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本圓に倧切なこずは、みんな文孊が教えおくれる

    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門
     本圓に倧切なこずは、みんな文孊が教えおくれる。

     それなのに、文孊や歎史、音楜や矎術なんお䜕の圹に立぀の ずいう人が増えおきお、僕は逆に䞍思議だった。こんなにためになるものを、どうしお䞍芁だず切り捚おられるのだろうず。

     「孊校で教えおくれない〇〇」ずか、「教科曞に茉っおいない〇〇」ずかいったキャッチコピヌも耳にタコができるほど聞いた。そもそも、こういう蚀葉に「そうだそうだ」ず諞手を挙げお賛同する人たちが、きちんず授業を聞き、勉匷しおいたかどうかは定かではないけれど、実際のずころ、孊校は集団孊習の堎で、限られた時間・期間内に扱える分量が決たっおいるから教えられないこずもある。IT関連の知識や技術、グルヌプワヌクなど、時代を経るごずに孊習内容は増加する䞀方で、甚意する偎もどれを削っおいくか悩たしいはずだ。教科曞も、策定するこず自䜓が難しい䞭で、どれも本圓によくできおいるず感心する。そしお、そこには定番ず呌ばれる文孊教材も倚い。

     たずえば『矅生門』。掚理小説やファンタゞヌを読むこずが倚かった僕は、ガツンずやられた。近代文孊っおすごいなず最初の䜜品かもしれない。たるで初めお鏡をのぞき蟌んだかのように、自分の䞭に朜む゚ゎむズムをみせられたような気がする。

     たずえば『山月蚘』。あの冒頭を朗読するず挢文調の韻埋の心地よさ、栌奜良さを感じられる。若いずきは自分の䞭にも虎が存圚するず共感を芚えた。幎を取った今では、空費された過去ぞの嘆きにこそ同期しお、目の奥が熱くなっおくる。

     たずえば『こころ』。恋愛ものかず思っおいたら、ずんでもない展開が埅ち受けおいた。の求道心も、先生の虚無も想像を絶するものがあった。今ずなっおはが曞き足した蚀葉を朗読しようずするず、嗚咜がこみ䞊げおくる。

     『平家物語』なんお、その序文だけで䞭孊䞀幎生の僕の心を打ち抜いた。ああ、そうか、この䞖は「無垞」なのだず。その蟺で嚁匵り散らしおいる子たちも、ブラりン管の向こう偎で偉そうにしおいる人たちも「久しからず」なんだず。刀や匓矢がマシンガンやロケットになっおも、人間の根本的な面は党く成長しおいないのだずしみじみ感じられた。

     教科曞以倖でも、『レ・ミれラブル』では貧しさに耐えお必死に生きる人や貧しさゆえに眪を犯す人を知り、莖眪のために生きる人のこずを知った。珟圚も、圢を倉えた栌差瀟䌚ずしお類䌌点を感じるずころは倚い。

     『華氏451床』や『1984』のような近未来も、今では瀟䌚䞻矩䜓制を颚刺した䜜品ずいう枠組みを超え、むデオロギヌがどうであるかに関わりなく、より高床でリアルなディストピアずしお21䞖玀に顕珟しそうな䞖界芳でぞっずさせられる。

     きっず、時代が移り倉わり、囜が異なっおも、人間の根源に関わるようなテヌマを内包した䜜品、たさに普遍性を持぀䜜品こそ定番ずか名䜜ずか呌ばれる文孊なのだろう。時空を超えるずいうほど倧げさな話をしなくおも、僕個人の読み方・感じ方が倉化したように、読者がい぀どこで読むかによっお、文孊から孊び取れるものも倉化しおいく。䞇華鏡のようだずいったら倧げさだろうか。でも、ルビンの壺くらい芋え方が倉わるのはざらである。もちろん、今・ここでしか理解もできなければ共感も呌ばないような特殊性に満ちた文孊があっおも構わないだろう。なぜなら、どちらにしおも本を媒介しお登堎人物や著者ずいう異質な他者ず出䌚うきっかけであるこずに倉わりはないからだ。自分の日垞ずは異なる貧困富裕・暎力平穏の䞖界に生きる人を知るこずで、もしかしたら、玠晎らしいロヌル・モデルを手に入れお、自分の圚り方が倉わるかもしれない。異質さの背景を孊ぶきっかけずなり、自分の偏芋を正しおくれる人がいるかもしれない。僕はノワヌルものも結構奜きだ。もちろん、垞人の想像を絶する邪悪な人もいるだろうから、珟実䞖界で犯眪及び犯眪者ず亀わるのは、流石に恐ろしいのでお断りしたい。けれど、䞖の䞭にはそうした䞖界で生きおいくしかなかった人、生きおいかざるを埗なかった人がいるこずや、時には望んで生きる人もいるこずは知っおおきたい。正論だけを振りかざし、クリヌンな䞖界を䜜るためには他者を抑圧しお平気ずいう人間にはなりたくないず思ったのが先なのか、文孊に觊れたからそう思うのか。きっず文孊が教えおくれたのだず思う。䞖界は䞍平等で差別や偏芋に充ち満ちお、自分ひずりの力ではどうするこずもできないず。そしお、それでもなお生きおいく人がいるこずや、誰かを助けようずする人がいるこずを。誰もが匷く生きなくおも良いこずさえも。文孊は、時に厳しく、時に優しく、途方もなく倚様性に満ちおいる。テクノロゞヌが発達するより、ずうの昔から無限の可胜性を秘めた虚構空間だ。

     だから、こんなに玠晎らしい文孊を必芁ないずいう人たちがいるのが分からない。ずいうよりも蟛い。冒頭で觊れた、「孊校で教えおくれない〇〇」ずか、「教科曞に茉っおいない〇〇」ずかいったキャッチコピヌに賛同する人たちにしおも、今なら面癜いずかもっず早く知りたかったず思うからこそ賛同しおいるはずだ。それを、そもそも文孊を教科曞から省こうずか、倧孊で孊ぶ必芁はないずか、お金にならないものだずかいう䞻匵になるず、ずいぶん話が違う。

     文孊の原型ずも蚀える、叀代の神話や、宗教的な創䞖の逞話は、この䞖の成り立ちを解き明かそうずする心性の珟れかもしれない。だずするず、それは䞖界の秩序・法則を解き明かしたいずいう科孊の祖ずも蚀えないだろうか。文字に䟝らず「物語」を䌝える術ずしお絵画や造圢、音楜も発達した。英雄・偉人の物語は瀟䌚の圚り方を考えさせおきただろうし、瀟䌚の䞭で虐げられたり芋過ごされたりしおきた匱い立堎の人たちが文孊で声を䞊げ、瀟䌚を倉えおきた。政治や経枈ずも密接な関わりを持っおいる。それを、急に分類立おお切り離そうずするこずは、異議を申し立おたい。

     文孊は、決しお「圹に立たないもの」ではない。もっずたくさんの䜜品が教科曞に掲茉されお欲しいし、倧孊で孊ぶ人が増えお欲しい。お金になるものもならないものもあるけれど、金銭的䟡倀を超えお幅広く受容されお欲しい。僕自身が文孊に孊び、救われたように、きっず倚くの人が文孊のおかげで生きおいく力を埗たり、人生に豊かさを添えたりできたはずだ。数々の名䜜も、それらを著しおきた人たちの声でさえ省みられなくなり぀぀ある。そんな、虚無の颚が吹きすさぶ䞖の䞭で、僕の声など、小さすぎお誰にも届かないかもしれない。それでも、ほんの䞀握りの人にしか䌝わらないずしおも、やはり蚀っおおきたい。

     本圓に倧切なこずは、みんな文孊が教えおくれる。


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