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やさしい王子様

    ある国に、美しい王子様がいました。

    下々の者にも春の花びらのように微笑みかけてくれる
    とても優しい王子様でした。

    書庫の本をよく読む賢い王子様でもありましたので
    自分が人々にどう思われるのかも
    ちゃんとわかっていました。

    しかし
    給仕係の太った女だけは違いました。

    他のもののほめてくる対象が
    王子様の美しさや賢さなのに対して
    この女は、王子様が人参を残さず食べたことや
    スープの豆を一粒も残さず食べたことにたいして
    ほめてくるのです。
    王子様がサラダの葉を残した時は
    「なんで、残すんだ」と注意さえしてくる始末でした。

    王子様は女の失礼も
    笑顔こそはつくれなかったものの
    ちゃんと許してあげました。
    でも、少しだけ、睨んでしまったかもしれません。
    それさえも、この太った女は「おお怖い」と
    ニヤニヤした笑顔でかえしてくるのでした。

    ところが、ある日を境に女の姿を見なくなりました。
    おつきの者の会話に耳を立てると
    子供を産むために家に帰っているらしいということが
    分かりました。

    女の家はわかっています。
    王様の狩りにつきあい、遠出をしたその日の夕に
    「湖のそばの、三角の赤い屋根のとこが、私の家だ」
    と、聞きもしないのに語りかけてきたことがあったのです。

    このような無駄話を王子様はしっかり覚えていました。
    お城の南側、バラ園の壁に穴が開いていることも知っています。
    馬番が、しょっちゅう昼寝をして、さぼっていることも。

    青いお空のもと
    村の一本道を仔馬にまたがり走らせていると
    次第に湖畔、そして赤い三角屋根の女の家が見えてきました。

    女の家は大きくはありませんでした。
    庭には様々な植物が植えられていましたが
    どれもお城のお庭では、あまり見ないようなものばかりでした。

    女のふっくらした丸い指のような葉っぱが
    そよ風になびいています。
    つやつやとした元気そうな葉っぱでしたが
    指でつまめば、簡単につぶれてしまいそうでした。
    花弁がぷっくりとふくらんだ
    赤く丸い花もありました。
    王子様は、女の大きく膨らんだスカートを思い出しました。

    いくつかのドアを開け奥に進むと
    湖が見える気持ちの良い部屋で
    給仕係の女と会うことができました。
    さすがに女は、驚いた様子でした。

    王子様はベッドに近づきました。
    「王子様、赤ん坊を見に来たのか」
    女は赤ん坊を抱えて、ベッドに半身を起こしていました。
    王子様が絵画以外で赤ん坊を見るのは
    これが初めてのことでした。

    赤ん坊は小さく、皺が多く
    体をぐねぐねとさせています。
    「可愛いでしょう」
    女は白いカスのようなものがついた赤ん坊の頬に
    自分の唇を当て、言いました。
    赤ん坊も、女の胸に顔をすりよせ、甘えました。

    王子様の心に、むくむくと
    黒い雲のようなものがわきあがりました。
    その雲にぎゅーっと押し出されるように
    「まるで豚のようじゃないか」
    と言ってしまいました。

    この家に来てから、初めてのことが多すぎると思いました。

    女は、一瞬、あっけにとられました。
    しかし、すぐに歯が見えるほどの大笑いをして
    「そりゃ、私の産んだ子供ですからねえ
     王子様みたいな、綺麗な子供にゃなりませんよ。
     きっと、頭だって良くないでしょうよ。
     なんてったって、私の子供ですからね!」
    と言い、赤ん坊のおでこに口づけをしました。
    「それでも、そんなに可愛がるのか」
    と聞く王子様に
    「そりゃあもう、可愛くて可愛くて仕方がありませんよ!」
    と言って、幸せそうに笑うのでした。

    帰り道、仔馬に乗りながら王子様は考えました。

    赤ん坊はどうみても可愛くなかった。
    多分、成長したところで、美しくもならないだろう。
    その辺の石ころのようなものだ。
    女が言うように、頭だってきっと良くはならない。
    私のようには、決してなれない。
    でも、なぜだろう。
    胸の中の黒い雲が、消えてくれない。

    お城では王子様の姿が見えず
    大騒ぎとなっていました。
    「隠れ鬼をしていたのに、誰も見つけてくれなかった」
    口をとがらせて王子様が言うと
    皆は安心して、それぞれの場所へと帰っていきました。

    しばらくして、女が城に戻ってきましたが
    王子様が豆を一粒残さず食べても
    前ほどには喜んでくれませんでした。
    サラダの葉っぱを残しても
    何も言われないこともありました。
    女の心臓に
    赤ん坊が入り込んでしまったのです。

    王子様のなかに、湖畔の女の家に咲いていた
    赤い花が思い浮かぶようになりました。

    お部屋の花瓶には飾れないお花でした。





     
     

    前鳥

     
     
    短編の創作を書いています。 日常の雑記も書きます。 軽度のグルテン不耐症です。

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