ここは発酵天国
「発酵」という言葉が流行り始めて、もう結構たった。
腸活だの、発酵食品が健康にいいだのという波に乗って、私もかつて「塩麹」なるものに手を出したことがある。ただそのときは長く続かなかった。
再び塩麹に出会ったのは、カンボジアへ行くことが決まった頃だった。
海外生活で一番不安だったのは医療だった。簡単には病院に行けなくなるかもしれない。それなら自分でできる健康管理くらいはしておこうと、アーユルヴェーダや陰陽五行などをあれこれ学んだ。その中のひとつとして、塩麹にも再会した。
考えてみれば、私は昔から発酵が好きだった。
ベーキングパウダーを使って膨らませる料理には、それほど興味がわかなかった。ところがイースト菌がぷくぷくと発酵し、生地がむくむく膨らんでいく姿は愛らしい。
20代半ば、就職して数年間はかなり熱心にパンを作っていた。
パン教室に通い詰め、講師にならないかと誘われるほどだった。
ワインなどが発酵するときの、ぷつぷつと泡が出てくる感じも好きだ。
菌が糖を食べ、ガスを産生する。
目には見えないくせに、確実にそこに生きているものがいる。
なんだか愛おしい。
高校時代、「発酵が好きだから、将来は醸造家になりたい」と言っていた同級生がいた。当時の私は、変わった人だなあと思っていたが、今ならその気持ちがわかる。
さて、再び出会った塩麹である。
そのときには水キムチなど、ほかの発酵食品も教わり、それはそれで楽しかったのだが、結局我が家に定着したのは塩麹だった。
肉は柔らかくなるし、何より味付けに人を選ばない。
専業主夫を擁する我が家には、うってつけである。
肉でも魚でも、とりあえずこれにつけて焼いてもらえば、それなりに美味しい。今や我が家の料理を陰で支えているのは、塩麹と言っても過言ではない。
カンボジアへ来るとき、日本から乾燥麹を持ってきた。こちらでも塩麹を作ってみる。すると、よく育つ。とにかく、よく育つ。
日本にいた頃のように、炊飯器の近くなど「家の中のちょっと暖かい場所」を探す必要がない。季節を選ぶ必要もない。そのへんに置いておけば、いつでも元気に発酵している。
家のどこかで常に誰かが息づいている感じがして、実によい。
一時期はまっていたパン作りも、こちらでは再開しやすかった。
北陸にいた頃、冬にパンを発酵させようと思ったら大変だった。私はオーブンの発酵機能を使わない派なので、風呂場に熱いシャワーを出し、温度と湿度を上げ、そこへパン生地を持ち込んでいた。
パン一個を膨らませるために、風呂場を南国化していたのである。
今は自分が南国にいる。何もしなくていい。
というわけで、ここは発酵天国だ。
日本古来の発酵文化と、年中暑いカンボジア。遠く離れた二つが、我が家の台所では案外うまくやっている。今日も塩麹は勝手に育ち、パンは勝手に膨らむ。
菌も私も、ここではなかなか生きやすい。
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