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芋出し画像

䞀生忘れられないデザヌト

    コロナ犍を機に、私はホテルのアフタヌヌンティヌ巡りが趣味になった。
    季節ごずに趣向を凝らしたテヌマのスむヌツずセむボリヌを味わい、ゆったりずホテルでお茶を楜しむ時間は、私にずっお小さなご耒矎でもある。
    ホテルのアフタヌヌンティヌが奜きなのは、スむヌツだけが理由ではない。
    コヌス党䜓に流れる物語を味わうのが奜きなのだ。

    けれど、人生でいちばん忘れられないホテルのデザヌトは、ラグゞュアリヌホテルの華やかなアフタヌヌンティヌではない。
    それは、皮぀きのバナナだった。

    私は、小孊校も䞭孊校も地域の公立校に通っおいた。
    äž­å­Š3幎生の、卒業が迫った春の日のこず。
    校倖孊習の䞀環ずしお、ホテルでのテヌブルマナヌ教宀に行く機䌚があった。

    矩務教育最埌のタむミングで、瀟䌚に出おホテルで食事をする際に必芁なマナヌを知っおおくため、ずいう目的なのだず聞いた。
    クラスには、ホテルで食事なんおしたこずがないずいう生埒も結構いたようだ。

    我が家は食べるこずが倧奜きな父の圱響もあり、ホテルで食事をした経隓は既に䜕床かあったし、

    ・フォヌクずナむフは、倖偎から䜿う。
    ・スヌプは手前から向こう偎に掬っお、音を立おず静かに飲む。

    ずいったマナヌは、芪から教わっお知っおいた。
    ホテルでテヌブルマナヌ教宀だず聞いおも、特に緊匵するこずもなかった。
    むしろ、芪が教えおくれおいない、もっず専門的な難しいこずも教えおくれるのではないか、スゎいご銳走が出おくるのではないか、などず期埅に胞を膚らたせおいた。

    さお、圓日。
    蝶ネクタむをしたホテルマンの説明を聞きながら、緊匵した様子でフォヌクずナむフを握りしめお、普段より口数が少なくなりながら目の前のコヌス料理を食べるクラスメむトたち。
    そんな圌らを暪目に、私はリラックスした気分で食べ進めおいた。
    スヌプ、サラダ、パン、メむンず出おきお、いよいよ締めのデザヌトだ。

    䞀通りの食事を終え、垭に着いた時よりだいぶホテルの雰囲気にも慣れおきた、育ち盛りの䞭孊生たち。
    次はどんなデザヌトが出おくるのかずワクワクしながら、デザヌトのお皿が運ばれおくるのを興味接々で埅っおいた。

    いよいよ、デザヌトが登堎。
    ホテルマンが、恭しくお皿を眮いおいく。
    芋たこずもないようなケヌキかなぁ
    ず私の期埅倀も䞊がる。
    しかし、そこに珟れたのは、目を疑う物䜓だった。

    えっ 嘘やろ
    バナナ
    しかも皮぀き。
    ハヌフカットのバナナ。

    この日ずっず解説をしおくれおいた、蝶ネクタむをしたホテルマンが、

    「本日のデザヌトは、バナナでございたす」

    ず真顔で蚀い、フォヌクずナむフで皮を切る説明を始めた。

    「たずは、こちらに切れ目を入れたしお  」

    家でなら、3秒もあれば剥いお口に攟り蟌むものを、ホテルではフォヌクずナむフでいただくらしい。

    画像
    写真生成AIによる䜜成

    䜕なん、これ
    ホテルのデザヌトっお、もっずこう、倧きなお皿に小さなケヌキずかフルヌツ、生クリヌムなんかが少しず぀盛られおいお、ミントがちょこんず添えおあるような   。
    そういうのんずちゃうの

    悪い冗談かず思った。
    これは前座だ。
    このあず、本物のデザヌトが出おくるに違いない。

    私は本気でそう思っおいた。
    しかし、ホテルマンは埮笑を浮かべながら、

    「本日のコヌス料理は、以䞊でございたす。ありがずうございたした」

    ず蚀い攟った。

    いやいや、これで終わりなん
    ホテルのデザヌトっお、これ
    嘘やん  。

    最埌に、質問コヌナヌがあったので、私は思いきっお手を挙げた。

    「ホテルのコヌス料理のデザヌトで、バナナっおよくあるんですか
    䜕床か芪が連れお行っおくれたこずがありたすが、メロンずかアむスクリヌムずかで、今たでバナナだったこずはないので  」

    画像
    写真生成AIによる䜜成

    するず、蝶ネクタむのホテルマンは、

    「確かに、メロンやアむスクリヌムはよく䜿われたす。ただ、季節的な理由もあり、バナナは䞀幎を通しお比范的よく出回っおいる果物ですので」

    みたいなこずを答えおくれたず蚘憶しおいる。

    今なら、私は間違いなくスマホを取り出しお、バナナを撮圱しおいただろう。
    「ホテルのコヌス料理のデザヌトがこれでした」ずSNSに投皿しおいたかもしれない。
    けれど、あの頃はそんな時代ではなかった。
    あの日の皮぀きバナナは、写真には残っおいない。
    残っおいるのは、私の蚘憶だけだ。

    父は食べるこずが倧奜きだった。
    そのおかげで、私は子どもの頃からホテルのコヌス料理や、板前さんが握るお寿叞を食べる機䌚に恵たれおいた。
    だからこそ、ホテルのデザヌトずしおのバナナには、匷い違和感があった。
    「皮぀きのバナナなんお、小孊校の絊食かホテルの朝食ビュッフェ以倖で芋たこずないわ」ず。

    今だから思う。
    あの日の私は、「ホテルなのにバナナ」ず腹を立おた。
    でも、倧人になった今なら、あの違和感の理由がわかる。

    我が家は決しお裕犏ではなかった。
    それでも、食べるこずず孊ぶこずにだけは、お金を惜したなかった。
    今思えば、我が家の゚ンゲル係数は、きっず高かった。
    でも、それは単なる食費ではない。
    人生を味わうための投資だった。

    半䞖玀以䞊も生きおきた今でも、コヌス料理の最埌に皮぀きのバナナが出おきたホテルには、あの日以来、䞀床も出䌚ったこずがない。
    だから、あのテヌブルマナヌ教宀でのデザヌトのバナナが、忘れられないのだ。

    いや、本圓に忘れられなかったのは、バナナではなかった。
    限られた暮らしの䞭でも、「食べるこず」ず「孊ぶこず」にだけはお金を惜したなかった、䞡芪の䟡倀芳。
    どこにお金をかけ、どこを始末するか。
    その遞択の積み重ねが、私の味芚を育お、食べるこずを楜しむ心を育おおくれた。
    芪から子ぞ受け継がれる食育は、レシピだけではない。

    今、ホテルでアフタヌヌンティヌを楜しむたびに思う。
    私があの日、本圓に持ち垰ったのは、テヌブルマナヌではなかった。
    人生を豊かに味わうための、我が家の無圢の財産だったのだ。


     
     
    【届けたいのは未来を照らす蚀葉のご銳走】蚀葉のご瞁は “䞀語䞀笑”。食ずコミュニケヌション゚ッセむコンテスト (FC-Science Award 2024)䜳䜜入賞雚にも負けず、泥にも負けず、私は私の花を咲かせる。団塊ゞュニア䞖代未婚子なし舌がん サバむバヌ

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