本日のお絵描き②2026.9.9
猫ってなんでこんなに可愛らしいのでしょうか。箱座りしているときの顔回りから首回りへのふくふく感、そっと置かれている控え目な手、寝ているとき無防備にさらされるピンク色の肉球…

でもどうしてもおじさんに見えてしまう時があるんだ
子供の頃から犬派だった私は、数年前に子供が拾ってきた猫と暮らすうちに、あっさり猫派に寝返りました。狂おしくも罪深い猫の可愛さが日常のいたるところで目撃され、日々が愛おしさに溢れています。

外を見ているだけなのになんだか絵になる
餌代、猫砂代、病院代、夏のエアコン代…生活費を稼ぐように今日も今日とて我が家の猫は、昼寝中でも息子に抱き上げられ、癒しを与えてくれています。
うちの猫は拾い猫なので年齢がわかりません。先生からは歯の状態から見て、おそらく三歳か四歳かなあとのことでした。近所のゴミ捨て場で息子と出会い、息子は一目惚れして、また人懐っこい猫だったので、家の近くまでついてきたのだとか。当時小学五年生だった息子は、息せききって私に必死で「猫飼っていい⁉」と言ってきました。
捨てられたのだろうと近所の保護猫活動しているおばちゃんは言っていました。玄関に入り込んできたとも言っていたので、人慣れしていることから、もともとは飼われていたのが捨てられたのか、迷子になったのか。こんなに大人しくていい子が野良出身ではないだろう、と猫おばちゃんは言っていました。
猫おばちゃんに貰い手も探し手も見つからないことを確認したのち、うちで飼うことになりました。意外にも子供同様に乗り気だったのが夫で、なんと猫の名前を夫が決めてしまいました。そこは子供に譲ってあげるところでしょう、大人気ないなー、と笑いながら、家族全員がこの子を歓迎して迎え入れることができたのでした。
生き物を飼っていると、どうしてもヒトより寿命が短いので見送ることになります。私はそれがイヤでイヤでイヤで、猫を可愛がりながらも、あまり心許しきらないようにしていました。いざというときにダメージをくらいすぎないようにするために。
ご飯をエサと言ってみたり、ヒトと同様に扱うのではなく、あくまでペット、という立ち位置で、この子と家族は違う、と一線を置いていました。
でも所詮は無駄なあがきで…
私の行くところについてきて、膝に乗ってきて、遊んでやったら大喜びして、寝るときは私の顔によりかかってきて…もう、もう、私の子だってば…
子供達からは、「お母さんなんで猫に話しかけるときはそんなに優しくて私たちに話しかけるときと全然違うの」と言われるようになりました。
「それはね、猫は人の言葉がわからないから、声のトーンや大きさや、語り掛ける言葉を選ばないと伝わらないからだよ…」なんて言い訳しましたが、ほぼ無意識です。
我が家に迎えてから四年経ち、猫は今日もうちにいます。
少しずつ年をとってきたなと思うことも増え、私と同じ中年だね…と、より仲間意識を深めています。
お互い一年一年歳を重ねるけど、一年ごとに私の年を追い越して、私よりも先にお年寄りになって、病気もしたり、オムツしたりして、いつかは…と考えます。
記憶のなかだけじゃなくて、猫が我が家にいたことを、その時々を忘れたくなくて、残していきたくて。
特別なことがあるわけじゃないけど、日々の愛おしさを忘れないように、noteに残していきます。

猫がいる日常を描き残しておきたくなります
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