今日は凄い
ここ最近、
頭は回らず、
何かを言葉や文に残す
気力が湧かなかった。
疲れているわけでもない。
色々な方の文や詩を読むのは
苦でもない。
むしろ、色々と考えたり、感じたり、
刺激をもらっている。
でも、困った。
まぁ、強制されているわけでもないし、
義務でもない。
だから、
また書きたくなったら書こうと
自分を放置しました。
フォローをしていただいている方も、
そうでない方も、
みんな色々と思い思いを綴っていて、
素晴らしい表現や世界だな、
感動するな、
なるほどなるほど、
面白いな、
わかるわかる、
と思いながら、
ただひたすら読む毎日。
良いなと思えば、
グッドボタンをポチッと。
そんな中、
自分を自分のまま差し出し、
近くで話され、
声が聞こえるような文章に出会いました。
承認欲求も、怒りも、弱さも、愛情も、
「分からない」という気持ちさえ
そのまま出す。
取り繕わないことで生まれる信頼感。
少し私とは違う温度感。
表現は難しいですが、
生々しくも可笑しく、
体温を感じる作品。
そして、とにかく率直。
だから、一気に数日で読み切りました。
読んでいて思いました。
文章って、
綺麗にまとめなくてもいいんだなと。
何かを伝えなきゃとか、
読んだ人に何かを残さなきゃとか、
そんなことを考えなくてもいい。
自分が思ったことを、
思ったまま書けばいい。
もちろん、
それが一番難しいのかもしれません。
人に見せる文章となれば、
少しくらい格好をつけたくなる。
綺麗にまとめたくもなるし、
ちょっと良いことを言って
終わりたくもなる。
私もそうです。
でも、その方の文章は違いました。
怒っているなら、怒っている。
分からないなら、
分からない。
嬉しいなら、嬉しい。
そして、
ちょっと真面目になりすぎたら
自分で自分にツッコミを入れる。
なんだか、
目の前で話を聞いているみたいでした。
上手く書こうとしているというより、
「私はこうなんです」
と、そのまま差し出されているような。
それが、とても心地よかった。
そして、ふと思いました。
ここ最近、私は
「何を書こう」と
考えすぎていたのかもしれません。
別に、
大したことを書かなくてもいい。
誰かの役に立たなくてもいい。
綺麗な着地なんて、
しなくてもいい。
今日感じたことを、
今日の自分の言葉で残せばいい。
そう思ったら、
あれだけ何も浮かばなかったのに、
こうして書いている。
今日は凄い。
私と違う表現力と温度感を持った人の文章を
読んで、
止まっていた自分の言葉が
少し動き出した。
誰かが自分のために書いた言葉が、
知らないうちに
誰かの中に小さな何かを落としていく。
そして、その何かから
また別の言葉が生まれる。
そして私の言葉や温度感が
誰かに拾われたら、
それだけで幸せです
文章って、
やっぱり面白い。
今日は凄い。
何がって?
まぁ、
こうしてまた書けたこと。
それだけで、
今日は十分です。
