
第9章 栄華の影 第11節 奥州の独眼竜
「伊達政宗様、ご到着!」
伝令の声が本陣に響くと、陣内はにわかに慌ただしくなった。
秀吉は静かに立ち上がる。
「ほれ、行くがね。」
その一言で、居並ぶ武将たちは一斉に本陣の外へ出た。
裕継たちも秀吉の後に続く。
外へ出ると、一隊の騎馬武者が整然と並んでいた。
漆黒の甲冑に身を包んだ兵たちは微動だにせず、その姿だけで奥州武士の精強さを物語っている。
裕継は思わず息をのんだ。
「……これが、奥州の軍勢。」
その隊列の中央から、一頭の馬がゆっくりと進み出る。
馬上の武将は、全身を白装束で包み、腰には一振りの短刀だけを帯びていた。
年の頃は二十を少し過ぎたほど。
鋭い眼差しと堂々たる立ち居振る舞いは、若武者とは思えぬ風格を漂わせている。
「……あれが伊達政宗か。」
裕継は小さくつぶやいた。
隣の田北が静かにうなずく。
「あの白装束は、死を覚悟して参った証でしょう。」
「殿下のお裁き次第では、この場で腹を切る覚悟なのです。」
裕継は政宗から目を離せなかった。
やがて政宗は馬を降りる。
一歩、また一歩と秀吉の前へ歩み出ると、深くひざまずき、額が地につくほど頭を下げた。
「奥州伊達家当主、伊達政宗にございます。」
「このたびは参陣が遅れましたこと、深くお詫び申し上げます。」
その場は静まり返った。
誰一人として口を開かない。
風の音だけが静かに陣を吹き抜ける。
政宗は顔を上げない。
秀吉もまた、何も言わず政宗を見つめていた。
重苦しい沈黙が流れる。
やがて秀吉は、小さく息をついた。
「顔、上げりん。」
政宗がゆっくりと顔を上げる。
秀吉はその姿を見つめると、ふっと笑みを浮かべた。
「命まで持って来んでもええがね。」
張り詰めていた空気が、わずかに和らぐ。
しかし秀吉の表情はすぐに引き締まった。
「じゃが、次は遅れるんじゃにゃあぞ。」
「天下の戦に遅参するいうことが、どういうことか分かっとるな。」
政宗は力強く頭を下げる。
「はっ。」
「以後、このようなことは決してございませぬ。」
秀吉は満足そうにうなずいた。
「よし。」
「ならば、豊臣のために存分に働いてもらうがね。」
「ははっ!」
政宗の返答は陣中によく響いた。
その姿を見つめながら、裕継は胸の内で思う。
(若い……。)
(俺とそう歳も変わらぬ男が、奥州をほぼ平定したというのか。)
九州しか知らなかった自分には、まだ見ぬ英雄が数多くいる。
天下とは、なんと広い世界なのだろう。
裕継は改めて、この戦に加わった意味を静かに噛みしめていた。