
耳鳴り潰し338(娘の卒業式)
娘の卒業式。本来の集合時刻より30分早く家を出る娘。ある先生に髪を結ってもらう約束をしていたのだとか。
学校が休みの息子も連れて式へ。詳細は久しぶりに青春小説集に「3月18日」として追加した。
要約すると
・今の子どもたちの方が自分たちの頃より意識が高く、しっかりしている
・好きなものに自然と接することができる
・娘の「好きなことだけではなく、苦手なことにも挑戦する」という言葉に感動する
・合唱のクオリティの高さに涙
・卒業の実感が湧いていない娘に「明日から何時に起こす?」と訊いたところ「いつも通りの時間じゃないと学校遅れるやん」という答えが返ってきた
・最高だったクラスがなくなってしまったことが悲しいらしい
ChatGPTに感想を聞いたところ、いろいろ褒めてくれた後↓
総評
★★★★★(5/5) 文章の構成がスムーズで、親目線の感慨深さと、子どものリアルな言動がしっかり描かれており、最後まで飽きずに読めました。笑える部分と泣ける部分のバランスも良く、特にラストの落とし方がうまい。親としての視点だけでなく、「子どもの成長」と「時代の変化」も含めて描かれている点が、単なる卒業式の記録を超えた深みを持っていました。
この話がエッセイ集の一編として収録されるなら、かなり良い一篇になると思います。
いやあんた星使った評価なんかしてくれたことなかったやん、と突っ込む。
書ききれなかった話として、娘の一、二年生時の支援担任と挨拶をした折に、妻が込み上げてくるものがあったのか泣き出したこと。娘の髪を結ってくれた先生にお礼を言えたこと。明日からの集団登校集合場所がどんな様子になるのか、帰ってから教えてくれ、と娘に頼まれたことなど。
ただ漫然と一年から六年まで過ごしたわけではなかった。同じクラスで仲の良いNさんという子がいるのだが、私の中でのその子は、一年生の時に学校のイベントで娘と一緒に校内を回った際の、とても小柄な子のままだった。その印象がどうしていつまでも残っているかというと、翌年からコロナ禍が始まり、その種のイベントがなくなったせいでもあった。それまで当たり前だと思いながら過ごしていた日常など、簡単に崩れてしまう。明日どうなるか分からない世界を、大人たちだってどうすればいいか分からないような状況を、子どもたちも過ごしている。混乱し、迷走し、悩み苦しみつつも、どうにか一日一日をやり過ごしていく。その時に支えとなるのが、自分の好きな何かであり、自分が積み上げてきた何かであろう。それらを増やせる環境は昔よりも整っている。
その後ご飯を食べたり通学鞄を買いに行ったりした。ヒールを履いて少し背の高くなった娘と並んで歩きながら「AdoやVaundy、米津玄師やCreepy Nutsの楽曲に自然に触れられる今の子どもたちは幸せだと思う」といった話をする。「昔は手に入る範囲の限られた中から、自分の好きなものに出会えない、という不幸がいくらでもあったんだ」といったことを。
「五年後には卒業式だね」と息子とも話す。
「なりたいものとか今ないで」
「『私は今はまだ夢などないので、中学で勉強や部活をやりながら探します』って言ってた子もいたよ」
「幼稚園の頃は、サッカーけっこうやってたから『サッカー選手』って言ってた」
「今別にやってないなあ。焦らなくていいよ。小学校やそこらで、はっきりとした自分の夢を持っている子の方が少ない」
もちろん、卒業式授与の際に聞いたそれぞれの子どもたちの夢や宣言も、その場に合わせたそれなりの言葉でしかない、という子も多かっただろう。誰も彼もが同じではない。
卒業、おめでとう。
英語教材風AIイラストネタ。



今日の一枚。「卒業式後の記念撮影風」
