「普通なことなんてないよ。」
以前、少し書かせていただいた友人が
見事に退院した。
良かった。本当に良かった。
入院している間も、
少しだけ連絡を取り合っていました。
きっと台風で
ゆっくり見ることができなかっただろう
横浜の夜景写真を送ったり、
十五夜には
お月様の写真を送ったりと…
その十五夜。
友人の病院食には、
月に見立てたオレンジのゼリーと、
うさぎの形をした白い寒天。
さらにメッセージカードまで添えられて
はしゃいで嬉しそうに
写真を送ってくれました。
おぉーっ凄いぞ、病院食!
病院にいても、
こうして小さな季節を感じられるのは、
なんだか良いですね。
そして昨日、無事に退院。
何よりだ。
良かった、良かった。
……と、
安心したのも束の間。
入れ替わるように、今度は私が熱発。
風邪です。
なんでやねん。
(友人からしたら、いんちき関西弁)
で言いたくなります。
元々、友人には時々、
天に選ばれし神がかった力があるのですが、
何も退院と同時に
こちらへ炸裂させなくてもいいだろうに。
そんなことを思いながら、
今日は大人しく寝ています。
まったく。元気になった途端、
これだものね。
―――
そんな友人とのやり取りを
ぼんやり思い出していたら、
ひとつ、
昔の会話を思い出しました。
ある時、私が何気なく、
「普通だよ」
と言ったことがありました。
その瞬間、
それまで優しかった友人の表情が、
スーッと真顔に変わった。
そして一言。
「普通なことなんてないよ。」
私はすぐに、
その言葉の意味に気づきました。
友人は昔、
心の病を患ったことがあります。
外へ出ることができない。
それまで出来ていたことが、
出来なくなる。
昨日まで当たり前だったことが、
当たり前ではなくなる。
「普通なんてない」
それを身をもって知った人の言葉でした。
私は謝るのではなく、
ただ、
「そうだね」
と答えました。
すると友人の表情は、
また、いつもの笑顔に戻った。
そして何事もなかったように、
会話のラリーが始まりました。
普通。
ついつい使ってしまう言葉です。
安心するために、保険のために、
私たちは「普通」と
言うのかもしれません。
でも、
そもそも普通って何なんの?
(自問自答のThinkingモードに入ります)
考えてみると、
実に曖昧な言葉です。
普通だから『正』でもない。
だからといって、
普通から外れたから『誤』でもない。
誰にだって
妙なこだわりがあって、
言えない寂しさがあって、
人には理解されない好きなものがあって、
ちょっと面倒くさいところもある。
それを全部ならしてしまったものを、
私たちは「普通」と呼んでいるのだろうか。
だとしたら、
ちょっと寂しい言葉だなぁ…
ひとつだけ、
私にも分かることがあります。
「普通」は、
正解につけられた名前ではない。
あの時、
友人が一瞬だけ見せた真顔を、
今でも覚えています。
そして、
そのあと戻ってきた笑顔も。
そんなことを、
熱を出した朝に、
ぼんやり考えていました。
……なんて、
急に考え込んでいたら、
余計に頭が痛くなってきた。
今日はもう、
大人しく寝ることにします。
友人よ。退院、おめでとう。
あの時の言葉、
今になって、また効いています。
ありがとうございます。
ただし、
熱発までこちらに渡す必要はなかったぞ!
(きっとnote見てポチッとしちゃうな…)
