
解像度を上げろ――哲学が持つ光
既存のラベルがあるから
出来事には自然と
ラベルが貼られてしまう
悪い
弱い
失敗
怒り
出来事は
大きな塊のまま
そんなラベルを貼られて
流されてしまう
捨てられてしまう
ラベルを貼って流すことは
私たちが得意な儀式だから
でも
哲学の手は
それをつかむ
そして
塊を分解する
机上で難題を解くときも
わたしたちは
一度、問題を分解する
分解しなければ
解けない難題がある
そして
塊ができるまでの
ストーリーを見る
そこにあるものを
質と条件に分ける
何がその形を生んだのか
どこで詰まっているのか
どんな条件なら
質の別の状態があらわれるのか
そうやって
ひとつずつ見ていけば
塊のままラベルを貼って
捨てたりはしない
塊のまま捨てれば
その中にある価値まで
捨ててしまうから
確かに
選別は必要なことだけれども
それは
解像したあとだ
塊のまま裁かれることは
あまりにも悲しく
もったいない
質と条件を分け
何を残し
何を変え
何を手放すのかを決める
質は捨てない
その質を押しつぶす条件や
合わない配置や
機能しない方法を捨てる
既存の概念では
悪い形に見えるもの
哲学の光が
その表層で終わらせず
内側へ入っていく
条件の奥に埋もれた
質を照らし
捨てられるはずだったものの中から
美しさを取り出す
哲学の光よ
もっともっと
出来事を照らせ
それまでのストーリーを
そこに隠れた質を
その先にありうる未来を
より鮮明に
より細かく
解像度を上げろ
高く
高く
問うほどに
光は明るくなる
質を照らし
閉じ込められていた
エネルギーを解き放つ