っている。
楽しそうなのでそのままにしておく。自然観察会なんて、楽しいかどうかが8割だ。
楽しい体験には二度目がある。楽しくない体験には、二度目どころか楽しくないなあという一度目の途中までの思い出しか残らない。
いかに中身が薄かろうが、楽しく鳥を見られればいいのだ。
一部のベテラン勢はカワセミが見られなかったことを悔しがっていたが、それもその日の体験である。いなかったという思い出が残ればいい。
探鳥会が終わり、鳥合わせが始まる。
例の兄妹は予想通りオナガガモのところで顔を見合わせて「おならガモ!」と二人で笑っている。この年齢の頃に、お下品な冗談とセットで鳥を見る体験ができたのはとても意義深いと思う。兄妹の人生に幸あれ。
お話しが終わり、機材を片付けながら何人かの参加者の方と質疑というか雑談を交わして会場をあとにする。楽しい2時間だった。終わった時はいつも、始まる前の緊張や胃の痛さがなんだったのか?というくらいの充実感がある。自分が好きなものの良さを皆に知ってもらう、という行為は、そのまま自己肯定感に繋がっている。普及活動は偉大だ。
余韻に浸りながら駅北のラーメン店でとにんにくと油かすをたっぷり入れたチャーシューメンをすする。
自分に残せるものは何か。
霧の中の白いオオタカを追っていた脳内に、一気におならガモの群れが突入し、拡散し、気分を明るく軽やかなものに変えていく。
この先、何年鳥の観察や調査に関われるかはわからないが、自分が目指しているのは本格的な保護活動や専門の研究職ではなく、人と鳥とを結びつけるおならガモなのだと改めて確信した。おならガモこそが、自分が残せる錫杖であり、鏡石なのだ。
(了)