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こころからたたしいぞ――患者ず粟神科医の察話 第八章

    第八章  救枈

    侀

    粟䞀は眪の気持ちを會川に話すこずによっお、だいぶ救われた気がした。今たで自分の眪に぀いお考えおきたこずもなかった。しかし、會川に話した埌から、圌に話しえなかった眪の気持ちが湧きおこるのを感じた。
    家族ぞの気持ち。八王子に䜏む䞡芪はどうしおいるだろうか。
    もう䞡芪にも離婚しおから䜕幎も連絡をずっおいない。䞡芪ずは激しい口論があったから、連絡を取らなくなっおしたったのだ。それは、もう粟䞀には継ぐべき家庭もないし、財産分䞎を受け取るのを立川の家裁に行っお断っおくれず盎接父芪から蚀われたからだ。
    粟䞀は父芪に向かっお「このアスペ野郎」ずどなっおしたった。
     
    財産分䞎の攟棄は考えおもなかったこずだし、粟䞀に察する䞡芪の本音、぀たり粟䞀を芋捚おる気持ちが芋えすいお、圌の動揺が止たらなかったからだ。しかし、ここたで粟䞀が掻躍できるようになった基盀を䜜ったのも䞡芪である。その䞡芪に䜕もしないでいいのだろうか。䞉幎も䌚わないで連絡もしないで、消息䞍明のような状態になっおいる粟䞀には、やはり眪を犯しおいるのではないか。
     
    その気持ちは効にも向いた。兄匟は他人の䞀歩手前ず蚀うけれども、粟䞀はいったい効に優しいこずをしおあげられただろうか。倧孊受隓の時にむラむラする感情をただただ効にぶ぀けお、倧孊生になっおも特に謝りもしないでなんずなくうやむやに通り過ぎおしたっただけではないだろうか。
    そしお友人やお䞖話になった先生方、お䞖話になった䞊叞、そういった面々が粟䞀の心に浮かんでは消えおいった。
     
    「自分を蚱しおください」
    そういう気持ちが粟䞀の心の䞭には去来した。
    倕暮れの空が茜色に染たり始めた頃、粟䞀は街を歩きながら考え続けおいた。
    「䞀䜓、會川先生はどうしおるのかな」
    ふずそんな疑問が浮かんだ。
    「クリスチャンだから毎日懺悔をしおるのだろうか。そうやっお小さな眪を取り陀いお、埩掻の時を埅ち望んでいるのだろうか。俺にはよくわからない」
    だけれども、粟䞀は思った。
    「ただただ眪を告癜するだけで䜕かになるんだろうか」
    なんずなくしっくりこないものも感じ、粟䞀は少し焊り始めた。倏の陜気に照らされお、銖元がじっずりず汗ばんできた。告癜するこずで心は軜くなった。それは確かだ。でも、それだけでいいのだろうか。䜕か足りない気がする。
    「俺は䜕か行動しないずいけないのではないか。その行動ずは䞀䜓䜕だろうか」
    粟䞀の足が自然ず速くなる。心の䞭で䜕かが動き始めおいるのを感じた。
     
    「慈善家であれば、誰かを助けたりだずかそういうこずをするだろう。會川先生であれば、すでに、たずえ圌に眪があったずしおも、倚くの患者さんを治しお、慈善的な掻動をしおいるず蚀えるだろう」
    そこたで考えお、粟䞀は立ち止たった。
    「俺はただデザむンだけしおればいいんだろうか」
    その問いが、粟䞀の胞に重くのしかかった。デザむンの仕事は順調だ。クラむアントも満足しおいる。収入も安定しおいる。でも、それは誰かの圹に立っおいるのだろうか。いや、もちろんクラむアントの圹には立っおいる。でも、本圓に困っおいる人、助けを必芁ずしおいる人の圹に立っおいるだろうか。
     
    粟䞀は自宅に垰り、ベッドに暪になり、思いあぐねた。倩井を芋぀めながら、ぐるぐるず同じ思考が頭の䞭を巡る。
    「䞀䜓䜕だろう。自分にできる眪の莖いは」
    窓の倖から子䟛たちの遊ぶ声が聞こえおくる。無邪気な笑い声。粟䞀は目を閉じた。自分が子䟛の頃のこずを思い出す。䞡芪が買っおくれた画材セット。初めお絵を描いた時の喜び。効が「お兄ちゃん、すごい」ず蚀っおくれた時の誇らしさ。
     
    あの頃は玔粋だった。ただ奜きなこずをしお、誰かが喜んでくれるこずが嬉しかった。い぀から倉わっおしたったのだろう。い぀から自分のこずばかり考えるようになったのだろう。
    ふず、小さな思いが圌の心に突き刺さった。
    「俺の埗意なデザむンを䜿っお、恵たれない子䟛たちが勉匷できるような小さな玩具を䜜っおあげればいいんじゃないだろうか」
     
    粟䞀は起き䞊がった。心臓が高鳎るのを感じる。
    「それか、いくら発展途䞊囜でもパ゜コンは普及し始めおるから、AIを䜿った勉匷教材を䜜っおあげおもいいかもしれない」
    アむデアが次々ず湧いおくる。識字率の䜎い地域の子䟛たちのために、絵を䜿った教材。芖芚的に分かりやすい孊習ツヌル。蚀葉が読めなくおも、絵を芋れば理解できるような仕組み。それなら粟䞀の埗意分野だ。
     
    粟䞀は机に向かい、ノヌトを開いた。ペンを握る手が震えおいる。でもそれは䞍安からではなく、興奮からだった。スケッチを描き始める。子䟛たちの笑顔を想像しながら。
    眪の莖い。それは単に過去を悔やむこずではない。未来に向けお䜕かを生み出すこずなのかもしれない。自分が傷぀けおしたった人たちに盎接償うこずはできないかもしれない。でも、誰か別の人を助けるこずはできる。自分の才胜を、自分のためだけでなく、誰かのために䜿うこずができる。
    窓の倖では、倕焌けが深い玫色に倉わり始めおいた。粟䞀の手は止たらない。次々ずアむデアをスケッチしおいく。
     
    「これだ」
    粟䞀は小さく呟いた。これが自分にできるこずだ。完璧な償いにはならないかもしれない。でも、䞀歩ず぀前に進むこずはできる。自分の眪ず向き合いながら、同時に誰かの圹に立぀こずができる。
    粟䞀は初めお、本圓の意味での埩掻ぞの道が芋えた気がした。それは単に元の生掻に戻るこずではない。新しい自分ずしお、新しい目的を持っお生きるこずだ。
     
    気が付くず、窓の倖はすっかり暗くなっおいた。もう倜の八時を過ぎおいる。粟䞀は冷蔵庫から䜜り眮きのサラダずビヌル猶を取り出し、ダむニングテヌブルに眮いた。そしお、スヌパヌで買った豚肉の切り身をさっず野菜ずいためお簡単な野菜炒めを䜜った。倕食に炭氎化物を取らないようにしおいる粟䞀は、たずはよく冷えたビヌル猶を空けお口の䞭に流し蟌んだ。
    「あれ、痛い」
    舌の右偎にびりびりずした鋭い痛みの埌に、鈍痛が走る。ここ最近忙しくお、口内炎ができたのかもしれない。最近は歯科にも䞀幎間行っおいないから、歯のクリヌニングもしおもらった方がいいな。しばらくするず鈍痛は消えおいった。たた冷たいビヌルを流し蟌むず痛みがぶり返すのだが、粟䞀は特に気にするこずなく食事を続けた。この小さな異倉が埌に粟䞀の人生を倧きく倉えるこずになるずは、倢にも思わなかった。

    二

    「和泉さん、こんにちは」
    「こんにちは。よろしくお願いいたしたす」
    會川は穏やかに埮笑んで応じた。
    「こちらこそよろしくお願いいたしたす。先日は、色々ずお話しくださいたしたね。眪の気持ち——穎を芗くずそこには眪の気持ちがあっお、それをしっかりず芋届けおから埋めおいこうずおっしゃっおいたした」
    會川は少し間を眮いおから、静かに続けた。
    「私もクリスチャンですから、眪の気持ちはい぀も持っおいお、それを神に祈るこずで取り成しおもらうようにお願いしおいたす。たあ、ここではあんたり、あの、信仰の話はしない方がいいず思いたすけれども」
    「いえいえ先生、面癜いですよ。そんな颚に先生が話しおくださるのは嬉しいです」
    粟䞀の声には率盎な喜びが滲んでいた。
    「ありがずうございたす。皆さんがこの話を理解しおくださるわけではないんですけれどもね」
    會川は少し照れたように蚀った。
    「たあ、私の話はよしずしお、それから、和泉さんがどのようにお過ごしになったか、少し聞かせおいただけたすか」
    「もちろんです」
    粟䞀は姿勢を正した。
    「私がお話しした穎、眪の気持ちずいうのは、女性の話ばっかりしちゃっお、なんだかプレむボヌむみたいに聞こえたすけど、党然そんなこずはなくっお——」
    粟䞀は少し苊笑いを浮かべた。
    「同時に、眪の気持ちずしお、䞡芪や効や、友人や、孊校の先生や、倧孊の恩垫、そしお䌚瀟の䞊叞、そしお今仕事でお䞖話になっおいるスタッフや、仕事のお客さた、たあ、その他含めお色んな人たちに察しお眪の気持ちがあるな、傲慢になっおるずころもあったな、わがたたなずころもあったな、傷぀けおたずころもあったな、そんな颚に考えるようになったんです」
    「はい」
    會川は静かに頷いた。
    「それで、それをずっず、たたゞャヌナリングの手法で曞き連ねお、ある意味すごくすっきりしたんです。私はクリスチャンではないですけれども、なんだか神様にごめんなさい、蚱しおくださいず、蚱しを埗るような気持ちで私なりに祈ったら、少し心が晎れやかになった気持ちがしたした」
    「そうですか」
    會川の声には枩かみがあった。
    「それから、䜕かありたしたか」
    「そうですねえ」
    粟䞀は少し考え蟌むように芖線を萜ずした。
    「その時はすっきりしたんですよ。すごく良くっお。だけれども、どのくらいかなあ。ある皋床時間が経っおから、いや、ただ、謝るだけでいいのか? 気持ちだけの問題でいいのか? っおいう颚に思っお、なんだかちょっず焊りが出おきたんです」
    「ええ」
    「謝るだけで枈むんだったら、䜕もいらないじゃないか。それに心の䞭で謝っただけで本圓に他人に分かるのか。いや、もしかしたらクリスチャンである先生にずっおは謝るこずで神様は芋通しだから、それはそれで良いずおっしゃるかもしれたせんけれども——」
    粟䞀は會川の目を芋぀めた。
    「私は䜕か行動するこずでその穎を芋るだけじゃなくお埋めおみたいず思ったんです」
    「ああ、それは行動家でいらっしゃる和泉さんらしいお考えですね」
    會川は興味深そうに身を乗り出した。
    「もしよければその穎を埋める行動ずは䜕か、聞かせおいただけたすか?」
     
    「ええ。私はね、ちょっず色々ず考えたんです」粟䞀の声に熱が垯びおきた。
    「䟋えば地震が起こったらすぐにボランティアで掻躍する人っおいるじゃないですか。もうたるで手匁圓でその地震のあった所に行っお、灜害にあった人たちを助けたり、力仕事やったりする。そういうのも玠晎らしいなず思うんですけど、私はもうちょっず自分の仕事の胜力を掻かしお穎埋めをしたいなず思っおるんです」
    「はあ、なるほど」
    「具䜓的にはですね、私がデザむンが奜きなので、そのデザむンを䜿っお、䟋えば恵たれない囜の子䟛たちが良い教育を受ける機䌚を提䟛したいなず思うんです」
    「具䜓的にはどんな感じですか?」
    會川は真剣な衚情で尋ねた。
    「具䜓的にはですね、䜕か簡単な玩具を䜜っおあげお、算数の抂念ですずか、その囜の蚀葉の抂念を簡単に習埗できるような、楜しいゲヌム教材を䜜っおもいいかなず思っおたす」
    粟䞀は蚀葉を続けた。
    「あず最近は貧しい囜ずいっおも、教宀に1台くらいパ゜コンは普及しおたすから、AIの力を䜿っお、そこにその囜の怜定教科曞を党郚入れお、そこから子䟛たち同士が議論をしお、その議論をもずに䜕かAIで議論を進める教材を䜜っおみおもいいんじゃないかなず思うんです。やっぱり子䟛の勉匷っおアりトプットしお人に知らせる、そしおその人から良い意味で批刀を受けお、たた自分の考えを深めるっおいうこずっお絶察あるじゃないですか」
    「ああ、さすが和泉さんですね」
    會川は感心したように蚀った。
    「いやいや。ただの思い぀きなんですけどね」
    粟䞀は謙遜したが、その目は茝いおいた。
    「でも、できなくはないなっお。今は事業にも少しず぀䜙裕ができおきお、無償でそういうものを䜜っおもいいず思いたすし。䟋えばWikipediaみたいに無償でオヌプンしお、そこからどんどん改良しおもらう。た、Wikipediaはずきどきドネヌションを募りたすけどね。でも、そういうビゞネススタむルも1぀の眪滅がしの衚珟ずしお悪くはないんじゃないかなヌなんお思っおたす」
    「それは玠晎らしいアむディアですね」
    「ありがずうございたす」
    粟䞀は少し照れくさそうに笑った。
     
    「いやヌ、でもこういうのっおやっぱり経営者よがりの考え方で、もっず本圓は眪滅がしずしおはカトリックの修道院みたいなずころに入っお、頭を䞞めお、隠棲の生掻をしたほうがいいんですかね。ははははは」
    「いえいえ。そんなずころたではしなくおいいんじゃないでしょうか」
    會川は優しく銖を振った。
    「䞀番倧切なのは和泉さんに眪の気持ちを自芚しお、それを玠盎に謝り、助けを求め、そしお自分で䜕ができるかを考え、行動しようず思っおらっしゃる、今この時点が䞀番倧切なんだず思いたすよ」
    「そうですか。わかりたした。どうもありがずうございたす」
    會川は少し間を眮いおから尋ねた。
    「ちなみに最近、和泉さん、眠れおらっしゃいたすか?」
    「ええ。もうい぀も仕事12時間以䞊しおたすから、疲れおバタンキュヌですよ」
    「そうだずいいんですが」
    會川は少し心配そうに粟䞀を芋぀めた。
    「最近なんか和泉さん、疲れおらっしゃるように芋えおね。たあ、もし眠れないんだったら眠剀でも出しおおこうず思ったんですが。䜓にはくれぐれもご泚意なさっおくださいね」
    「ありがずうございたす。先生もたくさん患者さんを芋おらっしゃるから、お䜓に気を぀けおください」
    「ありがずうございたす。じゃあ、この蟺で」
    「はい」
    「たた再来週にしたしょうか」
    「いえ、先生」
    粟䞀は少し申し蚳なさそうに蚀った。
    「ちょっず仕事の方でね、忙しくなっお。あず、私の気持ちもおかげさたでだいぶ萜ち着いおきたしたから。1ヶ月埌の予玄にさせおいただいおもいいですか?」
    「ああ、そうですか。特に薬も出しおたせんから構いたせんよ」
    「ありがずうございたす。それでは1ヶ月埌の同じ曜日の同じ時間、空いおらっしゃったらお願いしたす」
    「ちょっずお埅ちくださいね」
    會川はPCを確認した。
    「はい、倧䞈倫です。じゃあ、こちらで予玄入れおおきたす」
    「ありがずうございたす」
    「どうぞお倧事にしおください」
    「ありがずうございたした。たた来月」
    粟䞀は立ち䞊がり、深く䞀瀌しおから蚺察宀を埌にした。

     
     

    JJ

     
     
    奜きな聖句 「わたしは埩掻であり、呜である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きおいおわたしを信じる者はだれも、決しお死ぬこずはない。」 (ペハネ11:25-26)

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