
【ドキュラマ短編】☆印象的すぎる人々☆〜(悪魔的な)Rの訃報〜
Rが死んだ。まだ60代で、がんだった。彼の訃報を見て、少なからぬ人々が『まだ若かったのに』とか、『あんなに優しい人が』とコメントしていた。
あんなに優しい人?彼が!?まさか…。
私にとっては、彼は悪魔的な人だった。彼に会ったのは二十代半ば。夜の山手線の中で偶然に彼を見かけた。彼はその時三十歳前後。私は彼の著作を読んでいたので、彼の風貌を知っていた。長身で細身、軽くウェーブのかかった長めの黒髪、そして、日本人離れした彫りの深さ。それはまさにRだった。
私は勇気を出して彼に話しかけた。「あのぅ、Rさんですか?ご本、読みました。ファンなんです」「あ、そうなんだ。ありがとー!」彼は笑顔で会話を続けた。そして渋谷駅で降りる時に、自分の電話番号を書いたメモを渡してくれた。
彼との初デートはイマイチだった。緊張しておしゃれをしていたにもかかわらず、彼は牛丼屋さんでランチを食べようと言った。頭の良さは際立っていたが、突然笑い出したり、メディア活動とバンド活動、米国の大学時代の話まで、あちこち話題が飛んで破茶滅茶だった。
二回目のデートで、彼は私に元カノの話をした。アメリカ人で同窓の彼女は、彼と付き合った後、ノイローゼになり自殺未遂までいったという。彼はそれを自慢げに語った。目は爛々と輝き、口角が上がっていた。
「もう今日は帰るね」といって立ち上がると、彼は私の左の手首をガッと掴んだ。無言の十数秒が過ぎる。ドタバタと私は彼の家を出た。電車の中で腕時計を見ると止まっている。(あれ、先週電池替えたばかりなのに…)なぜか不吉な感じを覚えた。
三回目のデートは、彼の部屋だった。精一杯かわいいワンピースを着てたのに、彼はそれをさっさと脱がせてことに及んだ。はっきり言って『全く合わない』ということをお互い悟った。それと同時に、彼は私に対し「それ以上の興味」を持っていないことを知り、惨めな気持ちになった。おまけに、私はその日は生理の終わりの方で、彼のベッドのシーツを少し汚してしまった。
「ごめんなさい」と焦って謝る私に彼は冷たく言った。「弁償してもらおうかな…」。それは冗談ではなかった。彼は私を見送って行く駅前の店で、本当にシーツを買って私にそれを払わせた。
そんなこんなで、私は恐怖と嫌悪を覚えてしまい、彼との連絡を一切断った。というより、彼からも愛想をつかされたのだろう。しばらく連絡がなかった。数ヶ月後、思い出したように彼から電話が来たが、私はそれに出なかった。せめてもの「矜持」だ。
時は流れて十数年後。私は海外で夫と暮らしており、彼は日本のメディアで、知的タレントとしての地位を確立していた。ある番組に出ている彼を見て私は驚愕した。
下腹がせり出して、ヘアラインが後退し、シワも目立つ。ザ・中年おじさんだ。(これがR!?)あまりの変化に驚愕した。私はと言えば二十代の頃より体重が減り、定期的な運動のお陰で筋肉質な体を保っていた。美容皮膚科のお世話にもなっていたので、シワもシミもない。私はその時思った。(勝った!私はあの悪魔的な男に。)
そしてまた二十年が過ぎ、今回の訃報だ。SNSや掲示板のコメント欄に、人々のメッセージが載った。その全てが、「Rの知性と優しさ」について触れている。「知的」はすごくよくわかる。でも。優しい人!??
私の頭の中には、あの細くて背が高く、どぎついほど彫りの深い彼の残像がある。皮肉屋で、予想もできない行動をとる、マシンガントークの破綻気味男性…。
弔意のコメントは、殆どが「中年以降の彼」に対するもののようだ。このギャップはなんだろう。頭が混乱する。彼の三十代から四十代の十年間に何が起こったのか。病気、事故、臨死体験、身近な人の死、宗教体験、はたまたステキな女性と結婚したから!?(←これが妥当)
不思議なことだ。三十年以上前の短い付き合いの後で、完全に忘れ去ったはずの彼の記憶がありありと甦ってきた。当時の彼の部屋、牛丼屋さんの入り口、血のついたシーツ、止まってしまった腕時計、Rの酷薄な笑い。
ここで、私は頭に軽いショックを覚えた。私は…「負けたのだ」。悪魔的な知性と容姿を持つ酷薄な彼に、私はずっと囚われていたのだ。
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