
老いて、死ぬ。それが人間最強のカードだった。
「行く先がわからない時代が来た」
この言葉を見るたびに、既視感がある。でも今回は少し違う気がしている。
理由は単純だ。AIが、数千円で使える世界になった。
知識の価値が暴落した。「賢い」というカードが、最強の武器ではなくなった。弁護士に聞いていたことをAIに聞く。医者に相談していたことをAIに相談する。
そして 自分が何をすべきか、の行動相談まで、AIにする人が現れた。
AIが答えを出す。人間はそれに従う。
心が、少しずつ閉じていく。
これを見たとき、私はふと思った。
じゃあ人間の価値って、何なんだろう、と。
考えた末に出た答えは、拍子抜けするくらいシンプルだった。
人間の究極の価値は「老いて、死ぬ」ことだ。
AIは死なない。老いない。時間が有限ではない。
でも人間には、終わりがある。だからこそ「今日」という時間に重さがある。明日には取り返せないものがある。この有限性があるから、人間は「今を生きている」と感じられる。
AIにはできないことが、一つある。それは、限りある時間の中で、何かに賭けることだ。
では、その有限の時間で何をするか。
私が出した答えは「打席に立ち続けること」だ。
やってみたいと思ったこと。ふと舞い込んできたチャンス。大きくなくていい。完璧じゃなくていい。ただ、立つ。それだけでいい。
私はもともと、失敗が怖くて仕方ない人間だった。風呂も冷蔵庫も洗濯機もない家で育って、隣はヤクザだった。とにかく「普通」になりたかった。普通から外れることが、死ぬほど怖かった。だから失敗は、絶対に避けるものだった。
それが40代になって、変わった。
失敗を愛せるようになった、とまでは言えない。でも、失敗ごと抱えながら打席に立った経験が、今の自分をつくっていると気づいた。思い通りにならないから、面白い。その感覚が、少しずつわかってきた。
「どうやって思い通りにしているんですか?」と聞かれることがある。
正直に言う。全然、思い通りになっていない。
ただ、思い通りにしようともがきながら、打席に立ち続けているだけだ。
AIには、このもがきはできない。有限の時間も、失敗の痛みも、思い通りにならない悔しさも、持っていないから。
それが、人間にしかできないことだと思っている。
だから今日も、打席に立つ。