
【幸せの茶表紙 第6話】外伝 第零頁 斉藤 瑛太
『幸せの茶表紙』を見たことがある人は、意外と多い。
ふと気づけば本棚にあり、見れば道端に落ちていて、振り返れば物置の中にある。
けれども誰が、いつ、どうして手に入れたのか知る者はいない。
持ち主がどうなったのか、語る者もいない。
一つだけ確かなことは、茶表紙を手にした人は幸せになれるということ。
それがどんな形であっても。
『超科学部』
なんだか冗談のような名前だけど、平たく言ってしまえばオカルト研究部。
そんな怪しい部活に入ったのは、僕が元から心霊動画とか好きだったのもあるけど、なにより友達の亮介が入るって言ったからだ。
亮介とは小学校入学からの付き合いで、家は少し離れてるけどお互いに生き来するほど仲良くしてた。
中学生になってももちろん変わらず、僕らは一緒に遊び、勉強し、そして超科学部に入部した。
亮介はどちらかと言うと都市伝説の類が好きで、よく幽霊話と都市伝説とは違うと力説してたけど、正直僕にはよく分からなかった。
夏休み直前のある日、西日が傾きかけて部室に入る頃、部長がホワイトボードに何かを書き出した。
外からは少し気の早いヒグラシの声が聞こえてくる。
『夏休みの自主課題』
そう大きく書いて、部長は僕らに向き直る。
「という訳でだ、テーマや研究対象を決めて夏休みの間調べてきて欲しい。夏休みが終わったら発表してもらう。一人でも、チームを組んでもいいぞ」
夏休みの宿題が一つ増えることに僕はため息をついたけど、亮介は違ったみたいだ。
「瑛太、一緒にやらねーか? 俺さ、調べたいものがあるんだよ。ある本についてなんだ」
目をやけにキラキラさせて、亮介はそう言う。
僕としても亮介と一緒なら楽しいし、一人で考えるより楽で負担も少ない。
そう思って一緒にやることに同意した。
終業式が終わって僕らは一斉に学校を飛び出した。
中には計画性もなく、荷物を大量に抱えてえっちらおっちら歩いてる奴もいる。
「じゃあ待ってるからな!」
亮介の声に手を振って、それぞれの家に向かう。
家に着いて麦茶を一気に飲んで、カバンを放り投げる時間も惜しく自転車に飛び乗った。
真っ白な入道雲が高く高くそびえ立っている。
真夏の太陽に照り付けられた道路には逃げ水が浮かんでいた。
亮介の家について呼び鈴を押す。間を置かず二階の窓がガラッと開いて、顔をのぞかせた亮介が上がって来いと促した。
「おじゃましまーす」
靴を揃えてから二階に向かい、慣れた部屋のドアを開けた。
「よっ、来たな」
ただでさえ散らかっているその部屋は、今日はあちこちに散乱した本のせいでまるでゴミ屋敷のようだった。
「なんだよ、こんなに散らかして」
「お前が来る前に調べてたんだよ」
勝手にベッドに腰掛ける僕に何も言わず、亮介は床に置いてあった一冊の本を手に取った。
「自主課題だけどさ、これ調べたいんだ」
ずいぶん古いその本のタイトルは『怪奇の世界』。もう数十年も前に出版された本らしい。
亮介が開いたそのページには、荒い本の絵が書かれていた。
『この本には、古くから奇妙ないわくがある。手にした者には、幸福が訪れるという。しかし不思議なことに、探して見つけた者は、一人もいない。この本はただ、ふさわしい者のもとへ、ひとりでに現れると聞く。この不思議な本は、単に茶表紙と呼ばれている』
「探しても見つからない茶表紙。どうだ、課題にピッタリだろ?」
「でもさあ」
僕はその本を受け取って読みながら返す。
「見つからないならどうやって調べるんだよ。調査しようがないんじゃない?」
亮介はコーラの炭酸をブクブクさせながら言い返してきた。
「んなこと言ったらトイレの花子さんだってテケテケだって調査できないだろ」
それに、とポテチをわしづかみする。
「多分茶表紙って都市伝説なんだよ。都市伝説は怪談よりもっと元になった事件とかがあるんだ。茶表紙そのものは見つからないかも知れないけど、何が元になったのか調べるのはじゅうぶん課題っぽいだろ?」
それはそうだ。
ただ単に怪談話を発表してはしゃぐんじゃなくて、どうしてそう言い伝えられているのか調べる。
それは確かに調査って言えるだろう。
「分かった。じゃ何から始める?」
そして僕たちは茶表紙の調査を始めることにした。
それから数日後。
今日は僕の家で調査の続きをするって言っていたのに、亮介は急に風邪を引いたとか言って来なかった。
夏風邪はキツイしお見舞いにアイスでも持っていこうかって聞いたんだけど、なぜだか焦った様子で断られた。
「課題は?」
「夏休み終わるまでだから大丈夫だろ。大丈夫だよ、絶対」
微妙に歯切れが悪い。別に飽きたわけでもないだろし、亮介の声はなんとなく変だった。
「分かった。まあお大事にな」
「悪いな」
電話を切る直前、幸せに……とつぶやく亮介の声が聞こえた。
それから、僕たちの仲はなんだかおかしくなった。
亮介は僕を家に上げようとしなくなったし、僕の家に来ることもなくなった。
僕に対してなんかよそよそしくなったけど、別に嫌いになったという感じでもない。
なにか言いたくても言えないことを抱えているような、そんな様子だった。
「亮介、なんか隠してるだろ?」
ある日図書館で調査中、思い切って聞いてみると、亮介はうつむいて手を握り込んだ。
「うん、でもごめん、言えないんだ。でも終わったら言うから。悪いとは思ってる」
「茶表紙の件?」
「ごめん、それも言えないんだ」
亮介の態度がおかしくなってから、茶表紙っていう言葉さえ言わなくなった。
調査は相変わらずやってるけど、急に熱意がなくなったように見えるから、正直一目瞭然だった。
でもなんでそうなったのかは分からない。
「……分かった。待つよ。でもさ、言えるようになったら全部言ってよ?」
「約束する」
そう言って亮介は手を差し出してきた。
その手をしっかりと握り返す。
亮介約束は破らないんだ、ずっと前から。
数日後の夜。
日中に比べてだいぶ涼しい風を受けながら、僕は縁側でスイカをかじっていた。
部屋で煙を出す蚊取り線香の匂いも心地いい。
庭に種をまき散らしていると、母さんが僕を呼んだ。
「亮介君から電話よ」
明日は調査の予定だったけど、またなにかあったのかな。
「もしもし、亮介?」
「急に悪いな……瑛太。明日、その、俺……」
「また中止?」
「いや、俺もう……あの茶表紙が」
そう言った途端、あ、と小さく呟く声が聞こえて電話が切れた。
何度かけ直しても繋がらなくて、僕はなんだか恐ろしいものを感じた。
結局それが、亮介の声を聞いた最後になった。
あの夜を最後に、亮介は行方不明になったんだ。
亮介のお父さんもお母さんも泣きながら探してたし、町には警察官や消防士が溢れた。
でも、本当に煙のように亮介は消えてしまった。
夏休みが終わるまであと一週間だった。
電柱には亮介の似顔絵が貼られ、スーパーの掲示板にも同じものが貼られた。
でもあれから何年経っても、亮介の痕跡は一切見つからなかった。
茶表紙。
そう呟いた亮介の声が、いまだに僕の頭から離れない。
『幸せの茶表紙』にまた一頁が綴られた。
風が吹き、そのページがめくられていく。
様々な風景、色々な顔。一つとして同じもののない生涯が次々と流れていく。
幸せとは、訪れるもの。
今日もまた、茶表紙はどこかの誰かに出会う。