
2046年。亡くなった祖母が導いた本屋たち。#33 (完結)
エピローグ
丁寧に読み進めた句集をゆっくりとテーブルに置く。
最後のページに、フワフワとしたカーテンの影が映りこんだ。
「ばあちゃん、読み終えたよ……」
窓を開けると、さわやかな風が句集のページがひらひらと巻き戻す。
ん……ちょっと待てよ。
不意に頭の中にぼんやりとしたイメージがよぎる。
これって……
何かははっきりとわからない。
だが、妙な胸騒ぎに混じった懐かしさをおぼえ、居ても立っても居られなくなった。
急いで着替えていると、母に声を掛けられる。
「たっちゃん、どこか行くの?」
「ちょ、ちょっと下の公園に行ってくるわ」
「ん!? 何しに行くの? 句集も手紙も持っちゃって……変なの」
「いいだろ、散歩だよ。散歩……向こうに戻る前に」
「あらそう。じゃあ、いってらっしゃい」
「ああ」
廊下に飛び出して、急いで螺旋階段を降りていく。
眼下に広がる景色が徐々に近づいてくる。
道路を渡り公園の入口に立つと、子供たちはそこらじゅうを走り回っている。うるさいくらい元気な声だ。
微笑ましい光景を横目に見ながら、ある場所へと吸い寄せられるように歩いていった。
その時目にした光景に、頭の中のイメージが少しずつ輪郭を現してくる。
砂場では幼い男の子がペタペタと砂山を叩いて固めている。
その横でしゃがみこんだ母親が、笑顔で何かを話しながら小さなスコップで砂を掘っているところだった。
時折吹く柔らかな風が、砂場のひさしに絡みついた紫色の花をゆらゆらと揺らす。
近くには、大きな木の影となったベンチがある。そこにちょこんと座った高齢の女性がにっこりしながら、帳面に何かを書いていた。
俺は何かに駆り立てられるように、封筒から手紙を取り出す。
勢いよく出すと、小さなメモ紙もポロっと出てきて、足元に落ちた。
「あっ……」
風で飛ばされぬように、急いで紙を捕まえた。
少し皺のついてしまった二つ折りの紙をゆっくりと広げた。
母と子の砂場に藤の影揺るる
リカと仲良くね。ばあちゃんより。
ば、ばあちゃん……
紙を握りしめる手に力が入る。
顔を上げてベンチのほうを見てみると、いつの間にか女性はいなくなっていた。
「できたよ! お母さん! 見てみて!」
「あらあら。よくできたね。汗もいっぱいかいちゃって……」
母親が男の子の顔をタオルで丁寧に拭きあげる。
こぼれた満面の笑みを藤の花が優しく見おろしていた。
(おわり)
