
「大阪府立堕落論高校文芸部」#3「炎上キーボード」
あらすじ
大阪府立堕落論高校文芸部の部長、先導獣オルタナティブは、かつて全世界に作品を翻訳され人気を博したBL小説作家であった。しかしその想像力は現実世界に影響を与え始め、その想像力を危険視した組織に彼女は捕らえられ、三年間の幽閉生活を過ごす。BL小説を執筆できない間、彼女は肉体を鍛錬し、二メートルの身長と百kg超の握力を手に入れた。自力で脱出した彼女は文芸部に戻り、かつての後輩、山下グランジと再会。失踪時に彼女の手がかりを探そうと原稿データを読んでしまったグランジは、ショックで三年間意識を失っていた。組織からの目付役として送り込まれた黙秘権ノイズと共に、三人の文芸部生活を描く、青春恋愛創作論小説。
第三話「炎上キーボード」
大阪府立堕落論高校文芸部の面々がンゴロンゴロ遠征から帰ってくると、部室扱いしていた図書室の一画で、キーボードを炎上させている男子生徒がいた。先導獣オルタナティブ部長が放った手刀により発生したソニックブームにより火は鎮火した。
「何をしている貴様すり潰すぞ」と部長は穏やかに彼に声をかけた。ホワイトボードには彼が自分で書いたらしいお題「筋肉」が記されていた。
燃え上がりかけたノートパソコンを閉じた彼は「筒井ロケットランチャーです」と自己紹介した。
「ロケランで構いません」
「筒井君、君は文章部の部員ではなかったか」
大阪府立堕落論高校には元々部長が所属していた文芸部があったのだが、部長の失踪と共に自然消滅し、文芸部とは活動内容や思想が異なる部活「文章部」が新たに創設されていた。個人の創作姿勢を尖らせることを目的とした文芸部と違い、文化祭のポスター作りや一般生徒相手の作文教室といった、社交的、教育的な活動を主にしていた。部室も独自の物が与えられていた。
「タイピング速度が速すぎてキーボードから出火し、部室を燃やしてしまったので追い出されてしまいました」
追い出されてもなお、執筆意欲を失わない姿勢に山下グランジは感心してしまった。
「それでも敢えて手書きにしないのは、力が強すぎてペンを折ってしまうか、筆圧に耐えられる紙がないか、ということかな」部長は同じ強者の匂いを嗅ぎつけたのか、理解が速かった。
「いえ、自分の字が汚すぎて読めないだけです」
ならば仕方ない、と部長も納得し「文芸部へようこそ」とがっちりと筒井と握手を交わした。
黙秘権ノイズが彼の所属する組織に連絡して、すぐに耐火機能に特化したノートパソコンを用意させ、筒井の執筆問題は解決した。
「部員が一人増えたところで今日のお題を発表する。『主要登場人物が死ぬこと』死に方は問わない」
山下グランジは例のごとくなかなか書き出せないでいた。ノイズと筒井はさらさらと、ガシガシと書き始めている。そのお題が自分を狙い撃ちしていることにグランジは気が付いていた。生来気が優しい彼は、物語の中でも人の死を嫌った。フィクションとはいえ人が死ぬ場面を書くことは、自分で生み出した子どもを失うに等しい行為ではないか、というためらいがあったのだ。
思い悩むグランジを置いて部長は独り語りを始める。
「まず最初に考えるのが、死んでも仕方のないような悪事をさせることだ。
次に、病気で余命いくばくもない、といった人物だな。
何もかもやりつくして後悔することの一つもなく、寿命で、というのもいいだろう。
書きにくい事柄であっても、書きやすい部分から始めて、慣れろ。
ミステリー作家は自ら生みだした死者の墓標の数だけ作品をものにしている。
生み出した登場人物を殺したくない気持ちは分からないでもない。
だが彼ら彼女らの最後まで面倒を見ないということは、育児放棄にも似ている。
死なずに終わる物語にせよ、必ずその人物の最期の場面は設定しておくことだ。
そうすることで、自分の生み出した人物に縛られずに次に進める。
生も死も宙ぶらりんにしたままの人々をいつまでも背負っていれば、前には進めなくなる」
既に書き上げたらしい筒井が部長に訊ねた。
「部長は、これまで書いた全ての登場人物の最期を決めているんですか?」
「先ほど述べたのはあくまで理想論だ。私はこれまでに生み出した全ての人物をこの肩に乗せ続けている」
グランジは結局二行しか書けなかった。
「彼はとてもとても若い内に死ぬ運命にあった。
これから記すのは彼の青春学園物語であり、最晩年の話でもある。」
筒井は万年筆型のロケットランチャーを不正使用して、文芸部武道会で優勝しようとしたかつての同志の話を書いていた。不正使用発覚の前にロケットランチャーが暴発してしまい、彼は野望を達成することなく息絶えたという。彼の名前を筒井は受け継いだのだ。
ノイズは秘密組織内部での男性同士の恋愛のもつれに絡んだ殺人事件を書いた。つまりはいつも通りだった。一通り読み終えた部長は筒井に対して「経験したことをそのまま書く場合、作者本人には分かり切っている事柄でも、読者には伝わらない部分がある。武道会会場の描写がもう少し欲しい」と助言した。ノイズについては「好みだ」と一言で論評を終えた。そしてグランジについては、
「百に一つでいい。書きやすいこと百の中に、書きにくいこと一つを紛れ込ませろ。次に書く時に少し楽になっている。百に二つ、百に三つ、と増やしていくうちに、罪の意識も薄れてくる。死人を書きたくないという気持ちは忘れなくていい。お前が抱えきれないなら、私が一緒に抱きかかえてやる」
そういうと部長は実際にグランジをかつぎあげて肩に乗せた。次いでノイズと筒井も。筒井は結局一言もロケランとは呼ばれることはなかった。図書室に差し込んでくる夕陽のせいで、学園青春ものの一場面のようだった。
「部長、分かりました」と筒井は言い出した。
「部長のように大きく、強くなります」
「そう、それでいい」
つられてグランジも「僕も二メートルに」と言いそうになったが、すぐにそれは違う、と気が付いた。部長は三人を肩に乗せてそれぞれの家まで送り届けてくれた。揺られながらうとうとしたグランジは、先ほど書きかけた小説の続きを付け足した。
「彼の生涯は短かったが、とても幸せなものであった」と。
(続き)
過去作「炎上キーボード」を踏まえてます。