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認められたい私から、信じる私へ


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    はじめに


    🪽なぜこの話を書こうと思ったのか


    それは、過去の私と今の私が、
    「話を聞いてほしい」
    と言っていたから。

    私はこれまでたくさん悩んできた。

    仕事のこと。
    子育てのこと。
    家族のこと。
    友達のこと。
    自分自身のこと。

    そのときどきで必死だった。

    苦しいこともあった。

    「どうして私ばかり」
    と思ったこともあった。

    でも振り返ってみると、
    どのときの私も、
    そのときの私なりに一生懸命生きていた。

    迷いながらも、
    悩みながらも、
    自分なりの正解を探していた。

    この本を書くことで、
    そんな過去の私の声を聞いてあげたいと思った。

    そして今の私自身も、
    「よく頑張ってきたね」
    と受け止めてあげたいと思った。

    書いているうちに気づいたことがある。

    それは、
    人生に無駄な出来事はひとつもなかったということ。

    苦しかった経験も、
    遠回りした時間も、
    今の私をつくってくれた。

    だからこのお話は、
    誰かに何かを教えるためのお話ではない。

    自分自身をまるごと受け入れていくお話です。

    もし今、
    頑張りすぎている人や、
    自分を責めている人がいたら、
    このお話が少しでも心をゆるめるきっかけになったらうれしいです。

    そして読み終わる頃には、
    私もあなたも、
    「どんな自分もよく頑張ってきたな」
    そう思えていますように。


    🪽苦しかった頃の私へ


    あのときは苦しかったね。

    先が見えなくて、
    自分を責めたり、
    どうしたらいいかわからなくなったり。

    でも今振り返ると、
    その苦しさも、
    悩んだ時間も、
    迷った時間も、
    全部今の私につながっている。

    あのときの私がいたから、
    今の私がいる。

    だから私は、
    過去の私を否定したくない。

    そして今の私も否定したくない。

    この本を書きながら、
    過去の私も、
    今の私も、
    みんな一生懸命生きてるなと思う。

    そんな私を、
    まるごと受け入れたい。



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    第一章 「私」ができるまで


    🪽母をかわいそうなフィルターで見ていた


    私はずっと、母のことをかわいそうな人だと思っていた。

    祖父はとても厳しい人だった。

    母はいつも祖父の顔色をうかがいながら生活しているように見えた。

    自分のことよりも人を優先し、
    家族のために動き、
    相手の気持ちを汲んで行動する。

    そんな母の姿は、 子どもの私には自己犠牲をしているように見えた。 本当はやりたくないのに我慢して、 自分を後回しにしている。 そんなふうに見えていた。

    だから私は、

    「お母さんはかわいそう」

    と思っていた。

    そして、

    「これ以上お母さんに迷惑をかけてはいけない」

    と思うようになった。

    自分の気持ちを我慢する。

    いい子でいる。

    人に迷惑をかけない。

    そんな生き方は、この頃から始まっていたのかもしれない。

    でも大人になった今、母を見ていると気づくことがある。

    母は人のために尽くすことが好きなのだ。

    誰かの役に立つことがうれしい。

    喜んでもらうことがうれしい。

    だからやっている。

    もちろん大変なこともあったと思う。

    だけど、それは私が思っていたような自己犠牲ではなかった。

    母は自分を犠牲にしていたのではなく、

    人を大切にすることを選んでいた。

    私は母を見ていたつもりだった。

    でも本当は、 「かわいそうなお母さん」 「自己犠牲をしているお母さん」 というフィルターを通して見ていただけだった。

    母が変わったわけではない。

    変わったのは、母を見る私のフィルターだった。


    🪽父を助けてくれない人だと思っていた


    私は父のことを、
    「助けてくれない人」
    だと思っていた。

    祖父はとても厳しかった。

    そんな祖父に対して、父は何も言わないように見えた。

    母はいつも家族のために動いていた。

    人の気持ちを優先し、
    自分のことは後回しにしているように見えた。

    だから私は、
    「なんでお母さんばかり頑張っているんだろう」
    「なんでお父さんは助けてあげないんだろう」
    と思っていた。

    父は自分の好きなものをよく買っていた。

    一方で母は、
    自分のためというより、
    家族や人のためにお金を使っていた。

    そんな二人を見ていた私は、
    父は自由な人、
    母は我慢している人だと思っていた。

    そして私は、
    母のことをかわいそうだと思い、
    父のことを助けてくれない人だと思っていた。

    でも今振り返ると、
    私は父が羨ましかったのかもしれない。

    父は自分の欲しいものを買う。

    自分のやりたいことをする。

    子どもの私には、
    そんな父が自由に見えた。

    本当は私も、
    自分の好きなことをしたかった。

    自分のためにお金を使いたかった。

    自分を優先したかった。

    でも私は、
    迷惑をかけないように。

    いい子でいるように。

    人を優先するように。

    そんな生き方を選んでいた。

    だからこそ、
    自由に見える父に対して、
    怒りや不満を感じていたのだと思う。

    最近になって、
    欲しいものを買ったり、
    美容室へ行ったり、
    ネイルをしたり、
    自分のために時間やお金を使えるようになった。

    すると不思議なことに、
    父への見方も変わっていった。

    私はずっと、
    父は自分勝手で、
    母は我慢していると思っていた。

    でも今はそうは思わない。

    父はただ、
    自分の思いを叶えていただけだった。

    そして母もまた、
    してあげたいからやっていただけだった。

    私は父と母を見ていたつもりだった。

    でも本当は、
    「自由なお父さん」
    「かわいそうなお母さん」
    というフィルターを通して見ていたのかもしれない。

    父も母も、
    ただそれぞれの人生を生きていた。

    変わったのは父でも母でもない。

    二人を見る私のフィルターだった。


    🪽自分の思いより外側を優先していた


    母をかわいそうなお母さんとして見ていた。

    父を助けてくれないお父さんとして見ていた。

    そんなフィルターで家族を見ていた私は、 いつの間にか自分の思いよりも外側を優先するようになっていた。

    私はどうしたいのか。
    何を感じているのか。
    それよりも先に考えていたのは、 周りがどう思うかだった。

    これを言ったら迷惑をかけるかもしれない。
    これを言ったら困らせるかもしれない。
    これをしたら怒られるかもしれない。
    これをお願いしたら負担になるかもしれない。
    そんなことをいつも考えていた。

    だから言わない。
    頼まない。
    我慢する。
    諦める。
    そんな選択をすることが増えていった。

    私は自分の気持ちがなかったわけでない。

    本当はやりたいこともあった。
    言いたいこともあった。
    欲しいものもあった。

    でも、その思いを叶えることよりも、 周りにどんな影響を与えるかの方が大切だった。
    だから空気を読んだ。
    勉強を頑張った。
    テストでいい点を取った。
    母や父、祖父の機嫌を損ねないようにした。
    期待に応えようとした。
    褒められるように頑張った。
    子どもだった私は、 そうすることで家族がうまくいくと思っていたのかもしれない。

    でもその生き方は、 少しずつ私を自分自身から遠ざけていった。

    本当は何がしたいのか。
    何が好きなのか。
    何が嫌なのか。
    自分の思いよりも外側を優先し続けた結果、 私は自分の気持ちがわからなくなっていった。

    そしてその生き方は、 大人になった私にも続いていった。
    仕事でも、 子育てでも、 友人関係でも、 私はいつも周りを優先していた。

    自分よりも相手。
    自分よりも周り。
    それが当たり前になっていた。


    🪽私のせいにして終わらせていた


    子どもの頃、
    仲が良かった友達とのすれ違いから、
    関係が離れていったことがあった。

    私はその子のことが好きだった。

    仲良くなれたと思っていた。

    親友だと思っていた。

    今振り返ると、
    その子との関係に依存していた部分もあったのかもしれない。

    その子がいてくれることで安心していた。

    その子に認めてもらうことで、
    自分の価値を感じていたのかもしれない。

    だから離れていったとき、
    私はすごく悲しかった。
    寂しかった。
    傷ついた。

    ただ友達が離れていった以上の痛みを感じていた。

    大切な居場所を失ったような気持ちだった。

    本当はただ、
    その悲しさを感じればよかったのかもしれない。

    でも私は、
    その出来事を
    「私のせいだ」
    ということにして終わらせた。

    私の性格が悪かったから。
    私に問題があったから。
    だから離れていったんだ。

    そう思った。

    その方がわかりやすかったからだ。

    友達との関係は一人では作れない。

    離れていくことも、
    一人だけが原因で起こることは少ない。

    相手にも相手の思いがあったはずだし、
    お互いに子どもだった。

    本当は私のせいだけじゃなかった。

    でも私は、
    その複雑さや悲しさを受け止める代わりに、
    自分を責めることで終わらせた。

    そしていつしか、
    「私は性格が悪い」
    と思うようになった。

    人にイライラする。
    だるいなと思う。
    嫌だなと思う。
    嫉妬する。
    羨ましいと思う。

    そんな感情が出てくるたびに、
    「こんなことを思う私は性格が悪い」
    と思っていた。

    だから、
    そんなことを思ったらダメ。
    もっと頑張らなきゃ。
    もっと優しくならなきゃ。
    もっといい人にならなきゃ。
    そうやって自分を追い込んでいた。

    でも今なら思う。

    人にイライラすることもある。
    嫉妬することもある。
    嫌だと思うこともある。
    そんなの人間なら当たり前だ。

    本当は感情があるだけなのに、
    私はそれを人格の問題にしていた。

    そして、
    悲しみも、
    怒りも、
    寂しさも、
    嫉妬も、
    感じてはいけないものだと思っていた。

    だから感情に蓋をした。

    でも感情は、
    なかったことにはならない。

    感じないようにしても、
    消えるわけではない。

    私はネガティブな感情に蓋をし続けたことで、 心の中の感情を淀ませていたのかもしれない。

    そして、
    「どうせみんな離れていく」
    と思うようになった。

    仲良くなりたい。
    でも傷つきたくない。
    親しくなればなるほど失うのが怖い。
    だから心のどこかで距離を取るようになった。

    本当は人が好きなのに、
    傷つくくらいなら最初から近づかない方がいいと思っていた。

    でも今は思う。

    あのときの私は悪くなかった。
    友達も悪くなかった。

    ただ悲しかった。

    ただ寂しかった。

    ただ大切な人との距離ができてしまった。

    それだけだった。

    私はずっと、
    自分を犯人にしていたのかもしれない。

    そして、
    人間なら当たり前に感じる感情まで否定して、
    そんな自分を誤解し続けていたのかもしれない。


    🪽本当の自分を隠して生きる


    過去の経験から、
    私はいつの間にか
    「ありのままの私を出したら人は離れていく」と思うようになった。

    悲しい私。
    怒る私。
    嫉妬する私。
    弱い私。
    わがままな私。

    そんな私を見せたら嫌われる。

    受け入れてもらえない。

    そう信じていた。

    だから私は、
    たくさんの鎧をまとい始めた。

    いい子の鎧。
    頑張り屋の鎧。
    優しい人の鎧。
    ちゃんとしている人の鎧。
    空気を読む鎧。
    期待に応える鎧。
    傷つかないための鎧。
    愛されるための鎧。

    そして気づけば、
    いい子でいなきゃ。
    ちゃんとしなきゃ。
    期待に応えなきゃ。
    そう思うようになっていた。

    でも今振り返ると、
    それは裏を返せば、
    私はいい子じゃない。
    私はちゃんとしていない。
    私は期待に応えられていない。

    そんな前提があったのかもしれない。

    だから私は、
    もっと頑張ろうとした。
    もっと認められようとした。
    もっと期待に応えようとした。

    どれだけ頑張っても、
    どれだけ認められても、
    満たされなかったのは、
    その前提が変わっていなかったからだ。

    そしてその頃の私は、
    承認を求めていた。

    勝ち負けを気にしていた。

    損か得かを考えていた。

    周りからどう見られるかを気にしていた。

    自分がどうしたいかよりも、
    周りがどう思うかの方が大切だった。

    悲しい私も、 嬉しい私も、 嫌だという気持ちも、 やりたいという願いも、 すべて置き去りだった。

    たくさんの鎧は、
    私を守ってくれた。

    でも同時に、
    本当の私を見えなくしていた。

    そして何より重かった。

    本当は嫌なのに笑う。
    本当は疲れているのに頑張る。
    本当は助けてほしいのに頼れない。
    本当はやりたいことがあるのに後回しにする。

    鎧を着ている間は、
    それが当たり前だから気づかない。

    でも少しずつ苦しくなる。
    息苦しくなる。
    動きづらくなる。

    そしてある日、
    「私は何がしたいんだろう」
    とわからなくなる。

    そんな状態で、
    自分と仲良くなれるわけがなかった。

    私はずっと、
    自分の声を聞かず、
    自分の気持ちを後回しにし、
    自分より周りを優先して生きていた。

    でも今なら思う。

    その鎧も、
    その生き方も、
    そのときの私が自分を守るために身につけたものだった。

    傷つかないように。
    嫌われないように。
    愛されるように。
    必死に生きていたのだと思う。

    だから私は、
    そんな過去の私を責めたくない。

    ただ、
    一生懸命生きていたんだなと思う。



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    第二章 鎧を着たまま生きた人生


    🪽色のない小学生時代


    小学校時代の記憶はあまりない。

    楽しかったわけでもない。

    楽しくなかったわけでもない。

    なんだか全体的に色がない。

    毎日学校へ行って、
    勉強して、
    友達と過ごして、
    帰ってくる。

    そんな日々だった気がする。

    もちろん覚えている出来事もある。

    私のことを好きだと言ってくれた男の子がいたこと。

    友達からある子が私のことを嫌いと言っているらしいと言われて悲しかったこと。

    そんな人との関わりで心が動いた記憶は残っている。

    でも学校生活そのものを振り返ると、

    やっぱり色がない。

    もしかしたら私は、

    自分が何を感じているかよりも、

    周りに合わせたり、
    期待に応えたりすることに意識を向けていたのかもしれない。


    🪽中学生になって人生に色がついた


    中学生になって、
    人生に色がついたような気がする。

    きっかけは、
    転校してきた一人の友達だった。

    その子と仲良くなった。
    一緒に過ごす時間が増えた。
    たくさん話した。
    たくさん笑った。
    ただそれだけなのに、
    毎日が今までより鮮やかになった気がした。

    恋愛の話をしたり、
    勉強を頑張ったり、
    昼休みに鬼ごっこをしたり、
    バレーをしたり。

    何気ない毎日だったけれど、
    その頃の記憶には色がある。

    その子とは一緒に勉強することもあった。

    私が勉強を教えると、とても喜んでくれた。

    「役に立てる」という実感が、こんなにも自分を明るくしてくれるんだ。
    そんな経験を通して、私の世界に少しずつ色がついていった。

    でも中学校の終わり頃、 その友達とはすれ違いから離れていった。
    私はすごく悲しかった。
    大切な友達だった。
    色をくれた人だった。
    だからこそ苦しかった。

    でも私は、
    その悲しみを十分に感じることができなかった。

    私が悪かったのかな。
    何かしたのかな。

    そうやってまた、
    自分を責めた。

    今振り返ると、
    その子が色をくれたのではなく、
    その子との関わりの中で、
    私自身の感情が動いていたのだと思う。

    嬉しい。
    楽しい。
    悲しい。
    寂しい。

    その頃の私は、
    確かに色を感じていた。


    🪽私の夢と夢がなくなったあと


    中学生の頃、私は「将来は先生になりたい」という夢を持つようになった。


    友達に勉強を教えたとき、「先生が教えるよりわかりやすい!」と喜んでもらえたことが、何よりの自信になったから。

    「私にも誰かの役に立てることがあるんだ」
    中学生になって見つけたその純粋な喜びが、私の大きな原動力だった。

    今振り返ると、大人になった今、後輩に仕事を教えたり、誰かに物事をわかりやすく伝えたりするのが好きなのも、この時の体験が原点になっている。

    しかし、夢を抱くと同時に、先生たちの過酷な現実も目に入ってきた。

    授業だけではない。
    荒れている子への対応。
    生徒同士のトラブル。
    保護者対応。
    部活動。
    毎日忙しそうだった。

    特に荒れている子への対応を見ていると、
    私には無理かもしれないと思った。

    私はどちらかというと、
    先生を困らせない側でした。
    ルールを守る側だった。

    だから、
    その子たちとどう関わればいいのかもわからなかった。

    先生になりたい気持ちはあった。

    でも、
    私にはできないとも思っていた。

    そしていつの間にか、
    先生になりたいという夢は消えていった。

    でも夢がなくなったとき、
    私は何がしたいのかわからなくなった。

    先生がダメなら何になりたいのか。
    どんな人生を生きたいのか。
    その答えがなかった。

    今振り返ると、
    それも当然だったのかもしれない。

    私はずっと、
    自分の気持ちよりも周りの気持ちを優先して生きてきた。
    周りがどう思うか。
    何を期待しているか。
    どうしたら認められるか。
    そんなことばかり考えていた。

    だから、
    「私はどうしたい?」
    という問いに答えられなかった。

    高校も、
    大学も、
    周りから勧められた道を選んだ。
    先生や親が安心する選択。
    反対されない選択。
    無難な選択。
    もちろん無理やり決められたわけではない。
    最終的に選んだのは私だ。

    でもそこにはいつも、
    「私はどうしたい?」
    よりも、
    「周りはどう思うだろう?」
    があった。

    そして就職も同じだった。
    私は家族から認められる会社に就職した。

    安定している。
    名前を言えばわかる。
    周りも安心する。
    そんな会社だった。
    もちろん仕事が嫌だったわけではない。

    でも今振り返ると、
    そこに私自身の強い意思はあまりなかったように思う。

    本当に何がしたいのか。
    どんな仕事がしたいのか。
    どんな人生を生きたいのか。
    そんなことはよくわからなかった。

    だから私は、
    周りが安心する選択をした。
    認められる選択をした。

    それは高校も、
    大学も、
    就職も同じだった。

    私は自分で選んでいるつもりだった。

    でも実際には、
    周りの期待や安心感を基準に選んでいた。

    それが当たり前だったから、
    疑問に思うこともなかった。

    自分の気持ちよりも、
    周りがどう思うか。
    周りが安心するか。
    認めてもらえるか。
    そちらの方が大切だった。

    だから私は長い間、
    自分の人生を生きているつもりで、
    周りの期待に応える人生を生きていたのかもしれない。

    そして気づけば、
    「私はどうしたい?」
    という問いに答えられなくなっていたのだと思う。


    🪽頑張ることで自分を保っていた


    会社に入ってからの私は、
    とにかくがむしゃらだった。

    わからないことは調べる。
    聞く。
    動く。
    とにかく一生懸命だった。

    でも働き始めてしばらくすると、
    あることに気づき始めた。

    周りにはできる人がたくさんいた。
    仕事が早い人。
    知識が豊富な人。
    お客様から信頼されている人。

    そんな人たちを見ていると、
    できない自分がどんどん鮮明になっていった。

    私は思った。
    私はまだまだだ。
    私なんて全然できていない。
    もっと頑張らなきゃ。
    もっと努力しなきゃ。
    そうやってさらに自分を追い込んでいった。

    今振り返ると、
    私は仕事を頑張っていたというより、
    頑張ることで自分を保っていたのかもしれない。

    頑張っている私なら価値がある。
    頑張っている私なら認められる。
    頑張っている私なら大丈夫。

    そんな思いがどこかにあった。

    だから忙しくしていた。
    頑張っている姿を見せていた。
    「やっている感」を出していた。

    本当は不安だった。
    自信がなかった。
    できないと思われるのが怖かった。
    認められないのが怖かった。

    でもその気持ちを感じるよりも、
    頑張ることでごまかしていた。

    私はずっと、
    結果や評価で自分の価値を証明しようとしていたのかもしれない。

    そしてその生き方は、
    やがて大きな出来事によって揺らぐことになる。


    🪽昇格試験に落ちた日


    私の会社には、
    ある程度勤務年数を重ねると受験資格が与えられる昇格試験がある。

    周りの同期や先輩たちも受けてきた試験だった。

    私にとっても、
    いつか受けるものだと思っていた。

    そしてそのタイミングがやってきた。

    周りからは、
    「大卒でこの試験に落ちたら、できない人だと思われるよ」
    と言われていた。

    私はその言葉を真に受けた。
    できない人だと思われたくなかった。
    認められたかった。
    期待に応えたかった。

    だから頑張った。

    仕事をしながら勉強した。
    決して手を抜いたわけではなかった。

    むしろ、
    今までの人生と同じように、
    頑張れば何とかなると思っていた。

    でも結果は不合格だった。

    頭が真っ白になった。
    悔しかった。
    情けなかった。
    恥ずかしかった。

    でも一番苦しかったのは、
    試験に落ちたことではなかった。

    「できない自分」
    を突きつけられたことだった。

    今まで私は、
    大きな失敗や挫折をあまり経験してこなかった。

    だから、
    失敗した自分を受け入れることができなかった。

    頑張ればできる。
    努力すれば認められる。
    そう信じていた私にとって、
    その出来事はとても大きかった。

    昇格試験は一度で終わりではない。
    何度か挑戦することができる。
    でも私は次の挑戦を先延ばしにした。

    妊娠していたから。
    異動したばかりだったから。
    勉強する時間がなかったから。

    それも事実だった。
    でも本当は怖かった。
    また落ちたらどうしよう。
    また傷ついたらどうしよう。
    できない自分を見たくなかった。

    だから私は、
    挑戦しないことで自分を守っていたのだと思う。


    🪽再挑戦の先にあったもの


    失敗した経験は、
    思っていた以上に私の中に残っていた。

    表面上は気にしていないふりをしていても、
    心の奥ではずっと引っかかっていた。

    また落ちたらどうしよう。
    また傷ついたらどうしよう。
    できない自分を見たくない。

    そんな思いが、
    ずっと私の中にあった。

    そんなある日、
    後輩が昇格試験に向かって頑張る姿を見た。

    仕事をしながら勉強して、
    合格をつかみ取っていく姿。
    その姿はまぶしかった。

    そして私は思った。
    私ももう一度挑戦したい。
    逃げたまま終わりたくない。
    そう思って勉強を始めた。

    でも思っていた以上に苦しかった。

    問題を解いているのに、
    頭の中には不合格だった日の記憶がよみがえる。
    またダメだったらどうしよう。
    またできないと思われたらどうしよう。
    また傷ついたらどうしよう。

    勉強しているはずなのに、
    私は過去の失敗と戦っていた。

    そして気づいた。
    私は試験が怖いのではなかった。

    失敗した自分を見るのが怖かったのだ。
    認められない自分。
    期待に応えられない自分。
    できない自分。

    そんな自分を受け入れられなかった。

    今まで私は、
    頑張れば認められると思っていた。
    頑張れば価値があると思っていた。

    だから、
    頑張っても結果が出ないかもしれないという現実が、とても怖かった。

    勉強を進めるほど苦しくなった。

    焦る。
    不安になる。
    涙が出る。

    どうしてこんなに苦しいのかわからなかった。

    でも今ならわかる。

    私は昇格試験に向き合っていたのではない。

    ずっと置き去りにしてきた自分自身と向き合い始めていたのだ。

    そんなとき、
    私はヒーリングと出会った。


    🪽人生を変えた出会い


    そんなときに出会ったのが、
    エネルギーを整えるヒーリングだった。

    最初に受けたのは遠隔ヒーリング。

    正直、
    うさんくさいと思った。
    絶対嘘やろ。
    そんなことあるわけない。
    そう思っていた。
    でもなぜか目についた。

    そして受けてみた。

    すると、
    体感があった。

    体が温かくなったり、
    軽くなったり。
    今まで感じたことのない感覚だった。

    すごっ!

    それが正直な感想だった。

    そこから何回かヒーリングを受けた。

    体が軽くなる。
    気持ちが軽くなる。
    不思議だった。

    試験までの間、
    ヒーリングを受けたり、
    話を聞いてもらったりした。

    何度も不安になった。

    怖くなった。
    逃げたくなった。

    それでもなんとか挑戦することができた。

    そして無事に合格した。

    もちろん合格はうれしかった。

    でも今振り返ると、
    一番大きかったのは合格したことではない。

    自分を見るようになったことだった。

    今までは、
    どうしたら認められるか。
    どうしたら嫌われないか。
    どうしたら期待に応えられるか。

    そんなふうに外側ばかり見て生きてきた。

    でもヒーリングを通して、
    私は何が怖いのか。
    本当は何を感じているのか。
    なぜこんなに苦しいのか。

    少しずつ自分に目を向けるようになった。

    それは私にとって初めての体験だった。

    今までずっと置き去りにしてきた自分と、
    やっと出会えたような感覚だった。

    それから私は、
    自分もヒーリングができるようになりたいと思った。

    伝授を受けた。
    講座にも参加した。
    学びを深めていった。

    すると少しずつ、
    周りの見え方が変わっていった。
    人との関係が変わった。
    自分のあり方が変わった。

    そして何より、
    生きることが少しずつ楽になっていった。

    今まで外側に求めていた答えを、
    私は少しずつ自分の内側に見つけ始めていた。

    あの頃の私は、
    昇格試験に合格したいと思っていた。

    でも本当に必要だったのは、
    合格ではなく、
    自分自身と向き合うことだったのかもしれない。



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    第三章 こうあるべきに縛られていた


    🪽子どもの不登校が教えてくれたこと


    ヒーリングと出会い、
    少しずつ自分を見たり、整えるようになった。

    周りの見え方も変わってきた。

    生きることも以前より楽になってきた。

    これで大丈夫。

    そんなふうに思い始めていた頃だった。

    子どもが学校へ行けなくなった。
    不登校だった。

    私にとって、
    それはとても衝撃的な出来事だった。

    どうして?
    何があったの?
    私の育て方が悪かったのかな。
    もっとできることがあったんじゃないかな。

    いろんな思いが頭の中を駆け巡った。

    母親として失格なんじゃないか。

    そんなことまで思った。

    今まで積み上げてきたものが、
    音を立てて崩れていくような感覚だった。

    でも同時に、
    この出来事は私をさらに自分自身へと向かわせた。

    私はメンターを受けた。
    マインドを学んだ。
    コーチングを学んだ。
    なぜこんなに苦しいのか。
    なぜこんなに不安なのか。
    なぜこんなに自分を責めるのか。
    答えを探して学び始めた。

    でも学べば学ぶほど、
    見えてきたのは子どもの問題ではなかった。

    私自身だった。

    子どもの不登校は、
    私にたくさんのことを教えてくれた。

    そして私は、
    今まで見ないようにしてきた自分自身と、
    さらに深く向き合うことになる。


    🪽私を苦しめていたもの


    そして私は少しずつ気づいていった。

    苦しさの原因は、
    子どもの不登校でも、
    昇格試験でも、
    人間関係でもなかった。

    私が握りしめていた
    「こうあるべき」
    だった。

    母親ならこうあるべき。
    娘ならこうあるべき。
    会社員ならこうあるべき。
    主任ならこうあるべき。
    妻ならこうあるべき。
    友達ならこうあるべき。
    普通ならこうする。
    ちゃんとした人はこうする。

    そうしないと認められない。
    そうしないと嫌われる。
    そうしないと一人になる。
    そうしないとみんな離れていく。
    私はそんな思い込みの中で生きていた。

    だから、
    できない自分を責めた。
    弱い自分を責めた。
    ポンコツな自分を責めた。
    ブラックな感情を責めた。

    でも本当は、
    そんな自分もいてよかった。

    嫉妬してもいい。
    怒ってもいい。
    悲しんでもいい。
    失敗してもいい。
    頑張れなくてもいい。
    ポンコツでもいい。

    私はずっと、
    「こうあるべき私」になろうとしていた。

    でも苦しかったのは、
    本当の自分がダメだったからではない。

    本当の自分を否定し続けていたからだった。

    そして少しずつ、
    できる私も。
    できない私も。
    優しい私も。
    ブラックな私も。
    しっかりしている私も。
    ポンコツな私も。
    全部ひっくるめて私なんだと思えるようになっていった。

    その頃から、
    人生は少しずつ生きやすくなっていった。


    🪽子どもたちが教えてくれたこと


    子どもの不登校は、
    私にたくさんのことを教えてくれた。

    以前の私は、
    私が何とかしなきゃと思っていた。

    学校へ行かせなきゃ。
    ちゃんと育てなきゃ。
    困らないようにしなきゃ。
    将来後悔しないようにしなきゃ。

    子どものためと思いながら、
    どこかで私が背負っていた。

    でも学びを続ける中で、
    私は少しずつ気づいていった。

    子どもの人生は子どもの人生。
    私の人生は私の人生。
    私は私を生きればいい。
    子どもを信じればいい。

    そう思えるようになっていった。

    すると不思議なことが起こり始めた。

    長男は学校へ行くようになった。
    友達と毎日楽しく遊ぶようになった。

    次男はフリースクールへ自由に通うようになった。
    毎日行くわけではない。
    でも自分で選び、
    自分で決めていた。

    長女も、
    やりたいことをどんどんやるようになった。

    以前よりも自由だった。
    以前よりも自分らしかった。

    もちろん私が変わったから、
    子どもが変わったと言いたいわけではない。
    子どもたちには子どもたちの人生がある。

    でも私が、
    「何とかしなきゃ」
    を手放したことで、
    子どもたちを問題として見るのではなく、
    一人の人間として見られるようになった。

    信じられるようになった。
    見守れるようになった。

    そして気づいた。

    子どもを自由にしたかったのではない。
    本当は私自身が自由になりたかったのだ。

    母親だから。
    ちゃんとしなきゃ。
    こうあるべき。
    そんな思い込みから自由になりたかった。

    私が自分を生きる。
    私が自分を信じる。
    私が自分を認める。

    すると目の前の現実も少しずつ変わっていった。

    潜在意識って面白い。

    でも今はそれ以上に、
    人を信じる力はすごいと思う。

    子どもたちは、
    私が思っていたよりずっと強かった。

    そして、
    私自身も思っていたよりずっと強かったのだと思う。


    🪽母の理想の娘を卒業する


    私は反抗期がなかった。

    親を困らせたくなかったから。
    心配をかけたくなかったから。
    がっかりさせたくなかったから。

    だからずっと、
    いい娘でいようとしていた。

    言われたことを守る。
    期待に応える。
    空気を読む。
    それが当たり前だった。

    高校も、
    大学も、
    親が安心する選択をした。
    親が喜ぶ選択をした。

    私は自分で選んでいるつもりだった。

    でも今振り返ると、
    どこかで親の期待に応えようとしていたのだと思う。

    そんな私が、
    一度だけ親の期待に逆らったことがある。

    夫との結婚だった。
    母は猛反対した。
    今まで親に逆らったことがなかった私は、
    本当なら諦めていたかもしれない。

    でもそのときだけは違った。
    なぜかはわからない。
    でも心の奥で、
    この人を逃したらいけないと思った。

    この人はどんな私も愛してくれている。
    そんな安心感があった。
    いい子の私だけじゃない。
    頑張る私だけじゃない。
    できる私だけじゃない。
    ポンコツな私も。
    弱い私も。
    めんどくさい私も。
    ひっくるめて受け入れてくれている気がした。

    だから私は、
    初めて自分の意思を貫いた。

    怖かった。
    母に嫌われるかもしれない。
    がっかりされるかもしれない。
    関係が壊れるかもしれない。

    でもそれでも、
    結婚を選んだ。

    今振り返ると、
    母が結婚に反対したのも、
    私を不幸にしたかったからではなかったのだと思う。

    母も怖かったのだと思う。

    夫は祖父が理想とするようなタイプではなかった。
    学歴や肩書き。
    安定や世間的な評価。
    そういったものを大切にする価値観の中で生きてきた母にとって、
    私の結婚は不安だったのかもしれない。

    本当に大丈夫なのか。
    幸せになれるのか。
    苦労するんじゃないか。
    そんな思いがあったのだと思う。

    そして母自身も、
    祖父の価値観の中で生きてきた。
    祖父の顔色を見て、
    期待に応えて、
    家族を優先してきた。

    だからこそ、
    母なりに私を守ろうとしていたのかもしれない。
    昔は反対されたことが悲しかった。
    認めてもらえない気がした。
    でも今ならわかる。
    あれは愛情だった。
    少し不器用な、
    母なりの愛情だった。

    でも実は、
    結婚したからといって、
    母の理想の娘を卒業できたわけではなかった。

    大人になっても、
    実家へ帰ると窮屈さを感じてた。

    本当はゴロゴロしたい。
    ゆっくりしたい。
    何もしたくない。

    でも気づけば動いている。
    手伝っている。
    気を遣っている。

    自分の家にいるときより、
    ずっと頑張っていた。

    周りの目が気になっていた。
    特に母の目が気になっていた。

    怠けていると思われたくない。
    がっかりされたくない。
    ちゃんとした娘でいたい。
    そんな思いがまだ残っていた。

    でもあるとき気づいた。
    夫は母を手伝っていた。
    いろいろ動いていた。
    でも苦しそうではなかった。
    むしろ母をサポートできることがうれしそうだった。

    母と夫はどこか似ていた。

    でも私は違った。
    同じことをすると疲れる。
    一人の時間も欲しい。
    ゴロゴロしたい。
    何もしない時間も好き。

    そして気づいてしまった。

    私はグウタラな私も、
    ポンコツな私も、
    母に愛されたかったのだと。

    正直、
    その気持ちに気づいたときは不快でした。
    そんなこと思っていたのか。
    そう思った。

    でも私は試してみた。
    実家で頑張るのをやめてみた。
    ゴロゴロしてみた。
    何もしないでいてみた。
    ポンコツな私でいてみた。

    もちろん母には、
    いろいろチクチク言われた。
    でも不思議だった。
    それでも愛されていると感じた。
    それでも受け入れられていると感じた。

    私はずっと、
    頑張らないと愛されないと思っていた。
    期待に応えないと愛されないと思っていた。
    でもそうではなかった。

    そして気づいた。
    母のようになれなかったのではない。
    母とは違う人間だっただけなのだと。
    母が間違っていたわけではない。
    私が間違っていたわけでもない。
    ただ違うだけだった。

    そのとき私は、
    またひとつ、
    母の理想の娘を卒業できた気がした。

    そして今なら思う。

    夫との結婚は、
    私の人生で初めての
    「自分で選んだ幸せ」だった。

    そして実家でポンコツな私を見せたことは、
    「そのままの私で愛されてもいい」
    と自分に許可を出した出来事だったのかもしれない。


    🪽愛されているのに受け取れなかった


    結婚した頃の私は、
    夫に愛されていると思っていた。

    この人はどんな私も受け入れてくれる。
    そう思えたから結婚した。

    でも一緒に暮らし始めると、
    少しずつ違う感情が出てきた。

    夫は私のできていないところを指摘した。

    忘れ物。
    片付け。
    段取り。
    日常の些細なこと。

    夫にとっては事実を伝えていただけだったのかもしれない。

    でも私は傷ついた。
    責められている気がした。
    人格を否定されているように感じることもあった。

    そして少しずつ、
    愛されている自信がなくなっていった。

    こんな私はダメなんじゃないか。
    もっとちゃんとしなきゃ。
    もっと頑張らなきゃ。
    期待に応えなきゃ離れていってしまう。
    そんな思いが強くなっていった。

    でも今振り返ると、
    それは夫が私を否定していたからではなかったのかもしれない。

    私はもともと、
    自分のできないところを責めていた。
    失敗する自分を許していなかった。
    ポンコツな自分を認めていなかった。

    だから夫の言葉が、
    必要以上に痛く聞こえていたのだと思う。

    そして私は、
    本当にやりたいことも言わなくなっていった。

    一人の時間がほしい。
    友達と遊びたい。
    一人旅をしてみたい。
    好きなことをしたい。

    今思えば当たり前の願いだった。

    でも私は言えなかった。

    母親なんだから。
    妻なんだから。
    家族を優先しなきゃ。
    そんな思いがあった。

    だから我慢した。
    言わなかった。

    そして心のどこかで、
    夫が自由にさせてくれないと思っていた。

    でも本当は違った。

    私は自分自身に許可を出していなかったのだ。
    怒られそうだから言わない。
    反対されそうだから言わない。
    どうせわかってくれないから言わない。

    でもそれは、
    夫がそう言ったわけではなかった。

    私の中にあった思い込みだった。

    そんな中、
    勇気を出して少しずつ伝えるようになった。

    一人の時間がほしいこと。
    友達と会いたいこと。
    やりたいことがあること。
    最初はすんなり受け入れてはくれなかった。
    否定されたように感じた。
    やっぱりダメなんだと思った。

    でも今振り返ると、
    私自身がまだ
    「そんなことを望んではいけない」
    と思っていたのかもしれない。

    だからその現実を見ていたのだと思う。
    それでも私は伝え続けた。

    少しずつ。
    あきらめずに。

    すると不思議なことに、
    少しずつ叶うようになっていった。

    一人の時間。
    友達との時間。
    自分のための時間。
    やりたいことに使う時間。

    そして気づいた。
    自由は誰かにもらうものではなかった。

    自分で自分に許可を出すものだった。

    自分と向き合うようになって、
    少しずつ見える景色も変わっていった。
    夫は私を傷つけたかったわけではなかった。

    夫なりに家族を守ろうとしていた。
    私を守ろうとしていた。
    愛してくれていた。

    私はずっと、
    愛されていないのではなく、
    愛されていることを受け取れなくなっていたのかもしれない。

    自分を責めることをやめて、
    ポンコツな自分も認められるようになったとき、
    夫からの愛も少しずつ受け取れるようになった。

    パートナーシップは、
    相手との関係のようで、
    自分との関係だったのだと思う。


    🪽会社員としての私を卒業する


    私はずっと、
    会社員としてこうあるべきだと思っていた。

    周りの空気を読む。
    みんなより頑張る。
    残業する。
    休みを取らない。
    自分の時間を犠牲にしてでも仕事をする。
    そんな人が評価されると思っていた。

    そしてそこには、
    勝ち負けの世界もあった。

    仕事ができる人。
    評価される人。
    昇格する人。
    認められる人。
    そんな人になりたかった。

    反対に、
    できない人にはなりたくなかった。
    空気が読めない人にはなりたくなかった。
    評価されない人にはなりたくなかった。
    だから周りを見ていた。
    空気を読んでいた。
    期待に応えようとしていた。
    迷惑をかけないようにしていた。

    本当は休みたい。
    本当はしんどい。
    本当は一人になりたい。
    そんな気持ちがあっても、
    見ないようにしていた。

    でも今振り返ると、
    その奥には前提があった。

    私はできない人だ。
    私は空気が読めない人だ。
    そんな前提があったのかもしれない。

    だから証明するように頑張っていた。
    できる人に見られるように。
    ちゃんとした人に見られるように。
    認められるように。

    でもどれだけ頑張っても、
    安心することはなかった。

    なぜなら、
    前提が変わっていなかったからだ。

    そして自分と向き合う中で、
    私は少しずつその前提を手放していった。

    できないところがあってもいい。
    空気が読めないことがあってもいい。
    失敗してもいい。
    ポンコツでもいい。
    全部ひっくるめて私なんだ。
    そう思えるようになっていった。

    すると不思議なことに、
    周りに合わせようと頑張らなくなった。

    その代わりに、
    私が自然にできることをやろうと思った。
    私がやりたいことをやろうと思った。
    苦手なことを無理に克服するより、
    得意なことを伸ばそうと思った。

    そして、
    休みたいときは休むようになった。
    人を頼るようになった。
    自分の時間も大切にするようになった。

    昔の私は、
    人に頼ることが苦手だった。
    頼ることは迷惑をかけることだと思っていた。
    自分でやらなければいけないと思っていた。

    でも実際に頼ってみると、
    意外なことが起きた。

    頼られた人は嬉しそうだった。
    楽しそうだった。
    感謝されることもあった。

    私はずっと、
    頼ることは迷惑をかけることだと思っていた。

    でも本当は違った。
    頼ることは、
    相手を信頼することでもあった。
    一人で頑張ることだけが頑張ることではない。

    人と協力することも、
    大切な力だった。
    最初は怖かった。
    頑張らない私は認められないと思っていたから。

    でも不思議だった。
    本音に従うようになると、
    以前より仕事がうまく回り始めた。
    余裕を持って働けるようになった。
    やりたい仕事を任せてもらえるようになった。
    昇給もした。
    認めてもらえることも増えた。

    昔の私は、
    認められるために頑張っていた。

    でも今なら思う。
    認められたから自分を大切にできたのではない。
    自分を大切にするようになったから、
    結果として認められるようになったのだと思う。

    できる私になったから楽になったのではない。

    できない私も認められるようになったから楽になったのだ。

    勝ち負けを手放したとき、
    周りと比べることをやめたとき、
    私はようやく、
    私らしく働けるようになったのだと思う。


    🪽友達の理想も変わった


    私はずっと、中学生の頃の友達を追い求めていたのかもしれない。

    転校してきた友達と出会って、
    毎日がキラキラしていた。

    学校へ行くのも楽しかった。
    昼休みに遊ぶのも楽しかった。
    恋愛の話をするのも楽しかった。
    何をしていても楽しかった。
    一緒にいるだけで笑えた。
    そんな時間だった。

    だから私は、
    ずっとそんな友達を求めていた。

    親友と呼べる存在。
    何でも話せる存在。
    いつも一緒にいる存在。

    でも中学校の終わりに、
    その友達とはすれ違いで離れてしまった。

    すごく悲しかった。
    親友だと思っていた。
    もしかしたら依存していた部分もあったのかもしれない。

    そして私はどこかで、
    またあんな関係を探し続けていた。

    でも今は、
    友達の理想が変わった。

    ずっと一緒にいることではない。
    毎日連絡を取り合うことでもない。
    無理に合わせることでもない。
    会いたいときに会えること。
    素のままでいられること。
    鎧を着なくていいこと。
    カッコつけなくていいこと。
    ポンコツな部分も見せられること。
    ブラックな感情も話せること。
    そんな関係が心地いいと思うようになった。

    そして今、
    そんな友達ができた。

    それがとてもうれしい。

    特に、
    マインドを学んだり、
    自分と向き合ったりしている人たちと話す時間は
    本当に楽しい。

    正解を探す会話ではなく、

    自分はどう感じたのか。
    本当はどうしたいのか。

    そんな話ができる。

    誰かになろうとしなくていい。

    強がらなくていい。

    そのままの自分でいられる。

    昔の私は、友達にわかってほしかった。
    埋めてほしかった。
    満たしてほしかった。

    でも今は違う。

    自分で自分を満たせるようになったからこそ、
    友達といる時間を純粋に楽しめるようになった。

    友達の形に正解はない。

    でも今の私は、
    鎧を脱いだまま笑い合える関係が、
    何より心地いいと思っている。



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    終章 これからの私


    🪽これからの私


    ここまでたくさんの遠回りをしてきた。

    認められたかった。
    嫌われたくなかった。
    期待に応えたかった。
    できる人になりたかった。
    いい母親になりたかった。
    いい娘になりたかった。
    いい妻になりたかった。
    いい会社員になりたかった。

    でも今は思う。
    全部必要な経験だった。

    苦しかったことも。
    悲しかったことも。
    失敗したことも。
    遠回りしたことも。

    全部が今の私につながっている。

    そして今の私には願いがある。
    それは、
    自分や誰かの可能性や魅力を見つけること。

    そしてその可能性を伸ばしながら、
    目標を達成していくこと。

    私は昔から、
    人に教えることが好きだった。
    誰かの成長を見ることが好きだった。
    できなかったことができるようになる瞬間が好きだった。

    それは子育てでも。
    仕事でも。
    友達との関わりでも。
    きっと同じなのだと思う。

    人にはそれぞれ魅力がある。
    可能性がある。
    でも本人が気づいていないことも多い。

    昔の私もそうだった。
    できない自分ばかり見ていた。
    足りないところばかり見ていた。

    だから私は、
    その人の中にある魅力や可能性を見つけられる人でいたい。

    その人が自分を信じられるように、
    寄り添える人でいたい。

    そして最近、
    もうひとつ感じていることがある。

    私は変われた。
    昔の私からは想像できないくらい、
    生きやすくなった。
    自分を責めることも減った。
    自分を信じられるようにもなった。

    だから思う。
    人は変われる。
    どんな人にも可能性がある。
    私がこれだけ変われたのだから、
    他の人にもその可能性があると思う。

    そう思うと、
    とてもワクワクする。

    その人が自分の魅力に気づく瞬間。
    自分を信じられるようになる瞬間。
    可能性が開いていく瞬間。

    そんな場面に立ち会えたら、
    きっと私はうれしい。

    そしてもうひとつ、
    大きく変わったことがある。
    人を信じられるようになったことだ。

    昔の私は、
    人を信じていないつもりはなかった。
    でも本当は、
    どこかで怖かったのかもしれない。
    離れていくかもしれない。
    わかってもらえないかもしれない。
    裏切られるかもしれない。
    期待したら傷つくかもしれない。
    そんな思いがあった。

    だから無意識に、
    自分で何とかしようとしていた。
    子どものことも。
    仕事のことも。
    人間関係も。
    私が頑張らなきゃと思っていた。

    でも自分と向き合う中で、
    少しずつ人を信じられるようになった。
    子どもたちには、
    子どもたちの力がある。

    夫には、
    夫の優しさや愛情がある。

    友達には、
    友達なりの思いがある。

    職場の仲間にも、
    それぞれの強みや可能性がある。

    みんな私が思っていたより、
    ずっと強かった。
    ずっと頼もしかった。

    そして人を信じられるようになったのは、
    自分を信じられるようになったからなのかもしれない。
    自分を信じられないときは、
    人のことも信じられなかった。

    でも今は、
    完璧じゃない自分も信じられる。
    ポンコツな自分も信じられる。
    ブラックな感情を持つ自分も信じられる。

    だから人のことも信じられる。
    人には可能性がある。
    私にも可能性がある。
    そう思えるようになった。

    でも同時に、
    不安もある。

    本当に私にできるのかな。
    誰かの力になれるのかな。
    そんな思いが顔を出すこともある。

    でも今は、
    その不安があってもいいと思っている。

    昔の私は、
    不安がある自分を否定していた。
    自信がない自分を隠そうとしていた。

    でも今は違う。

    ワクワクする私も私。
    不安な私も私。
    自信がある私も私。
    自信がない私も私。
    全部ひっくるめて私なんだと思う。

    だから今は、
    完璧になってから始めようとは思わない。
    自信がついてからやろうとも思わない。

    今の私のまま、
    できることをやってみたい。

    自分を信じる。
    人を信じる。
    可能性を信じる。
    それが今の私の生き方だ。

    子どもたちも。
    夫も。
    友達も。
    職場の仲間も。
    そして私自身も。
    まだまだ伸び代しかない。
    まだまだ知らない自分がいる。
    まだまだ面白くなると思う。

    だから未来が楽しみでしかない。

    あの日の私が変われたように、
    これから出会う誰かにも、
    きっと無限の可能性がある。

    私はそれを信じながら、
    これからも自分らしく人生を歩いていきたい。

     
     
    試験失敗と子どもの不登校で「私なんて…」と揺れた過去。 ヒーリングとマインドに出会い内側と向き合い始めた。 日々の気づきをアウトプット中。 同じように揺れる誰かの心に届きますように🪽

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