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Photo bydorobe56

「影武者彫 木阿弥」#2「筒井順慶 島左近」

    #1
    あらすじ

     戦国時代の奈良の武将、筒井順慶の父、筒井順昭は自らの死を一年間秘匿するため、自身に似た木阿弥という僧を影武者として立てた。順昭の死が公開されると、木阿弥は元の僧に戻った。これが「元の木阿弥」という故事である。しかし実際の木阿弥は元僧侶の彫師であり、彫った木像が真に迫り過ぎて命を宿してしまうほどの腕前だった。順昭の影武者も彼が彫った木像である。時は戦国時代、影武者を必要とする有力者たちに、木阿弥は翻弄されていく。

    第二話「筒井順慶 島左近」

     筒井順昭は晩年、僅かな供を連れて突然比叡山へと登った。生まれたばかりの息子順慶を置いて。死期を悟っての乱心とも取れるが、実際は彫師木阿弥を伴っての、影武者作りのためであった。彫った物が動き出すのを気味悪がった興福寺からの依頼も兼ねていたが、順昭の目論見では比叡山の方が目的を達しやすかったためとも見られる。死者と生者の、命あるものとないものと、動くものと動かないものの境目が、現代よりもずっと曖昧だったのが、当時の比叡山であった。

    「儂はもう長くない。息子はまだ生まれたばかりなのだが、このような病では、父親として接することもできそうにない。木阿弥、お前が儂の像を彫りあげてくれないか。ずっととは言わぬ、一年だけでいい。我が子に父親と接した記憶を持たせてはくれぬか。儂の死後の影武者を彫ってはくれないか」
     木阿弥の彫るものは姿形を似せれば、数時間は生きて動くことができた。それを一年に延ばせという。無茶な話ではあったが、だからこそ木阿弥はやりがいも感じた。人の命は限られている。偽物の命であれば、繰り返せば人一人分くらいにはなるかもしれない。
    「木や鑿を賜らば、いくらでも」
     興福寺では疎まれ恐れられた木阿弥に、価値を見出して「彫り続けよ」と命じてくれる人がいる。木阿弥にはそのことだけで、生きる理由を与えられた気がした。順昭の瞳の輝きを、髪の一本一本を、皺の一つ一つを丹念に木阿弥は刻み続けた。始めは影武者の命は一日ももたなかった。しかし彫りを深めるごとに、回数を重ねるごとに、命は延びた。話す言葉も、こなせる動作も増えていった。順昭の命がついに尽きる頃には、順昭そのものの木彫りの影武者が、滞りなく立派な一大名として振る舞えるようになっていた。

    「これで思い残すことはない。すまぬ木阿弥」
     木阿弥は順昭と長く接しているうちに、天然痘が伝染してしまっていた。早くにそのことに気付いた木阿弥は早々に自分の身体に見切りを付けた。全身に病が回って動かなくなる前に、手首を切り落として、そちらに木像を彫らせ続けた。木阿弥にとっては頭も心臓も木彫りの際には大して役立っておらず、ただ手さえあれば彼の成したいことを成せると気付いていた。手だけが動いている様子は、事情を知らぬものが見れば驚いてしまうため、木彫りの身体は自分で彫った。飾りばかりの頭も、以前より少しばかり男前に彫りあげた。余計なことを考えなくなった木阿弥は手の動くに任せて彫り続けた。順昭の息子、順慶をあやすために、多数の木彫りのおもちゃも作った。順昭そっくりに彫った影武者には順昭の魂そのものが宿っているように、順昭がやりたかったことを順慶にしてみせるのだった。何も知らない幼い順慶はきゃっきゃと喜びながらも、時折動きが止まってしまう父親に首を傾げた。一年の約束ではあったが、子どもの相手はなかなか骨が折れるためか、三ヵ月ももたなかった。季節ごとに新しい順昭を彫りあげているうちに、木阿弥は筒井家に馴染んだ。周囲のものも、順昭の頼みとはいえ始めのうちは気味悪がっていたが、影武者の出来栄えを見て皆絶賛し、そういうものだと馴染んでいった。

     木阿弥の手は幸い天然痘の影響を免れていた。順昭が自身の死を秘匿することとした一年間が過ぎ、順慶が家督を継ぐことになったが、二歳の彼から影武者とはいえ父親を引き剥がすのは可哀想だと家老らは判断し、公の場には出さなかったが、木阿弥の作る影武者は筒井家を裏から支え続けた。

     後に筒井家の重臣となる島左近がある時、いつものように木像を彫り続ける木阿弥に訊ねたことがある。
    「そなたは手以外は木でできておるというが、どうしてそのように生きていける」
    「トカゲの落とした尻尾が、そのまま生き永らえることもあるでしょう」
    「そんな話は聞いたことがない」
    「では、これから生まれるのです」

     木阿弥は順昭と交わした言葉を思い出していた。
    「仏がおらぬとは、どういうことだ」
    「私が猫を彫れば猫として鳴き始めます。鳥を彫れば鳥として飛び始めます。しかしどれほど仏像を彫りあげても、動き出すことはありませんでした」
    「仏像は元々生きておらぬ」
    「仏に会えば彫れるのでしょうか」
    「その時お主は生きてはおらぬぞ」
    「生きておらねば、彫れぬのでしょうか」
    「分からないことは試せばよかろう」
     木阿弥は試し続けた。彫り続けた。魂だとか心だとか命だとかはよく分からなかったが、それらは全て木を彫る手に宿せばよかった。影武者の順昭があやす順慶があまりに愛らしく、木阿弥は自分でも幼子を彫ってみた。自分の子どもとして彫りあげてみた。それらは僅かな間だけ、順慶を真似るように笑ったりよちよちと歩いたりするものの、長くはもたなかった。

    「何か強いやつを彫ってくれ」
     島左近の言葉に木阿弥は我に返る。常人の二倍はある木製の武者を彫りあげて左近に引き渡す。小一時間ほど命をもったそいつは左近の鍛錬相手として頑張ってはくれたが、育ち盛りの左近に打ち倒されて事切れてしまった。
    「次は矢を放てるやつなどを頼む」
    「それはまた明日に」
     左近の頼みに苦笑しながらも、子どもの成長を楽しむというのはこういうことなのかもしれない、と木阿弥は考える。自身の顔に少し手を加え、微笑む顔にしてみる。疲れ切った左近は、彫刻作業用に与えられた木阿弥の小屋の縁側で寝息を立て始めていた。

    (続く)




     
     
    ドロベ・ゴロウ。二児の父。脳脊髄液減少症。何かしら書いてます。旧名「名無しさ」「村野」「楢山孝介」「新都社モラトリアム新書」「山下チンイツ」など。「みんなのフォトギャラリー」で画像を使用していただいた記事にスキをつけることがあります。見知らぬ人からのスキだと怖がらないでください。

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