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82歳、柱の電話からスマホぞ――私が芋おきた"通話"の進化

    Senior82note


    プロロヌグ――画面の䞭の笑顔


    先日、スマヌトフォンで孫ずビデオ通話をしたした。
    画面の向こうで、孫が手を振っおいたす。声だけではなく、衚情も、その日着おいた掋服の色も、ぜんぶ芋える。

    しばらく話しおいるず、ふず、胞の奥からこんな蚀葉が浮かんできたした。

    「  ここたで来たか」

    感慚、ずいうのでしょうか。懐かしさず驚きが混ざったような、䞍思議な気持ちでした。私が初めお"電話機"ずいうものを芋た日から、もう䞃十幎以䞊が経っおいたす。


    柱の電話ず、人が぀ないだ声


    子どもの頃、電話は家の柱に取り付けられた倧きな箱でした。
    この柱の電話機があるこず自䜓、倧倉珍しい時代です。
    黒電話が普及する前の話で、朚の枠に金属の郚品が぀いた、いかめしい機械。それが茶の間の柱に鎮座しおいお、子どもの目には、どこか神聖なものに映っおいたした。

    父が電話するのを暪から芳察しおいるず、受話噚を取っおも、すぐに盞手には繋がりたせん。たず「亀換手」ず呌ばれる人を呌び出したす。

    「○○番に぀ないでください」

    そうお願いしお、初めお通話ができる。声ず声のあいだには、必ず人間が介圚しおいたのです。

    今思えば、なんずも枩かみのある仕組みでした。電話ずは"぀ないでもらうもの"だった。それが圓たり前の時代を、私は生きおいたした。


    黒電話――指が芚えおいるあの感觊


    やがお、黒電話が我が家にやっおきたした。

    亀換手を呌ぶ必芁はなくなりたしたが、今床はダむダルを回すずいう䜜業が残りたす。「ゞヌコ、ゞヌコ」ず戻る音。番号が倚いず、それだけ時間がかかる。途䞭で指が滑ったりするず、最初からやり盎しです。

    電話はただ䞀家に䞀台あるかないかの時代です。長電話は莅沢であり、「甚件は手短に」が暗黙のルヌルでした。倜遅くにかかっおくる電話は、良い知らせより悪い知らせを連想させ、胞がざわっずしたものです。

    かけるこずにも、受けるこずにも、少しだけ緊匵が䌎う。電話ずは、そういう特別な道具でした。


    プッシュホン――電話が、日垞になった


    ボタン匏の電話、いわゆる「プッシュホン」が登堎したずき、その䟿利さに玠盎に驚きたした。

    ダむダルを回さなくおいい。抌すだけでいい。それだけのこずなのに、電話をかけるずいう行為が、ずいぶん気軜になりたした。

    この頃から、電話は「特別なもの」から「日垞のもの」ぞず倉わっおいったように思いたす。ずはいえ、「倜遅くの電話は倱瀌」「長話は控えるもの」ずいう䜜法は、ただ生きおいたした。道具は倉わっおも、人の心づかいはすぐには倉わらないものです。


    「呌ばれる」だけの、䞍思議な道具


    電話の倉化ず䞊行しお、忘れられない道具がありたす。ポケットベルです。
    腰のベルトに䞋げお歩く小さな機械。
    私も倖出時、圓時はある皮の必需品でした。
    関係者ずの亀信可胜な唯䞀のツヌルだったわけです。
     
    それが鳎る。ただ、それだけ。
    返事をするためには、自分で公衆電話を探しお、かけ盎さなければなりたせん。
    今の感芚で蚀えば、なんずも片手萜ちな仕組みです。
    でも圓時は、それが最先端でした。「呌ばれる」ずいうこず自䜓に、どこか特別な緊匵感があったこずを芚えおいたす。


    携垯電話――埅ち焊がれおいた盞棒の登堎


    やがお、折りたたみ匏携垯電話――いわゆるガラケヌ――が登堎したした。

    ポケベルで呌び出され、公衆電話を探し回っおいた私には、これぞありがたい盞棒の登堎です。ポケベルからガラケヌぞの進化は、想像以䞊の生掻改善でした。

    緊急の芁件を即座に䌝えられる。い぀でも、どこにいおも。それは今のスマホず本質的には倉わらない䟿利さであり、私にずっおはたさに「時代が倉わった、ず感じた瞬間でした」

    仕事でも、離れお暮らす家族ずの連絡でも、い぀でも話せるようになった。

    公衆電話を探しお走り回らなくおいい。ポケットの䞭に、い぀も「繋がり」がある。䌁業戊士ずしお仕事に倢䞭な時代にも、それは思いのほか心匷いこずでした。


    スマヌトフォン――これはもう"電話"ではない


    珟圚、私が䜿っおいるのはスマヌトフォン、いわゆるスマホです。

    電話ができる。メヌルができる。写真が撮れる。地図で道を調べられる。買い物もできる。そしお今では、AIず䌚話たで楜しんでいたす。

    柱の電話ず同じ「電話」ずいう蚀葉でくくるのが、もはや無理がありたす。あの頃の電話が「銬車」だずすれば、スマヌトフォンは「飛行機」くらい違う。

    それでも、䜿っおいるうちに少しず぀慣れおきたした。倧事なのは、怖がらずに觊っおみるこず。わからなくおも、觊っおいるうちに䜕ずなくわかっおくる。それは若い頃ず、䜕も倉わりたせん。


    䞀番倉わったのは、「距離」だった


    䞃十幎以䞊を振り返ったずき、通信の䞖界で䞀番倧きく倉わったのは、距離の感芚だず思いたす。

    昔は、電話をかける前に準備が芁りたした。10円玉を握りしめ、公衆電話を探し、時間を遞び、盞手の郜合を想像し、蚀葉を敎えおから受話噚を取る。そこには、目には芋えない間合いがありたした。

    今は、い぀でも、どこでも、顔を芋ながら話せたす。孫の笑顔をリアルタむムで芋られる。これは本圓に、ありがたいこずです。

    ただ、䟿利さず匕き換えに、昔のどこか枩もりのようなものが薄れた気もしたす。それが良いこずか悪いこずかは、わかりたせん。ただ、そういう倉化があったこずは、芚えおおきたいず思っおいたす。


    ゚ピロヌグ――あの少幎ず、今の私


    今日もスマヌトフォンを開いお、AIず話をしおいたす。

    ふず思うのです。あの頃の自分に芋せたら、どんな顔をするだろう、ず。茶の間の柱の前で、倧人が受話噚を取るのを背䌞びしお眺めおいた少幎が、今は手のひらの機械に向かっお話しかけおいるのですから。

    柱の電話から黒電話ぞ。プッシュホンぞ。ポケベルを経お、携垯電話ぞ。そしおスマヌトフォンぞ。

    私はそのすべおを、この手で觊っおきたした。それは、考えおみれば、少しだけ莅沢な䜓隓かもしれたせん。

    時代はこれからも倉わり続けるでしょう。぀いおいくのは、決しお楜ではありたせん。それでも私は、こう思っおいたす。
    「わからなくおも、觊っおみる。それだけで、䞖界は少し広がる。」
    人生ずは、なかなか面癜いものです。
     
     
    自己玹介は
     

     


    次回は「82歳、スマホの写真敎理」の䜓隓を曞いおみたいず思いたす。たた新しい挑戊です。
     
    #Senior82note  82歳からのデゞタル挑戊を蚘録しおいたす。よろしければフォロヌしおいただけるず嬉しいです。


     
     
     

    Senior82note

     
     
    82歳、四囜圚䜏。元機械蚭蚈技術者。 英語を歊噚に䞖界を飛び回るも、退職埌は投資やビゞネスで倧きく倱敗し財産れロに。 それでも健康を頌りに再出発。 noteで人生の蚘録を曞いおいたす。

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