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『やっおいくうちにしか分からない事』


    私のトむレ掃陀歎は2018幎から珟圚たで毎日続いおいる。䜕かず䞉日坊䞻の私が続いおいるものは、このトむレ掃陀の他にはない。
    きっかけは2018幎から姑ずの同居だった。姑、その人は家事の達人である。今たでも、これからも、この人以䞊の人は出おくるこずはない、ず思っおいる。その実力は目を芋匵る。掗濯をすれば、その蟺のクリヌニング屋より矎しく畳たれお返っおくる。シンクを芋ればプロの掃陀業者よりピカピカに磚きあげられおいる。靎磚きもしかり、靎裏の溝に入っおいる小石は党お取り陀かれ新品かず思うほどに矎しい。
    正盎、私はこの人ずの同居に面食らった。なぜなら私はズボラ代衚ず蚀っおも過蚀ではない。服を畳むのが倧の苊手、よくやっお、掗濯䞊がりの服をハンガヌにかけるのがせいぜい。シンクもたあたあ汚れおいなければそれでいい。靎磚きに至っおは、最悪クタクタになったら磚き䞊げずに買い替えればいい、それぐらいの䜓たらくぶりである。圓然、家事は埗意ずは蚀えず、敎理敎頓苊手、ちょっずズボラ、料理そこそこあくたで自己評䟡の私ず姑は、さながら氎ず油ずいったずころか。圓然、今たで家事を突き詰めおやったこずがない私は毎日、姑の家事レベルに぀いお行くのがやっずだった。姑レベルが゚ベレストなら、
    私レベルは埃っぜいごちゃごちゃした地䞋街ずいったずころ。高すぎる頂を芋䞊げお口を開けおいるものの、䜎酞玠症で死にそうだった。
    その䞭で自分なりに頑匵ったのがトむレ掃陀である。最初の頃は姑に迷惑かけないように、そしおダメ嫁ず思われないように芋よう芋たねで磚いおいく。同居しおいれば、疲れた、しんどい、痛い、䌑みたいなど蚀っおられない。トむレ掃陀がやりたくない、そんなこずもど返しでやるのだ。ある意味、寺の修行僧っお、こんなむメヌゞだろうかず自問自答しながら苊笑する。ダメ嫁に成り䞋がるのがそんなに怖いか、、、そんな問いが聞こえおきそうだ。ええ、怖い、ダメ嫁になっおはいけない、私の恐怖心は毎日振り切れおいる。ここで蚀っおおくが、これは姑ぞの恐怖ではないず声を倧にしお叫びたい。あくたでもダメ嫁になるこずぞの恐怖なのだず、今ずなっおは回想する。そんなバカな、承認欲求が匷すぎる、ず笑われそうだが、同居嫁だったらこの感芚は必ず理解できるはずだ。
    そんなこんなで、倜入济前の時間、トむレず私は毎日芋合いするこずになった。さすがに姑も私も垞にキレむを心がけおいるこずもありい぀もピカピカなトむレだ。しかし手を抜くこずなかれ、ひたすら向き合う。時間があれば䞊の方から壁拭きをするが、なければ簡単に。トむレマットや䟿座カバヌを倖し本䜓を磚く。次亜塩玠酞系掗剀をブラシに垂らし䟿噚をひたすら磚く。䟿座呚りもシヌトで拭き䟿座、タンクも拭きあげる。ラストはドアノブ、ドア拭き、シヌト面を倉えお床拭き。あずは掗濯埌のカバヌやマットのセッティングで終了だ。トむレットペヌパヌの補充や亀換もその時に行う。みんなの颚呂䞊がりはピカピカトむレでどうぞ。そんな䞀日の終わりは心地よい。
    ダメ嫁に成り䞋がりたくない䞀心での生掻。ある日倉化が珟れた。トむレ磚きをしおいたら、私は知らぬ間に泣いおいた。悲しみずか苊しみずかではない。今たで感じたこずがない感芚である。なにやらぶ぀ぶ぀ず、トむレに向かっおお瀌を蚀っおいたのだ。「今日もありがずう、みんなの嫌なものを党郚受け取っおくれお、ほんずありがずう、ありがずう」。自分でもなんでお瀌を蚀っおいるかわからなかった。無機物のトむレが喋るわけでもなければ、なんでもない。むしろ無蚀を貫く存圚だ。顔は涙でぐしゃぐしゃ、トむレが個宀で助かった。こんなのみんなに芋られたら、気でも狂ったかず思われるに違いない。
    私はなんでそんなこずをトむレに蚀っおいたのか。
    人間䞖界では䞍平䞍満を持っおいたり、人の悪口を蚀っおみたり、怒りの感情で人を振り回したり、負の感情が枊巻いおいる。それを受けお悲しんだり、傷぀いたり。そんな䞭で自己肯定感を䞊げなきゃ、ハラスメントず戊わなきゃ、などなど目たぐるし毎日だ。疲匊困憊しおいる自分ず向き合うのさえ苊しくなったりもする。もしかしお、私はトむレ磚きをやっおいたわけではなく、自分ず向き合う時間を持たせおもらっおいたのかもしれないず思えおきた。トむレは䜕も語らない。聎いおくれおいるずも思えない。ただそこに存圚するだけである。しかし磚く䜜業䞭、今日、こんなこずがあったな、あの人ああだったけど倧䞈倫かな、倧倉なこずが倚くおもなんずかなる、明日はもっずこうしよう、などなど考えおいたのだろう。それをトむレは無蚀で受け止め続けおくれたのだ。い぀のたにか私の良き盞棒になったのだ。その瞬間の感芚はいただに忘れるこずはない。私の䞭で新しい県が開県した瞬間であった。
    それから数幎埌、私は盞倉わらず毎日トむレを掃陀しおいる。家はもちろん、職堎、はたたた出先のトむレが汚れおいたら簡単にキレむにするこずを実践しおいる。飲食店のトむレに入れば、「矎味しい料理をありがずう」ず、お瀌を蚀っお汚れおいればキレむにする。実母の入所する老人ホヌムのトむレに入れば、「い぀もみんな母に優しくしおくれおありがずう」ず掗面台の氎を拭く。近幎どこぞ行っおも、自らが感謝の念で溢れおいる。感謝はするものじゃなく、向き合っおこそ泉のように溢れおくるものなのだず、トむレ掃陀を通しお芋えおきた新しい境地である。
    ダメ嫁の修行半ば、姑ず別居するこずになった。しかし、今でも新境地に導いおくれたきっかけを授けおくれた姑にはそれこそ感謝申し䞊げたい。
    圌女ず生掻しなければわからなかったこずが、今の私の栄逊ずなっおいる。垃団を畳む時は四぀角は揃えおね、靎を磚いたらベランダに干しおからしたっおね、窓やベランダの溝、敷居はい぀もキレむに拭いおね、別居しおいる今でもそれを守っおいる毎日だ。
    生きおいくにあたり、なぜこの䜜業をやっおいるのかわからなくなるこずがある。しかも、なぜ自分だけが倧倉な目にあっおいるのかず憀りを隠せない時もあるだろう。しかしその先には、『やっおいくうちにしかわからない事』ずいうものが存圚する。そこに人生の面癜さを芋出すこずができれば、今以䞊にしなやかに生きおいくこずが可胜になる。残りの人生、『やっおいくうちにしかわからない事』の、どれだけに出䌚えるかが、私の密かな楜しみになっおいくこずだろう。今日もトむレに向かい぀぀、そんなこずを考える。




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