
「読書のシャチ」(四百字のスケッチ)
すっかりシャチめいてきた。少し前までは酷暑続きだったのに。いつまでも夏が続きそうだったのに。水辺にシャチが寄ってくるようになった。犬がシャチに向かって吠えている。カラスも鳴いている。ツクツクボウシの声はもう聞こえてこない。犬やカラスの声を気にすることなくシャチは川や水たまりや水筒の中に出没しては、本を読んでいる。
食欲のシャチ、スポーツのシャチ、〇〇のシャチとはよくいうが、やはり読書のシャチが一番似合う。知的な海洋生物はたいてい本を読んでいる。タコなどは八本の脚で八ページごとに紙をめくるものだから、人の八倍のスピードで本を読み終えてしまうのだとか。しかし二本の手を持っている人間は一ページずつ読む。タコの言っていることはおかしい。
夕方六時にはもう暗くなってくる。暗い地面は水面と見分けがつかない。そこらにシャチがいる。そこらで本を読んでいる。さっき地面を歩いていたカラスが、ほら飲み込まれた。
(四百字のスケッチ)