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「バンド武者」(四百字のスケッチ)


     平家は演歌を好み、源氏はロックを愛した。坂東武者はバンド武者へと進化し、合戦のない時期のバンド武者はライブ活動に精を出した。CDなどない時代だったので、音源はカセットテープで出回っていた。

     バンド武者のドラマーだけを狙い、ドラムスティック狩りを行っていた武蔵坊弁慶が、源義経に説得されて源氏バンドのドラマーに収まったのは有名な話である。

     合戦と音楽活動のどちらかを選べと問われたバンド武者たちは、そのほとんどがバンドを選んだ。義経は源氏のお偉いさんだったがために、さっさと平家を打ち滅ぼして音楽活動をしたかった。そのためにやや性急にことを進めてしまい、兄頼朝と不仲になったのは周知の通りである。

     頼朝からバンド解散の命令を受けた義経は弁慶とともに海を渡り、ロックの殿堂入りを果たした。
    「故郷を追われたからこそ、歌えるものがあった」殿堂入りの表彰式のスピーチで義経はそう述べた。頼朝の刺客が放った無数の矢は、弁慶のドラムスティックで全て叩き落とされた。


     
     
     
    ドロベ・ゴロウ。二児の父。脳脊髄液減少症。何かしら書いてます。旧名「名無しさ」「村野」「楢山孝介」「新都社モラトリアム新書」「山下チンイツ」など。「みんなのフォトギャラリー」で画像を使用していただいた記事にスキをつけることがあります。見知らぬ人からのスキだと怖がらないでください。

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