
耳鳴り潰し386(娘への絵依頼、生活の中に入り込んできた「ある魔女が死ぬまで」の一場面)
息子のお気に入りのズボンが、お気に入りゆえのヘビーローテーションゆえに穴がたくさん空くなどしているので西松屋へ。夏向けの服も去年のサイズではもう厳しくなってきている。服を見ている間娘は幼児向けのおもちゃを視察しながら「うち小さい頃プリキュアの可愛い人形欲しかったんよな」と呟いていた。中学一年生ながら、大人っぽい服装をしていたその日の娘は、どちらかというママさんたち側の方に見えた。
西松屋の近くの川で、大量のこいのぼりをあげるイベントをやっていたので立ち寄った。出店があるわけでもないが、浅い川に入って水遊びをしている人たちもいて、大勢で賑わっていた。
「昔来たこと覚えてる?」
「なんとなく」
近くの岩の上で息子のおむつを変えた気がする。
詩誌「詩と思想」の投稿欄に初めて掲載された詩「死滅回遊魚」の中にも出てくるイベントだ。
真下から見上げた大量のこいのぼりは、風が収まると死体のようにぶら下がっていた。
その後久しぶりの外食。近くの公園をぶらぶら。特に大がかりなイベントに行くとか旅行するとかではなくて、ちょっとした用事のついでの何気ない時間が愛おしく感じる。小さい頃、家族旅行やらイベントへのお出かけやらを全て義務感でこなしていた。
公園の中央にある大きな木を見て、娘が「『ある魔女が死ぬまで』に出てきた木みたい」と言った。生活の中に、かつての創作仲間である坂先生原作のアニメが入り込んできた瞬間だった。緑の苔に覆われた樹皮に触れると、激しい静電気にやられた。
「触るな、ってことじゃないの? 『ここから立ち去れ』みたいな」と妻に突っ込まれた。
娘に絵を依頼する。同じ構図の絵が多くなっているし、絵の幅を増やしてもらうために以前から考えていた。私の方でAIで作成したイラスト+英語教材風AIイラストネタから一枚混ぜたものを娘にLINEで送り、好きな一枚を選んで描いてもらう。そのまま模写する必要はなく、それを題材にする感じで、と伝える。動物の絵を描いてほしいなと思ったので、マウンテンゴリラ、サーモン寿司を食べるクマ、夕焼けの風景、「このペンは私のパンです」を送る。「どれにしようかな」の結果選ばれたのは夕焼けの風景だった。
「何これ?」と受けていた「このペンは私のパンです」。

夕焼け風景画。元のAI生成イラスト。

↓娘の描いた絵。

元の絵と同じ構図ではない。制作背景を訊いたところ
「言葉にするとうまく言えないけれど、どの色にしようかな、て『どれにしようかな』で緑を選んで、それからAIっぽくならないように、と意識して」とのこと。
私からの依頼は全然構わない、これからもこの形で送ってきて、とのこと。娘の言葉を聞いて、「AIイラストに感じる物足りなさ、魅力の不足」を娘も体感していることがわかった。親のひいき目かもしれないが、AIイラストにはない「魅力」が娘の絵にはあると感じてもいる。
軽度の知的障害のある娘は、将来一般的な仕事で生活していくのは難しい可能性がある。娘の「好きなこと」「やりたいこと」が一致している今、できる限りの後押しとサポートをしていくつもりである。中学校の授業についていけていない娘に、自信を与えるためにも。
スケッチブックの裏表紙の、ざらざらとした厚紙に描いていた。普通の紙よりそういったものの方が描きやすいとのこと。
生成画像付き短歌集(271~280)。最近の周辺の様子。帰ってきたドクロちゃん。
英語教材風AIイラストネタ。



今日の一枚「夕焼けの風景を描く女性」
