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iPS細胞「基本特許」は、なぜ5年延長できたのか

20年の研究開発を、特許法はどう扱うのか
2026年9月26日整理

京都大学iPS細胞研究所(CiRA)は2026年9月24日、京都大学が保有するiPS細胞の基本特許について、特許庁への存続期間延長登録出願が認められたと発表した。登録査定謄本の受領日は9月16日、延長期間は5年、延長後の満了日は2031年12月6日である。
根拠は特許法第67条第4項である。医薬品や再生医療等製品では、安全性・有効性確認のための臨床試験や薬事審査を経なければ製造販売できない。そのため「法律上の承認待ちで特許発明を実施できなかった期間」を、5年を限度に取り戻せる。対象となる薬事処分は特許法施行令第2条で定められている。
今回の直接のきっかけは、2026年3月6日にiPS細胞由来の再生医療等製品「リハート」と「アムシェプリ」が厚生労働省から条件及び期限付き製造販売承認を受けたことである。CiRAによれば、京都大学はこれらの承認に基づき関連する基本特許の延長登録を出願した。

図4 特許の存続期間はどう延びたのか

1.何が起きたのか


CiRAの公式発表によると、今回延長対象となったiPS細胞の基本特許は、もともと2026年12月6日に存続期間満了を迎える予定だった。特許庁が延長登録出願を認めたため、5年間延長され、満了日は2031年12月6日となった。

重要なのは、単に「研究に時間がかかったから延ばした」のではない点である。法律が問題にしているのは、薬事法制上の承認を得るまで、特許権者が特許発明を事業として実施できなかった期間である。

2.法的に5年延長できる根拠

図1 今回の5年延長は「特別扱い」ではない

(1)原則は「出願から20年」
特許権の存続期間は、原則として特許出願の日から20年で満了する(特許法第67条第1項)。今回のiPS細胞基本特許群について、CiRAは基礎となる国際出願日を2006年12月6日としており、通常なら2026年12月6日が満了日となる。

(2)医薬品等には「薬事承認待ち」の救済制度がある
特許法第67条第4項は、特許発明の実施について、安全性確保等を目的とする法律上の許可・承認等を受ける必要があり、そのために特許発明を実施できなかった期間がある場合、延長登録出願により「5年を限度」として存続期間を延長できる旨を定めている。

制度趣旨は、特許庁の審査基準でも「規制法上の処分を受けるために特許発明を実施できなかった期間を回復する」ことにあると説明されている。

(3)再生医療等製品の承認も対象
特許法第67条第4項がいう「政令で定める処分」の具体例は特許法施行令第2条で定められる。特許庁の現行審査基準は、医薬品医療機器等法に基づく「医薬品、体外診断用医薬品、再生医療等製品」に係る承認・認証を対象処分として明示している。したがって、iPS細胞由来の再生医療等製品の製造販売承認は、この延長制度を利用し得る法的土台になる。

(4)延長された権利は無制限に広がるわけではない
ここは報道だけでは見えにくい重要点である。特許法第68条の2は、延長された特許権の効力を、延長の理由となった処分の対象となった「物」と、その処分で用途が特定されている場合にはその用途に関する特許発明の実施に限定している。つまり、「iPS細胞に関するあらゆる技術が一律に2031年まで独占される」という意味ではない。


図2 iPS細胞基本特許の5年延長に関係する法令

3.今回の延長を生んだ「20年」の流れ

図3 今回の延長を生んだ「20年」の流れ

4.「2006年出願」という報道は正しいか


大筋では正しいが、少し補足が必要である。CiRAは、基本特許群の「基礎となる国際出願日」が2006年12月6日であり、そこから20年間と説明している。一方、iPSアカデミアジャパンの公式沿革は「最初のiPS細胞基本特許出願は2005年に日本で行われ、その対応する国際出願が翌2006年に行われた」としている。

したがって、新聞の「06年の基本特許出願から約20年」という記述は、今回の満了日の起算となる国際出願を指す表現として理解すればよい。厳密な知財史としては、国内優先出願は2005年、PCT国際出願は2006年12月6日、と分けて書くのが正確である。

5.承認された2製品が決定的だった

2026年3月6日、厚生労働省はiPS細胞を使った再生医療等製品2品目を条件及び期限付きで承認した。リハートはクオリプス株式会社のヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シートで、標準治療で効果不十分な虚血性心筋症による重症心不全が対象。アムシェプリは住友ファーマ株式会社のラグネプロセルで、パーキンソン病を対象とする。厚労省の通知では、いずれも承認日は2026年3月6日、承認期限は7年とされている。

つまり、iPS細胞が「研究材料」から「承認された治療製品の基盤技術」へ到達したことが、同時に特許法上の延長制度を現実に作動させた。CiRAが今回の延長を「知的財産を通じてiPS細胞医療応用の社会実装を示す」と表現した理由はここにある。

6.5年延長の意味


1)基礎研究から製品化まで約20年を要する再生医療では、通常の20年特許だけでは、実際に事業化できる段階に達した時点で権利期間がほとんど残らないことがある。延長制度は、この「規制による空白期間」を調整する仕組みである。

2)京都大学のiPS特許戦略は、単純に権利を囲い込むモデルではない。CiRAは、特許を確保しつつ企業・研究機関が広く利用できる環境を守り、ライセンスを通じて活用を促す方針を掲げている。iPSアカデミアジャパンの現行公式サイトは、国内外250超の組織とライセンス契約を持つとしている。報道の「約300」は概数として近いが、公開一次資料で現在確認できる表現は「250超」である。

3)特許収入は研究基盤を支える重要な財源である。一方、報道にある「京都大学全体13億8千万円、うちCiRA10億5千万円」という2024年度数値は、今回確認できた9月24日のCiRA公式発表本文には掲載されていない。記事化に当たっては、新聞社取材による大学回答値とみられるため、「報道によれば」と帰属を明示するのが安全である。

7.注意したい3つの点
①「全てのiPS特許が5年延びた」わけではない。
今回の延長登録の対象となった基本特許についての決定であり、個々の特許・延長登録出願ごとに判断される。

②「iPS細胞技術すべてを2031年まで独占できる」わけではない。
延長期間中の効力は特許法68条の2により、延長理由となった承認処分の対象となった物・用途に対応する範囲に限定される。

③「研究開始から20年間をそのまま補償する制度」でもない。
補償対象は、法律上必要な承認等のため特許発明を実施できなかった期間であり、しかも上限は5年である。

8.まとめ

── 特許の5年延長は、iPS研究の「成熟」を示す出来事
山中伸弥教授らのiPS細胞研究は、2005~2006年の特許出願、2006年のマウスiPS細胞報告、2007年のヒトiPS細胞報告から、約20年をかけて承認製品に到達した。今回の特許期間延長は、その長い時間を単純に「研究が遅かった」と扱うのではなく、臨床試験と薬事審査という社会的に必要な規制期間を特許法が補正したものである。

そして、より象徴的なのは、特許の延長そのものよりも、延長制度を使える段階までiPS細胞医療が到達したことだろう。基礎研究の発見が、特許になり、企業へ移転され、臨床試験を経て、承認製品となる。今回の5年延長は、その「研究から社会実装へ」という一連の流れが一つの節目を迎えた証拠でもある。

一次資料・法令

  1. 京都大学iPS細胞研究所(CiRA)「iPS細胞の基本特許の存続期間延長が決定―知的財産を通じてiPS細胞医療応用の社会実装を示す―」2026年9月24日
      https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/pressrelease/news/260924-140000.html

  2. CiRA「CiRAの知的財産」―基本特許群、国際出願日2006年12月6日、代表的日本特許番号等
      https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/ip.html

  3. 特許庁「特許・実用新案審査基準 第IX部 第2章 医薬品等の特許権の存続期間の延長」
      https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/tukujitu_kijun/ht/09_0200.html

  4. e-Gov法令検索「特許法」(昭和34年法律第121号)―第67条、第68条の2
      https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121

  5. e-Gov法令検索「特許法施行令」―第2条
      https://laws.e-gov.go.jp/law/335CO0000000016

  6. 厚生労働省「承認された再生医療等製品について」2026年3月6日
      https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc9802&dataType=1&pageNo=1

  7. 厚生労働省「上野大臣会見概要」2026年3月6日―リハート、アムシェプリの承認発表
      https://www.mhlw.go.jp/stf/kaiken/daijin/0000194708_00902.html

  8. iPS Academia Japan「Company Profile / Our History」―2005年国内出願、2006年国際出願、2008年基本特許成立等
      https://www.ips-cell.net/e/about/outline/

  9. iPS Academia Japan「Our Licensees」―250超の国内外組織へのライセンス
      https://ips-cell.net/e/licensees/

注:本稿は2026年9月26日時点の公開一次資料に基づく。法令の適用範囲や個別特許の効力範囲は、特許請求の範囲、延長登録の内容、承認処分の対象等によって個別に決まるため、本稿は一般的な制度説明であり、特定案件についての法律意見ではない。

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