ありがとうの作法
毎年七月が近づくと、
祖母に手を引かれて歩いた浅草のほおずき市を思い出す。
祖母は洋服を着ることもあったが、
普段は和服姿だった。
姿勢が良く、
字が綺麗で、
髪もいつもきちんと整えられていた。
そして、ふわりと甘い香りがした。
躾には厳しかったが、
私には惜しみなく愛情を注いでくれた。
優しくて、
少しチャーミングな祖母だった。
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祖母の口癖がある。
「女の子を大切に出来ない子は大成しない」
そして、もう一つ必ず付け加えて言うセリフが
「人だけじゃない。
動物も、モノも大切にしなさい。」
幼い私は不思議だった。
モノに気持ちなんてあるのだろうかと。
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けれど私は今でも、
どこかでそう信じている。
スマホが熱を持っていたら、
「疲れたね。ごめんね」
と声を掛ける。
真夏の炎天下、
車のエアコンが全力で冷たい風を送り続けてくれたら、
「暑いよね。頑張れ、頑張れ」
とハンドルを撫でる。
出張先のホテルで珍しくぐっすり眠れた朝は、
部屋を出る前に
「ありがとう」
と小さく頭を下げる。
机から本が落ちれば、
「ごめん、ごめん。
ちゃんと最後まで読むから待ってて」
と拾い上げる。
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何も知らない人が見たら、
少し変わった人に見えるかもしれない。
それでも私は、
そうしてしまう。
祖母の教えが、
今も身体のどこかに残っているからだろう。
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数年前、
イギリスへ出張した時のこと。
帰国の日、
空港で飛行機を待ちながら仲間と
コーヒーを飲んでいた。
飲み終えた私は、
いつものようにゴミ箱へカップを捨てた。
そして自然に手を合わせ、
小さく頭を下げていた
「ごちそうさまでした。
ありがとうございました。」
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ふと気配を感じて振り返る。
すると、
真後ろに小さな女の子が立っていた。
真っ赤なワンピース。
白いクマのぬいぐるみ。
青い瞳に金色の髪。
四歳か五歳くらいだったと思う。
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女の子は私を見上げながら、
首を少し傾げていた。
まるで
「今、何をしたの?」
と聞いているようだった。
私は思わず笑ってしまった。
すると女の子も笑った。
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次の瞬間、
女の子は私の真似をするように
両手を胸の前で合わせ、
ぺこりと頭を下げた。
私は驚いた。
そして同じように
もう一度お辞儀をした。
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女の子は嬉しそうに笑った。
その時、
少し離れた場所にいたお父さんが手を振った。
女の子は私に向かって
何度も何度も手を振る。
私も振り返した。
そして、
お父さんに手を引かれながら去っていった。
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仲間のところへ戻ると、
みんなニヤニヤしていた。
「ずっとあの子、
後ろで見てましたよ。」
そう言われて、
少し照れくさくなった。
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でも、
言葉も文化も違う国で、
ほんの数秒だけでも笑顔を交わせた。
あの子が不思議そうな顔から笑顔になってくれた。
それだけで十分だった。
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人を大切にすること。
動物を大切にすること。
そして、
モノにも感謝すること。
祖母から教わったその心は、
今も私の中で静かに生き続けています。
